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ガーデンでの生活を記録したり、報告書をボク用にまとめたり。
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    11月17日……
    熱烈カップルドール、ヤクノジとリラの結婚式を見届けた後、自室には寄らずにあるドールの部屋の前に来た。
    ここに立つのは……あの日……とっておきのワガママを、聞いてもらった日以来。

    ……今夜もまた、聞いてもらおうとしてるワケだけど。






    ほどよいテンポで、重すぎない音でノックをふたつ。すぐに物音が聞こえ

    「はーい、どなた……」

    の返事と共にドアが開かれた。
    中から出てきたドールは……同期のジオ。ぐるぐる眼鏡に白衣姿、長い髪をひとつに結って………

    ………いない。

    前髪はそのままだけど、鬱陶しいぐらいに長い後ろ髪は、ショート…まではいかないけれど随分と思い切った長さに切られていた。服は白いけど白衣じゃなく、もっとラフで…チャラい印象だ。 眼鏡はかけてるけど度がきついぐるぐるじゃなくて……綺麗な深緑色の瞳がよく見える。その眼はまるで、はじめからそうであったように、ボクを真っすぐに見据えている。

    「……おっと?」

    口調もねっとりとしておらず、むしろあっさり。
    耳につくような中音域の声でなく、やや低音が響く深みのある声…… ……頭がひとりでに、アイツ……”前の人格のジオ”と比べてしまう。

    「……今、時間ある?」

    ボクらドールという生き物が持っている人格コア。 それが破壊されると、全く別の人格になってしまう。 ある日突然隣の誰かが見た目と名前以外の何もかもが変わってしまう……そんなことが、頻繁にではないけど、いつだって起こりうるこの箱庭に慣れたつもりでいたけど、ジオに対してだけは、そうもいかなかった。 だから怒号を浴びせ、殴りもした。
    それから口を利かず……今日の結婚式でピアノ伴奏を頼もうと言葉を交わしたのが、多分三か月ぶり。 祝いの席で喧嘩ごしになるほど幼稚じゃないからあの時は快く引き受けてくれたけど、今は違う。 どの面下げて来たんだと言われても、何も言い返せない。 目が泳ぐ。どんな顔をして相手の顔を見たらいいかわからない。

    「……ちょっと、話したいんだけど」

    それでも進み出る。 今の”彼”がどう出るか、全く予想できないけれど……拒絶されるよりも、ここで立ち止まったばかりにまたボクの知らない彼に書き換えられてしまう方が、きっと後悔は大きい。

    「へぇ?」

    冷酷ではなく、興味に近い音色と共に、ジオは今迄見たこともない笑顔を浮かべる。

    「僕くんで、いいんだ?」

    未だ慣れない一人称で追い打ちをかけられ、ぎょっとする。 多分ボクが猫だったら今頃全身の毛逆立ちライブを開催していたところだ。

    「……うん」

    その気持ちを口に出すのは違うと踏みとどまり、ボクはただ、相手の問いに頷いた。 何か嫌味のひとつやふたつでも返ってくるかと思ったら

    「それじゃ、気まずくなきゃ中入る?」

    すんなりと部屋に招いてくれた。気まずくないといえば嘘になるけれど、かといって廊下でする話でもないし、特に拒否はせず中に入る。

    ……壁も、床も、ベッドカバーも……相変わらずの白一色。
    とはいえ今迄だって入口からか、透視魔法でしか見たことなかったけど……ホコリが発生すればすぐに発見できそうな単色の落ち着かない部屋に、安心感をおぼえる。
    ジオがベッドに腰かけると、若干の軋む音と、カバーがもぞもぞと擦れる音がした……ん? ベッドに座るだけでこんなアップテンポなリズムが鳴る?思わずベッドを見やると……動いてる。なんか小さいものが動いてる。

    「それで、何だったかな?」

    小さきものに釘付けになっていたので、至って普通に話を振ってきたジオにびっくりしてしまう。

    「へ!?あ、ぺ、ペット飼ってたの!?」

    とりあえずさりげない話題から振ってみよう。あともぞもぞが気になりすぎる。 ……結果、微妙な返しをしてしまった。声ちょっと裏返ったし。

    「んはっ、だってさシェルベスタ〜?」

    しぇるべすた~?ペットの名前だろうか。
    二文字以上の名前がついているってことは、人格が変わってからお迎えしたコなのかな?と考えていると

    「ペット イマセン。ツカイマ イマセン。」

    ベッドの中から細い声で自己紹介をされた。なるほど、使い魔ね。

    「んふっっっっいないフリド下手じゃん」

    折角なので、かくれんぼへたくそ選手権優勝者の顔がどんなものなのか拝んでみようと、 ブランケットをペラリとめくってみた。

    「ピャア!!」

    すると、手のひらぐらいのサイズしかない、布をかぶったカワイイ使い魔が全速力でジオの服の中に隠れ直した。

    「はっはは!いくらカガリさんでもおたくを取って食ったりしな…………………しないよね?」
    「食べるわけないでしょアザミじゃないんだから

    親友のドール、アザミはそのへんの野生動物をフツーに食べるらしい。ドールも食べたことあるし。

    「あー……使い魔か。いいなー。ボクそっちがよかった……」

    カタコトだったけど、言葉が通じるだけボクの使い魔より全然いい。 ……独り言を挟みつつ目線は既に使い魔からジオへ移っているんだけど。

    「……それにしても、バッサリいったねぇ。ま、邪魔くさそうだったもんね?」

    改めて見ても、ジオはやっぱりボクの知っているのとは”別人”だった。 これが、今の彼の趣味なんだろうか。

    「誰かさんが?どうにも僕くんをジオだと認めたくなさそうだったもので?」 痛いところを突いてくる。

    「……ま、だったらせっかくだしと思ってさ」

    ……でも、かつてのジオは、たったひとりのドールの一言に動じるヤツではなかったはず。
    ……例外もあったらしいけど、少なくともボクの言葉を引きずるなんて考えられない。 本当に傷ついているのなら、こちらの反応を伺うかのようにニヤニヤしていられるはずもないし……
    うーん、読めない……


    こんなとき、アイツならどうするかな?


    “実験の為ならば幾らでも合わせますよォ?”

    “それだけ、それができるだけの観察はしてきたつもりですからねェ。”

    “まだまだ不足している部分もあるようには思いますがァ……そこはトライアンドエラーです”

    ジオの人格コアを奪ったその日、ボクの感情任せな歌にピアノの伴奏をあわせたことについて話していた時……こんなことを言ってたっけ。 コアをとられたその日の記憶はなくなるから、今となってはボクしか知らない会話なんだけど。

    相手の感情に……合わせる、か。

    「へー?今度の"ジオくん"はそんなにメンタルがふわふわのマシュマロなんですかぁ?」

    なら実験してみようじゃないか。
    挑発的な笑いに便乗して、こっちも煽り返してみる。

    さあどう出る?
    かつてよく言いあっていた時のように、更に打ち返してくる?

    一瞬、こちらのリアクションを解析するような間があってから

    「……そのくらいショックだったからねぇ」

    予想に反して、しゅんと俯き、なんとも悲しそうな声音が返ってきた。 どうやら、ガチでメンタルがマシュマロだったっぽい。鼻をすする音まで聞こえる。 演技…の線も一瞬考えたけど、『人前で涙を見せるようなドールじゃない』というのはあくまで前の人格の話だし……とにかくこの空気がめっちゃ気まずい……。

    「………悪かったよ」

    ベッドの対角線上の床におしりから乱暴に座り、嫌そうにあぐらをかいて見せながら、ボクは”仕方なく”謝っているような仕草を取り繕った。けれど、口から出た沈んだ声色が、感情に嘘をつくのが苦手であることを物語っている。

    「……大人気なかったし」

    本心を隠せないと知り更にこう付け加えると、ジオは目元を指で軽く拭う。

    「いや……仕方、ないよね。それだけのことを僕くんもしたわけだし」
    「ちが、」
    「でも、思い切ったかいがあったのかなぁ」

    遠くを見るようにしみじみと話す彼の様子を、見ていられずに口を挟むけど、物思いにふけっている彼を上手く遮ることができない。 ……けれど、めげずに続ける。

    「や…….別にそっちの問題じゃなくない?コアを取ったドールの選択肢でそうなったんだし………」

    人格コアが破壊される原因で最も多いのは『他のドールがそう望んだから』。例えば日記で何度も登場している最終ミッションとか……まぁ他にも、色々。

    「………それとも、自分でコアぶっ壊す実験でもしてた? アイツマメだったからどうせイカれた実験記録とかつけてんでしょ?」

    ……ありえない話じゃないかも。…ボクがジオの人格コアを欲しがった時も案外すんなりだったし…… 本当に興味を持ったことに対して手段を選ばないからね……

    「ふふ、僕くんだからね。真意のほどは…………分からないんだけどさ」

    そう言って、ジオは儚げに笑う。
    まぁ、誰に壊されようと、壊したドールを問いただす気はないんだけどさ。 だって『変わらないでいて欲しい』というボクのワガママは、ボクだけしか知らないし。

    「……キミは? まだ実験オタクなの?それとも別のなんかにハマってるの?」

    ……それに、いつまでも”アイツ”の亡霊ばかり追いかけているわけにはいかない。 だからここへ来たんだ。

    今日この瞬間、識りたいのは。

    「僕くん、の?」

    その”僕くん”のこと。

    「……言ったら、きっとまたおたくに怒られちゃうだろうな」

    ジオは目線を斜め下に向け、ま~だうじうじしている。これはこれで、別の意味でやりづらいな。

    「これ、一応今日の本題なんだけど?」

    なんとなく、あっちのペースに持って行かれ続けたら聞くものも聞けないと感じたので、じとーっと睨みつけ、そっちが何か次の一手を打ってこないとずっとこのままだぞ、と圧をかける。

    「本題……そっか」

    突然ジオがパンッと手を叩いた。まるで目覚ましのような音に、ジオの服の中の使い魔が小さく跳ねる。

    「今もずーーーっとしてたケド?」
    「……はい?」

    さっきまでのどんより意気消沈顔はどこへやら、突然お手本になるようなにっこり笑顔でこう言われ、イマイチ状況が読み込めない。

    「その様子なら、僕くんの演技も捨てたもんじゃないね?」
    「……」

    頭の中の思考が全部ひっくり返ったようで、言葉に詰まる。 「えん……演技!?」 こっちが腹くくって真面目に話してたのに? 演技て???

    「……………どの辺から」
    「んーーーーー……」

    暫く涼しい顔で考えた後、再び先程のしゅん、とした顔をして見せて

    「……そのくらいショックだったからねぇ」

    魔法がとけたようにパッと元の笑顔に戻し

    「あたりからかな」
    「は!?」

    “いや……仕方、ないよね。”

    あれも。

    “それだけのことを僕くんもしたわけだし”

    これも。

    「は!??」

    “……言ったら、きっとまたおたくに怒られちゃうだろうな”

    それも。

    「はぁーーーーー!?!?」

    ウッソでっすよ~☆という種明かし。
    ボクのアゴは寮の地下に到達するぐらい下がっていただろう。それができる顔の構造だったなら。

    「あれ全部演技だったの!?信じらんない!返してよボクの謝罪ー!」

    ボクは顔を真っ赤にして叫んだ。勿論あの時のように本気で怒鳴ってるわけじゃない。 両手をブンブンと振り、大声を出していないと恥ずかしくてコアが爆散しそうだから。

    「えー、返さなきゃいけないような謝罪だったワケ?なんだぁ、おたくその程度かぁ」

    めっちゃニヤニヤしながらからかってくる。 だってマジメな話を演技で弄ぶぐらい気にしてなかったってことっしょ!? とんだ謝り損じゃん!何ガチの謝罪させてくれちゃってんだよ!!!
    ……いや、……まぁ、良かったけどさ。仮に傷ついていたんだとしても、ふざけて受け流せるレベルなんだったとしたら………

    「でも、見抜けないほうが悪いよねぇ?ね、演劇部さぁん?」

    軽く腕を組んで、人差し指を下向きに向けて来る。
    『ひとをバカにする人差し指の向け方』という本があったら間違いなく表紙行きだわこんなの。

    ……なんだろうなぁ。この煽り方。口調も声のトーンも違うのに、
    ものすごく『ジオい』。

    「だ~~~~その程度ってなんだその程度って~~! こっちは今日の為に人格変わった他のドールからいろんなこと聞いたりして真剣に話す準備してきたのに~~!演技ってなんだ演技って~~!上手なのはわかったけどそれ披露すんの今じゃないでしょうがマジメにやれ~~~!」

    狭い部屋の床の端から端までを転がって何度も往復する。 今迄積み重ねてきたことも全部しゃべっちゃう。 これ以上ないぐらいみっともなくなってるけどもう知らんし!! カガリちゃんのみっともメーターはとっくにカンストしてます!!

    「だって、真面目に言葉を交わしたことなんて僕くんたちの間に今まであった?」
    「あっ」

    た。
    あった。
    あったんだよ。
    こんな風に、真正面から言葉を伝えて、受け止めようとしたそんな日が。
    ………キミが、アイツが覚えていないだけで。
    でも、覚えていないなら相手にとってはないのと同じ。

    ……そう。結局会えばくだらない言い合いばかりで、それはそれで楽しくもあったけど、………お陰でジオのこと、全然わからないままこんなことになったんだ。

    ……悔しいよ。

    「……ないから!ちゃんと!話しに来たの!」

    立ち上がりながら、もう逸れることがなくなった相手の目を、
    逸れることはなくなっても幾らでも偽ることのできる相手の瞳を、両目で真っ直ぐ捉える。

    「識りに、来たの!」

    こっちのことばかりお見通しで、弄ばれて。

    「"表面上"だけで……終わりたくないから!!」

    ”最も傷つけたくない存在”の種のひとつも暴けないまま
    人格ふたつ分感情を振り回されて、振り回して。
    ……だから……

    「なにが変わってても、受け入れる覚悟で来たの!!」

    真正面から、向き合いに来たんだ。

    「…………そ」

    少しの休符の後に、軽くあっさりとした返事。

    「あの"ガリさん"が知りに、ねぇ?」

    ……あの”ガリさん”か。

    ”アイツ”が変わってしまったのなら……ボクも変わらないといけない。
    今までとは別のやり方に、変えないといけない。
    そうしないと、踏み込めない。

    どこからどこまでが本音で演技かわからないから、さっきみたいに相手のペースに引っ張られないように、すーっと深呼吸をする。 落ちつけ。落ちつけ。

    「…そういえば、演技も感情と密接に関係してるよね」

    まるでさっきの煽りがなかったことのように、ボクは床に座りなおす。

    「そりゃあね?知るばっかりで実用してなかったな〜と、僕くんは思ったまでさ。……んー、正確にはしてないこともなかったっけ?」

    この辺は人格ってやつの違いかな〜、と独り言のように付け加えつつ、ジオが言葉を返してくる。

    「周りのドールの感情を動かしたり、あわせたりするのは前から得意ではあったでしょ」

    「悔しいけど」と言いかけたけどそれはぐっと我慢。

    「……動かす方法が更に厄介になった感じするわ」
    「えー?何もなければ悪用する気もないし、通用しないドールもいるからなぁ……前より良心的になったと言ってほしいね?」

    さっき悪用してたと思うんですけど。 誇らしげな笑顔が神経にビリビリと来る。 ……でもこの感じ、懐かしいな。

    「はいはい相変わらず良い性格してるみたいで安心しましたー」

    ぶすーっとふくれっ面をしてみせながらも、その”記憶にある日常”をうっかり楽しんでもしまっていて… 慌ててそれを振り切るように首を振る。

    「……感情っていえばさ。 真面目に言葉を交わしに行ったことだってちゃんとあったの、一個思い出したよ。 ガーデンが停止した時」
    「あぁ、おたくがえらく真面目に頑張ってたときの話?」

    ガーデンで働いている教師AIのアルゴ先生が、敵として立ちはだかったことがある。
    ボクらはその先生との思い出を背負いながら、倒すのか、生かすのか、決めなければならなかった。
    アルゴ先生とは学園祭で関わりがあったり、珍しく個人的に相談とかしてた相手でもあったから、なんか身体が勝手に張り切っちゃってさ。ガーデンじゅうに念話飛ばしてドール達を集めたり、アルゴ先生を助けること前提でパーティーなんて計画したり………まぁなんか、色々やってたな。
    でも……たとえ皮肉でもそんな言葉を出してくれるぐらいには…頑張ってるような形は取れてたんだ。 結局、先生に自分の言葉は届かなかったし、戦い終わっても表彰されるどころか対策本部で説教くらった(アルゴ先生とは全然関係ない件で、だけど)から、全部ムダだったのかなぁって思ってたんだよね。 ある意味、グレるきっかけになった最初の事件とも言えるわ。

    「でもあれは、此処全体がそういう空気だったと思うけど?」

    ジオはあくまで場の空気に合わせただけ、とでも言いたげだけど

    「意見を求めるドールは選べたわけでさ」

    親友のアザミ、賢くて優しい(だけのドールだと信じていた)ククツミデュオ、しっかり者だけど思慮深いヤクノジ……頼れるドールは他にも沢山、あの場にはいたはずなんだ。

    「……わざわざキミをご指名したのは…… 感情に流されるようなドールじゃなかったから」

    真っすぐに、真っすぐに伝え続ける。
    それを相手に、演技で、あるいは冷めた言葉ではぐらかされるかも知れない。
    信じて貰えないかも知れない。
    それでも、伝え続ける。

    「犠牲になったドールも出て、皆気が気じゃなかったと思う。ボクがすぐアツくなるのだって、よく知ってるでしょ……でもキミなら、今の状況を冷静に考えてくれると思った。 だから本気で、キミを頼ったんだよ」
    「ふーん……?」

    ただ、シンプルな相槌が返ってくるけれど、ジオの口角はほんのり上がっている。

    「ああいうのは、冷静じゃなくて冷たいって言うんだよ?……ま、基本求められれば嘘はつかない信条でしたからして」
    「何言ってんの。熱暴走しそうな炎には冷たい樹氷魔術でしょ?」

    ちょっと上手い返しができたかなってふんぞりかえってみたけど

    「炎に氷くべても氷がむしろ溶け…………ま、いっか」

    氷の柱を使う樹氷魔術じゃなく、温度を下げる放散魔術が正しかった。 どちらもボクが使えない魔術だから、よく効果がごちゃごちゃになっちゃうんだよなぁ……

    「……貴女がこーんなに素直とはァ、明日は雨ですかねェ?」

    そんなド滑りにも関わらず、どういう心境になったのか、ジオは……”あの声”で話した。
    ボクがよく知っている、あの声。
    ぐるぐる眼鏡に白衣姿、長い髪をひとつに結った、かつての姿が重なる。 これ以上出さないようにしているのに、熱いものに触れて手を引っ込めるように、咄嗟に脳裏に映し出されてしまう。
    ……でも、ボクはその映像を振り切って、今目の前に座っている、ジオを見る。

    「……もういいよ。ぶっちゃけ出しづらいっしょ?その声さ」
    「え、なんで僕くんがおたくのために声変えたことになってんの?」
    「じゃー何?隠したい感情でもあったとか?…… 『理由でもないと使いませんよねェこんな喉が痛くなりそうな声ェ』」

    最後のは変声魔法を使ったとはいえ、我ながら結構似てるのが気持ち悪い。 変声魔法は声は変えられても口調はそのままだから、相手の話し方の音階をきちんと覚えていないと、そっくりに真似るのは結構難しいんだよ。

    「ん?その方が煽れそうだったから」
    「このタイミングで煽ってどぉすんの……」

    やれやれ…とはなったけど、逆に”おたくが喜ぶと思ったからやってあげたんだよ”と言われた方が癪に障るのでヨシ。

    「真面目になりすぎないよーに適度に茶々を入れる”良心的”対応ってコト~~?」

    深いため息と共に

    「ほんっとにさ、……、
    …………良い性格してる」

    呆れ半分……安堵半分の溜息を漏らす。

    彼は……今でもちゃんと”ジオ”だった。

    いや、過去にとらわれて、そう思いたいだけかも知れないけど……
    あまり踏み込まれたくない部分を、以前は眼鏡と声で、今は多分、演技で隠そうとしてる。 だってボクがストレートに自分の気持ちを表現したとき、コイツはまるでそれを避けるように、違和感のある、軽い反応をするんだ。
    そして、相手がどう反応を見せるのか”実験”をしてる。 どんなに見た目が、喋り方が、普段の声の高さが変わっても、

    やっぱり彼は…

    「ふはっ、このくらいがちょうどいいでしょ?おたくと、"ジオ"は」

    ジオが楽し気に笑うと、なんだか部屋の空気が柔らかく、居心地の良いものになった気がした。

    「……ま、今日はそーいうことにしといてやるか」

    ボクは初めてアイツの前で、くしゃりと屈託のない笑みを浮かべる。 やっと、一番落ち着く距離感に、元の日常に、帰ってきた気分になる。

    ジオは、やっぱり……ジオだった。

    「……でさ、ついでだから聞くんだけど演劇部って活動してるの?」
    「あ~~~……ぶっちゃけ最近全然行ってないからわかんないや。入るの?」
    「何それ。おたくに遠慮して今まで入らないでおいたのに」
    「へ~ボクに遠慮できる生き物だったんだぁ初めて知った~~」
    「自ら炎の海に飛び込むほど無謀じゃないからね僕くんは」
    「残念だったね炎不在で~~~~」

    今日限りでこの関係が壊れる覚悟だってしていた。 だから、謝ったんだ。
    「このまま嫌うならそうしていい」という覚悟がなければ、あんな許しを請うような言葉、使えない。 ここまで来るのに本当に時間がかかっちゃったし、友達に迷惑もかけちゃった。
    ……それでも、ジオは……それ以上は変わらずに、待っていてくれた。や、多分待ってないけど。 本当にお呼びじゃなきゃ門前払いで即この日記終わってたからね。

    ……壊れなくて、よかった。
    ……壊れていなくて、よかった。

    それを噛み締めたくて、つい”ガリさんとオジさん”的な言い合いを愉しんでしまう。
    ……でも折角だから、今のアイツを、もうちょっとだけ識ってから帰りたいなぁ……

    「あとさ、結婚式で受け取ってたやつでしょ、それ。そんなずっと握りしめてたら萎れない?」
    「…え?」

    ジオが指差した先は、ボクが片手で持っているもの……結婚式でキャッチしたブーケだ。 そうだった。結婚式の後、自室に荷物を置かずにここへ真っすぐ来たんだから当然ブーケは手に持ちっぱなし。さっき転がっちゃったりもしたけど、幸い花びらが散ったり、ぐしゃぐしゃになったりはしていなかった。

    「……ぁ忘れてた」

    花がちょっと泣いているように見えた。

    「あーあー……花瓶あるなら水切りしてからさしてあげたほうがいいだろうね」

    そういえば花瓶がない。ボクの部屋にあるのは鉢植えだ。乾いた花を土で埋めたってどうにもならない。 さてこの、黄色と紫と緑のリボンで巻かれた白い花たちをどうしよう……

    黄色と紫と、緑のリボン…… 白い花………白い……部屋………

    「……折角イメチェンしたんならさ。部屋にもこういうの飾ってみたら」

    握っていたブーケを両手でふわりと抱えるように持ち替え、 「……白だし」 と付け加えながらジオに差し出す。

    「はい?」

    前に、当時はいらなかった本を”ゴミ箱へ棄てた”ように、世話が面倒なものを押し付けたとでも思ってるんだろうな。ジオはきょとんとしながら苦笑いしてる。

    「おたくさ、この花束の意味ちゃんと聞いてた?」
    「あんま聞いてなかった☆」

    天井からお花が振ってきたのでキャッチしただけです、と言いたげにおどけてみせる。

    「……だから、意味わかってるドールが持ってた方が、いいじゃん。
    ……それにボクの部屋ウサギも使い魔もいるるから………花とかむしられたらそれこそ終わりだし?」
    「そしたらそのウサギが幸せになるだけじゃないの?」
    「花瓶とか倒されたらボクが幸せにならないんですー」

    ジオは喉を鳴らしてククク、と笑いながら

    「そもそも花瓶高そうだし……んじゃ、ドライフラワーにでもしてみましょうかね」

    罰則をなかったことにする贖罪券を買いまくっているこのジリ貧ドールに、花瓶を買うポイントなんて残ってやしないだろうと、観念したジオはようやくブーケを受け取った。

    「……どらいふりゃわー?」
    「おたく、本当に演劇部員?」
    「伸びしろのある演劇部員ですー」
    「ドライフラワー。ただ枯らすんじゃなくて、丁寧に水分だけ飛ばして、長くその花を楽しむ方法、だね」
    「……へぇ」

    ……長く、楽しむつもりなんだ。

    「ま、好きにしたらいいけど…」

    また笑みがこぼれてしまわないように、部屋の出口の方を見てつまらなそうな声を出す。

    「あーあ。いっぱい歌ったし眠くなってきちゃったな」
    「おたくは歌唱部でも作ったほうがいいんじゃないの?」
    「歌唱部ね~…」

    悔しいけどそれは名案だ。ただ、さっき書いたように演劇部も放置しているし、部活じゃないけど動かさなきゃいけないチームもあるしな~。グレ☆グレ団を合唱部にするか? そんな妄想は自分のベッドの上でするとして。

    「眠いドールはどうぞお戻りください?」
    「うん」

    部屋を出る前にサッと振り向いて

    「伴奏ありがと!またね」

    やや早口でそう言うと、相手の言葉も待たずに足早に出て行った。 振り向いた時に一瞬見えたジオのポケットから、さっきの使い魔が手を振っていたような気がした。 背中に「はいはーい」と適当な見送り台詞が聞こえてきたけれど、それ以上立ち止まることなく、ボクは真っすぐ自室に戻った。

    部屋に戻ってから、先程のジオと同じように、パンッと手を叩く。

    ドライフラワーはガチで知らなかったけど……ブーケの意味も、なんにも知らない方が『ガリさん』らしかったでしょ?
    ……胸張れるほど最近部室にも行けてないけど、ボクだって演劇部なんだぞ。
    入部するなら大歓迎。今度こそ……今度こそキミのこと、暴いてやるからな。

    ……あんな楽しそうに笑ってたのも、やっぱ演技だったのかな。
    簡単に、人格が変わることを許しちゃうなんて、”白衣ぐるぐるクソ眼鏡”でいる時間、楽しくなかったのかな。
    ボクは……楽しかったんだよ。
    だからきっと、キミが”最も傷つけたくないドール”だって、ガーデンも理解してくれたんだ。
    キミは……本当はボクのこと、どう思っていたの。
    ……”グロウくん”になら、全てを話せるの?


    “私の持ってきた花束を今から投げるので、受け取ってください。
    私たちの幸せのおすそ分けなので……貰ってくれると嬉しいです!”


    ……ジオ。 こんどは、ボクだけ幸せだなんて許さない。


    Diary089「花束を君に」
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