これ先に読んでおくといいかも!
演劇部でのデータ収集?という名の見学を終えた新入生ドール、オルトメアと、ヨーハイのコハイ…じゃなくて後輩のヨハイを見送り、部室にはボクと、ボクの次に部員歴の長いリツが残された。特に急いでいるようにも見えないし、全身黒焦げの大怪我も負っていない。ずっと気になっていたことを尋ねるなら今が絶好のタイミングだろう。
「そ~いえばさ、行っちゃったんでしょ、あのコ」 あのコとは、卒業してしまった元演劇部員で、リツの想いびとでもある。なんで知ってるかって?多分ガーデンの中で一番、そのネタでリツをいじり倒しているのがボクだから。
『リツの片思い編』から、なんだかんだふたりの恋路を観察してたから、彼らが公言しなくたって、こいつら付き合ってるなーっていうのはわかってた。 …ところが、ボクが暫くガーデンを留守にしている間に相手のドールが卒業してしまった。一度卒業したドールが再び様子を見に戻ってきたという前例はないので、リツの恋物語はつかの間の夢だった、と言っても過言ではなさそう。
だからさっきも、お姫様と騎士のコイバナ系台本を書いている理由として 『叶わない夢でも見るぐらいいいだろ!』 なんて言ったんだろうな。
「ん〜?あぁ、そうだね…結局一緒に部活出来なかったなぁ〜」
軽い世間話へのリアクションのように冗談っぽく笑うリツを見てボクは、「ああ、ダメだこれ」と思った。 だって、いつもならこういう話にボクが首を突っ込むと
「なんでそうイタいとこ突っ込んでくんだよバカガリ」っていうのが一喝二喝来そうだもん。寂しさを隠すので精一杯なんだろうな。あーあ。
「っはは~~お陰でボクが演劇部最古参の座貰っちゃったな~」
その反応にいちいち突っ込んでたら聞きたいことも聞けないだろうと、こっちも冗談で適当にカウンターしつつ、本題に入る。
「なんで追いかけなかったの?」
無論、さっさとガーデンを出ろという意味ではないので「バカ話すんのに丁度いいと思ってるから、此処にいた方がタイクツしないんだけどさ」と前提を置いたうえで尋ねる。
「あの子が守りたいって言った皆をあたしが守る為だよ。今それが出来てるかは正直微妙だけど…」
珍しくリツが、熱と氷の色を纏った瞳を真っすぐにボクに向ける。 元・恋のライバル(笑)に腹割って話すっていうアツい展開は評価するけど、やっぱ慣れないな、こういう空気。決して目を合わせない誰かさんを真っすぐに見た日のことを思い出してしまう。
「ふぅん。本人がいないのに?」
あまりに真面目ちゃんだったのでちょっと意地悪な質問を投げてみたけど、リツは答えない。 ムカついたかな。それとも否定しない、の意味かな。 それとも、考えが纏まらないのかな。
「好きなコなら、何がなんでも一緒にいたいって思うんじゃないの? いるじゃん。ふたりセットじゃないと死にそうなヤツら」
「愛しあうふたり」を冷やかしたり観察したりするのは面白いけど、四六時中ベタベタ離れないでいられる神経がマジでわからん。仮にボクに愛する誰かができたとして、永遠にくっついていようねって言われたらきしょくてその時点で振ると思う。
…そもそも…
ま、いいや。話逸れるし。
「そうだね、ぶっちゃけ後悔してる」
ボクが投げたふたつめの質問に、リツは抵抗なく答えた。
「あの子は今どうしてるかな…とかあの子が居たらなんて言ったかな…とか、事ある毎にあの子の事ばっかり考えてさ」
柄にもなく、リツは顔を伏せる。コイビトの卒業から3か月以上は経ってるのに…こりゃ相当引きずってるな。こんなになるぐらいならホント何でついて行かなかったの?
……多分答えは……
さっきリツが見せた冗談っぽい笑顔が示してる。その選択で自分がどうなるかなんて棚上げして…要は、「お姫様(好きなコ)」の前でカッコつける「騎士(理想のコイビト)」になりたかったってやつじゃない?ますますわかんないな。カッコつけた自分だけ愛されてもイミないじゃん。
ボクなら、自分のコイビトにふさわしいか相手を見極めるために、身の丈にあわない騎士のヨロイなんてさっさと燃やしたいとさえ思うね。
……ってキッパリ言ってやってもよかったんだけど、あと10秒そのままにしておいたらリツは多分泣く。こういう弱った相手に思ったコトをそのまま言うと多分もっと面倒なことになるのは1年前に学習済み。
な~の~で…
「大好きじゃ~ん。メロメロだったもんねぇ~?
”あ…あたし負けないから!あたしの方があの子の事好きだもん!”だっけ~~~??」
「ばッッッッこいッッつすぐそうやって調子乗る!!」
片思い中のリツにちょっかいかけた時の反応を完コピして演じて見せる。あ、しまった変声魔法で声もしっかりリツればよかったかな?どっちにしろ結果オーライ。リツの赤面と引き換えに涙はどうにかせき止めることができたっぽい。
「やっぱ大人しくさ~、ボクに譲っときゃよかったんじゃないの?そしたら寂しくなんなかったじゃん」
「…ばーか」
ここで、ボクがリツを死ぬほどからかってる意図がバレたっぽい。リツの表情がやわらかくなり、そしてニッと歯を見せて笑う。先程のように、とってつけた感じではなさそう。
「んな事してたらもっと後悔してたっつーの」
表情に気を取られてたら軽くデコピンされた。 それもそうだね。万一ボクに譲られてたらこっちこそ後悔してたわ。
だって……
「ま、ボクは愛?がなんなのかさっぱりなんだけど」
さっきも途中まで書きかけたけど、ボクの愛への解像度なんて所詮こんなもん。友達としての好き、コイビトとしての好き、何がどう違うのか見当もつかない。
…それこそ…少し前、アルゴ先生と、今年着任した教育実習生のリヒト先生が、”アホなこと”をやらかした謝罪大会が行われた日も、愛についての言及があった。
見返りをもとめないもの。
相手を壊すことで新しい一面が見たいという気持ち…
…それを愛だと説くリヒト先生を、リツは「安っぽい」とすがすがしいほどに酷評してたっけ。
「愛がなんなのかなんてドールの数だけあると思うけどね」
それでも、愛にそれぞれ形があること自体はリツも許容しているようだ。 リヒト先生を殴って諭してたドールも、そういえばそんなこと言ってたっけ。
「あー、そーゆー難しい話はカガリには早かったかな?」
珍しいことは立て続けに起きるもので、だいたいボクを呼ぶ時「あんた」「バカガリ」の二択なリツが、しっかりとボクの名前を口にした。但し、煽り顔のオマケつきで。
…なんか物凄く腹が立った。
腹が立ったのは、絶妙に神経を逆なでするリツの表情に対してじゃない。 実際ボクにはまだ早い。…だって「友達」がなんなのかさえまだ掴めてないんだから。
「これから深く知る楽しみを残してるだけです~~~」
でも、はい図星ですと認める選択肢はなかったので、わざとらしくぷく~~っとふくれっ面をする。 新しいことを頭に入れて行くのは意外と面倒じゃない。でも、中には知れば知るほど面倒臭くなることもある。問題の答えを見たら、次の問題が書かれてた!なんて、ありえないっしょ。正直それが続くとダルい。だから愛については、まだ深くつっこめないでいる。
「きっと深く知ったら楽しいかも?」
と思えている今が、ひょっとすると一番楽しいんじゃないかな、なんて珍しく逃げ腰になっちゃってさ。 『強がってる』なんて、ひとのこと全然言えないじゃん。
「…あのさ。皆を守れてるかどうかは知らんけど」
名前を呼ばれて、ふと去年の学園祭の準備期間中のことが頭に過ったボクは、ぽつりと呟く。 ボクが体調不良(自業自得)で歌えなくなって、フィナーレライブの練習もバックレて…カンニン袋の緒がキレたリツに呼び出されて殴り合った日……言うだけ言われて、メンバーから外されて終わりかと思った。けれどリツは、最終的にボクの手を取り ――あんたの言葉で集まったんだからさ…みんな待ってんだよ ――ほんっとーに!不本意だけどあんたがセンターじゃないとアレは完成しないんだ… ――立てよ”カガリ” 名前を呼んで 立ち上がらせてくれた。引っ張り上げてくれた。 ステージまで。
「少なくとも一回、守ったものがあるって事実は武勇伝に書いといてもいんじゃないの?」
それでもライブがなくならないように、ボクの居場所がなくならないように 誰よりも練習に練習を重ねて、覚えなくていいボクのパートまで、覚えて、守ってくれた。 ボクが見ない間になんだか集光魔術もケタ違いな強さになってたし… 案外、不可能ではないんじゃないの?あのコが守ろうとした皆を守るのだって。
…なんて口に出すのは絶対に恥ずかしいので、ほぼ省いてだいぶ遠回しに伝えたけど、リツはなんのことかだいたい察しがついたらしい。そのうえで
「ふぅん……でもお礼言われてないしなぁ〜守った実感ないなぁ〜」
と、誰が見ても意地悪だと形容できるような100点満点のニヤけ面をお見舞いされた。 あ~~もうちょっと燃える雰囲気だったらお礼のひとつも言ってあげようと思ったんだけどね~~~
「ぁあ?前言撤回!」
こんなんお預けに決まってるし。そもそも守れたからって満足されても困るし。 自分を犠牲に他ドールを守る系キャラは既にいるんだからさ。だから… ボクが言うのは野暮かもしんないけど、この一言をプレゼントするか。
「…今度は、自分の居場所もちゃんと守りなよ~?」
「……言われなくてもそのつもりだよ、なんたってあたしはどーしよーもなく欲張りで我儘だからね!」
一瞬真面目な表情を見せた後にフワッと笑いながら、リツは答えた。
我儘……か。
愛と、我儘って、…似たようなもんなんかな。
現時点で「これだ」って定めるのは、まだ違う気がするけど。 とりあえずこの話題はここまで。 その後、ひとまず演劇部の存在を守る為に、前にヨハイと話していた即興劇をいよいよ実行に移そうと盛り上がり、お互いに即興のお題を出し合っては貶し合いながら、ふたりは寮へと戻って行った。
Diary063「姫を護る騎士」