ボクが久しぶりに寮のダイニングに戻ってから数日もしないうちの、ある放課後。 修行明けでガーデンに戻り、部屋の中のものを確認したり、預けていたものを回収した結果、行方不明になっているものがあった。この日はそれを演劇部室まで探しに来たんだ。
「ふんふ〜ん。今日もヨ…の壮大な一幕が待っている〜♩」
小道具やメイク道具で床に置きながら…散らかしてないよ?あくまですぐ片づけやすいよう近くに置いてるだけだよ?…目的のものを探していると、外から知らない声で奏でられる鼻歌が。言葉はハキハキとしており、声も大きかったけれど一部聞き慣れない言葉が含まれていてよく聴こえなかった。あ。箱庭名物「情報遮断プロテクト」とは一切関係ありません。
声の主はだんだんとこちらに近づき、演劇部室の扉を大げさに開いた。まるで舞台役者のように。
「やい、そこなる者は何者だね!」
「うっわびっくりした!」
少し怒気で色づけられた爆音をお見舞いされ、持っていた台本を数冊取り落とす。 部屋の荒らしっぷりから泥棒と間違えられたんだろうか。失礼にもほどがある。こんなカワイイ泥棒が…いや、アリかな?
さて、声の持ち主の見た目は…制服はボクと同じルナガーデンのものだけど、ベースカラーは赤。ガーデンは元々グリーン、イエロー、ブルーの3つだったけど、ボクが油売ってる間にもうひとつ増えたクラス「クラスコード・クリア」のドールだ。なんで赤いのにクラスコード・トマトじゃないんだろ。というかボクも赤が良かったんだけど。クラスの変更はできないっぽい…
「あ、れ?キミは……」
「むむむ??怪しいものかと思ったが、もしや入部希望者かね?良いだろう、歓迎するよ!!」
今度は新入部員と間違えられた。こればっかりは仕方ないかな。今まで会わなかったんだから。
「あ!キミもしかして新入生くん?」
「おや?ヨハ…以外にも部員が居たとは。いやはや確認していなかったよ!はっはっは!!」
さっきから意味がわからない言葉をちょいちょい挟んでくる新入生。多分これは名前かな?
「……ところで」
新入生くんの見た目の話に戻るけど、クラスコード・クリアのドールは頭にヘンな装置(ヘッドホン?というらしい)とヘンな耳がついている。でもこれらは以前に別のドールで見たことがあるからもはや珍しくはない。それよりも気になった点がひとつ。
「制服からティッシュでてるけどだいじょぶ??」
「む?ティッシュとな?はて、余輩はそのようなものは持っていないよ。それとも、余輩の気を引きたいのかね?わかる、わかるとも!!」
「え??いやこれこれ!服からティッシュはみ出てるよ?」
「これ?……」
豪快に笑いながら自意識過剰になっている新入生の胸元のティッシュを何度も指差し、注意を向けさせると、更に「わっはっは!!」のおかわりが来る。
「よく見てみたまえ。これは紙ではなく布なのさ!なんなら触ってみてもかまわないよ?」
「ほ!?」
ティッシュではないと言われたそれを、親指と人差し指で軽くつまんでみると、確かにティッシュよりも上部な布だった。よく見るとティッシュよりもツヤがあり、高級そうだ。
「ほんとだ~!
ティッシュぶら下げてないとダメなぐらいハナミズヤバいのかと思った!!」
「ひょっとすると、拭くものが必要なのは君や他の者達かもしれないねぇ。ヨハイのあまりの美しさに誰しも涙してしまうのだから!」
さっきから何て言ってるかよくわかんなかった言葉は『ヨハイ』だ。うん、きっと名前。
「あ、そう部員ね」
さっきこのドールが、部員は自分一人しかいないだろうと勘違いしていたことを思い出す。
「キミ含めてぜんぶでよに…あ、さんにんだよ!」
ぶっちゃけボクも部活動ぜんっぜんしてなかったから忘れるところだったけど、そういえばひとり、ボクが入学する前からいたコが卒業したんだった。だから実質ボクが最古参。
「ほほう?ということはあと1人居るのだね?なるほど…」
…偶然にも、今この場にいない残りのひとりの部員がその卒業生と恋仲だったはずだけど……そういや大丈夫かなあのコ。後日生えてくることになる「山」に行った時や、他の新入生の歓迎会の時は元気そうにしてたけど……
「へへ!声量も動きも舞台向きのコが来てくれて嬉しいなぁ~! 名前なんていうの~?」
不在の部員の話を書き連ねたって仕方がない。 この新入生の名前は十中八九ヨハイで間違いないと思うけど、一応確認する。
「おっと、自己紹介が遅れたね!ヨハイの名はオスカー!皆に光を与える者さ!君の名前を聞いても良いかい?」
ん?待って?ヨハイって名前じゃないの?ヨハイの名は…って… しかもちょっとキマってる自己紹介。これは最古参兼部長最有力候補(今決めた)のボクも負けちゃいられないな!
「ボクは……みんなの心(コア)に火をつける!箱庭一のカワイイアイドル、カガリだよ!」
学校祭の放送を聞いてくれてたドールならわかると思うけど、わりとボクこういうの好き。
「んと…」
で、相手の呼び方だ。恐らく…このドールは名前が長く、ヨハイ=オスカー(あるいは逆)が正式名称だろう。 たまにこういう形式の名前を持つドールがいる。0期生のパン職人ドール、ヒマノ=リードバックなんかがそうだ。
「よろしくね、
ヨハイくん!」
そういうとき、ボクは『短い方の名前』で呼ぶ。というわけでヨハイくん。
「ふむ……カワイイアイドルカガリ君!!これからよろしく頼むよ!」
と言って、ヨハイは堂々と手を差し出してきた。動きのひとつひとつが洗練されている。 このコ、カワイイアイドルまでちゃんと言ってくれた!ちょっと好感度上がったかも。 ボクも「光の使者ヨハイくん」とか言ってあげればよかったかな~と思いながら、いつもの調子でへらっと笑って握手を交わす。特にツッコミも入らなかったので、ボクの解釈は間違ってはいないだろう。
「ところでヨハイくんってよく部室に出入りしてる?ボクの台本用のノート見なかった~?」
ヨハイという言葉の正体がわかったところで、探し物の話に移る。ボクが失くして困っているのは台本を書いたノートだ。
「ノート、とな?はて……ヨハイに台本というものは存在しないので、そこらの棚は覗いたことがなかったね。どれ、ヨハイも一緒に探して進ぜよう!」
すぐに使うというわけではないんだけど、見つからないものがあると気になってあれこれ集中できないから、早めに見つけてしまった方が吉というわけ。 ボクはヨハイにノートの特徴を伝え、捜索再開…しながら交わした会話の中で、ヨハイは即興演劇が得意なことを知った。演技に台本を使ったことは無く、ストーリーも、登場キャラも、立ち位置も…全部を「その場のノリ」でやるっぽい。
「ヨハイは大☆天☆才だからねぇ!例え台本がなくとも最高の物語を作れるのさ……」
だってさ。ヨハイの物語がどんなものかは知らないけど、これはこれで面白そうだよね。
「ひとまず、ここらを片付けつつその残った棚から見てみようか!ど〜れどれ、出てきてごら〜ん」
他の棚から追い出され、未だにあるべき場所に戻してもらえる気配がなくむせび泣く小道具たちをひとつひとつ救出するヨハイと、まだ手をつけていない棚に仕舞われてあるあれそれを部室の床に連れ去るボク。両者のよく通る声での会話が部室内に響き渡る。
「即興劇も面白そうだよね~!流れでガチの殺し合いとかになったらもう最高なんだけど!」
「あっはっは!!いや、それは良くないね」
「え~?ただハッピーエンドってつまんなくない? 」
「エンドはどちらでも構わないさ。ただ…」
「……お!あった~!」
長きに渡る捜索の末、目的のモノが、埃をかぶった箱の下敷きになっているのを発見!
「な~んでこんなとこ入ってたんだろ!」
「…おぉ!!それが台本かね!いやぁ良かった良かった」
台本の表紙を軽く叩いて、埃まみれの被害者役から解放してあげる。ボクの安堵の溜息につられて、ヨハイもご機嫌な様子だ。
「良かった~!もう一生出てこないかと思った! ね!ね!探してくれたお礼に特別にボクの力作見せてあげる!」
「おや、良いのかい?では遠慮なく拝見するよ!!」
その内容は、ボクの報告書の内容を丸暗記しているマニアックセンセーなら覚えてるはずだよね? 王国の姫が魔王に攫われるありきたりな展開から…呪いで下半身がニラになったお姫様が最終的に魔王をぶっころすお話! そして、ガーデンの公開処刑をモチーフにしたノンフィクション台本! 他にも、勇者ザミアンとカガク魔王オジゴンの話とか色々書いてあったけど、とりあえずサクッと読める自信作を見せてあげた。
「…………ふむ…………」
しっかり熟読してくれてる!
「よくない? 部員には不評だったけどアルゴ先生には褒められたよ!……あ。アルゴ先生にはもう会ってたっけ」
「あぁ!つい先日カフェで奉仕したところさ。彼もまた非常に面白い方だったよ!」
「わかる!価値観が個性的っていうか………で、台本ど~だった?」
今のところ怒ったり、がっかりもしていないヨハイに期待の眼差しで感想を求める。
「うむ、ひとつはコメディとしてとても良いものだったよ!この余輩にも新しい考えが生まれた!」
丁寧に返された台本を受け取りながら、ボクはポジティブな感想に満足し、続けるよう促す。
「うんうん!もう一個のは対照的でリアリティがあって良いでしょ! アルゴ先生が褒めてくれたのもそっちなんだ~!」
「そうだね、良い随筆を読ませてもらった!あれをもし"台本"にするとしたらそうだな、例えば昔あった災いをもう一度起こさせたりなどはどうだい?」
「ほぇ??」
ずいひつ?だいほんにするなら?よくわかんないけど
もっと面白い台本にするならってことかな?
「古い歴史を題材にした方が公開処刑より面白いってこと~?」
「いいや?それはただ事実を書いただけの日記さ!台本とは言わない。もっと面白く、おかしくしなければならないのだよ!その最後が悲劇でも喜劇でもね!」
う~ん一理あるな。でもダメ出ししてきた元部員が事実を元に書けって言うから、あんまり色んな設定作り込んじゃいけないのかと思ったよ。意見ってひとそれぞれだな~。
「え~~?公開処刑でもっと面白く?
処刑される生徒が知恵の花柄のパンツ一枚だった、とか?」
「弱いね、弱すぎる」
「えぇ!?これでも!?」
アイデアとしては悪くないと思うんだけど、ヨハイの頭の中ではそれよりももっと面白い舞台が繰り広げられているらしい。とても気になる。
とりあえず知恵の花柄のパンツは今度個人的にアザミに履いてもらお。
「…じゃ、ヨハイくんならどんな展開にする!?」
「ふ・ふ・ふ……ヨハイにそれを聞いてしまうのかい?よろしい!!では今からヨハイがその随筆を誰もが感動する劇にしてみせよう!それもヨハイ自らが演じて……と言いたいところだが、この時間に使うと校則違反になるらしいからねぇ」
え~~~、ここまで言っといてお預け!?しかも演じるのにわざわざ魔法まで使うってどういうこと!?
…そういえば、クラスコード・クリアって元々ある3つのクラスコードの魔法のうち、どれか3つが使えるんだっけ。もしかして、液化魔法で、処刑されてドロドロになるドール(実際の公開処刑ではドロドロにはならないんだけどね)を再現してくれちゃったりするのかな?本格的だな~!
何事も全力で取り組む姿勢を持つ新入部員が増えてボクは鼻が高いよ!
「?別に魔法使うぐらい罰則ポイント大したことなくない? あ、もしかして既に公開処刑寸前とか!?」
校則を破ると溜まる罰則ポイントが10になると公開処刑されてしまう。 演技するつもりがガチで公開処刑になるパターンはバカすぎてそれはそれで面白いけど……
「ちっちっち…ポイントを無駄にしたくないのさ。欲しいものはいつでも手に入れられるようにした方がいいだろう?」
ああ~わかる。それはわかるよ。
便利なものを買うために使える「バグちゃんポイント」を、罰則ポイントを削るための「贖罪券」に充てなきゃいけないんだ。
なんたってボクは、便利な道具屋教師AIのバグちゃんを「カガリさんには贖罪券渡さない方が悪いことしないんじゃないのか?」と呆れさせるほどの贖罪券常習犯だったこともあるんだから。
えっへん。
「…ま、いーや。どーせ台本になったって公開処刑ネタ一緒にやりたいドールなんていなさそーだしー。皆イイコチャンだからー」
無駄にしたくないものを無理やり使えと頼んでも良いコトがないので、諦めて一旦台本を自分の鞄にしまう。とはいえどんなものを見せてくれるはずだったのかは気になるので、今度改めて聞くことにしよう。
「それよりも、即興劇?っていうのも興味あるな!もうひとりの部員も紹介したいし、こんど集まってやらない?魔法が必要ならガーデンの外で集合すればいいし」
「ほほう!それは良いね、是非ともやろうじゃないか!」
それでも、ただこのまま解散にはしたくなかったし、もうひとりの部員…リツに会う口実もつくりたかったので、今後の楽しみをひとつ増やしておいた。
でもその後、突然山が生えてきたり、先生達が大変なことになったり…色々あって、考えることも多くて、結局まだ話を切り出せてないうちに、この日記の冒頭で述べた新入生…オルトメアがきっかけで、ボクら部員が全員集合することになるのだった。
Diary062「キミの名は?」
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