「リラちゃんケッコン?おめでとう!」
ボクは久しぶりにリラの部屋を訪れ、ノックがわりにお祝いの言葉で呼びかける。
そもそも”結婚”とは何か? 図書室に置いてあった、あんまり厚さのない本のページをパラパラと捲り斜め読みしたところ
要は『愛し合うふたりが一生いちゃいちゃすると誓うこと』みたいな感じ。 もうこれだけでボクには縁のないものだと察したね。
でも、どうしてそんなことを?別にわざわざ誓わなくてもヤクノジとリラが誰にも邪魔できない熱烈カップルだって皆知ってる。ボクが入学した瞬間から既にいちゃついてたし…。
う~ん、なにかを誓った日って自分の中で特別になるから、ふたりにとって『特別な日』をつくるため?それならわかるかも。
あっあと『私達結婚しました!』て宣言することで、ふたりをナンパしようとするドールを門前払いにするため!?ふたりとも顔面偏差値えげつないし、ちょっと前に女のコ好きなドールも入学したしなぁ……
「ふふ、カガリさん、ありがとうございます!」
久々の訪問だったにも関わらず、リラは快く迎えてくれた。変わらず緑色の髪に…そうそう、左右の目の色がボクの髪の毛とお揃いなんだ。右と左は逆なんだけど。
「突然ですが、おふたりの馴れ初めについて質問いいですかー?」
まるで放送委員にでもなったかのように、マイクを持つように丸めた片手をリラに向けると
「ええ!何でも答えちゃいますよ!」
パーティーの準備とかで忙しいかな、と思ったけど、快くノってくれた。 「折角だからお茶でも飲みながら」とリビングに場所を移すことを提案されたけど、あんまり他のドールに聞かれたくないので「ヤクノジくんとのオススメデートスポットが身近にあるんだけど知ってた?」と、寮の地下のバーにうまく誘導した。なぜ聞かれたくないかは、そのうちわかるよ。
存在を忘れられているのか、ダイニングで自分で飲み物を用意できるからか、あまりこのバーを使うドールはいない。だからよく我々、たのしい活動をするチーム・グレート☆グレネードの活動室その2にさせて貰ってる。
なお店主に許可はとってないけど、別にひどくちらかしてるわけでもないから今のところ出禁もくらってない。
飲み物を注文したあとに「おいくらですか?」と端末から支払いをしようとするリラに、ここのメニューは全てタダであると告げ、モノが運ばれてくるまで「どうやって元がとれているのか」の話で盛り上がった。
*
それぞれ飲み物を一口ずつ飲むと、本格的に質問コーナーのスタートだ。 仲良くなった時期、『アイしてる』と意識しはじめた時期を早速聞いてみた。 出会ったのは2年前の、『VSイベント』って行事の最中だって。
なんでも、『ヒーロー』と『ヴィラン』に分かれてそれぞれが、それっぽいことをして楽しむらしい。いいなー!何でボクが入学してから開催されないんだろ。間違いなくチーム・グレ☆グレ全員でヴィランチームに入って大暴れするのに~!
で、それから話す機会も増えていって…
「愛してる…誰かを想う気持ちが芽生えたのは、シャロンさんが行方不明になって、帰ってきてくれた日…ですね!…ふふふ、懐かしいなぁ…」
「え!?シャロンくんが…そんなコトあったんだ!?なんで?迷子?」
詳しく聞きたいのはそこじゃないのに、思わず詳細に首を突っ込もうとする。 行方不明?行方不明になってるドールを襲ったんじゃなく? あ、でもボクが知らないってことは入学前だから、シャロンの人格はまだ……この話は今はいいや。 とにかくシャロンは、理由はわかんないけど一度いなくなろうとした事があるんだって。
「眩しい、みんなの道標みたいな存在のシャロンさんが居なくなってしまって…凄く怖い気持ちになった時に傍にいてくれたのがヤクノジさんだったんです」
みんなの、道標…… 言われてみればそうか…ガーデンの脅威であるバケモノ、マギアビーストが出た時には真っ先に姿を「ある方法」で確認してノートに書いたり(ボクも一回やったけど、魔力ごっそり持ってかれて戦闘前にやるもんじゃないなってなったから多分暫くやんないかも)、生徒会に入って周りの委員会メンバーを纏めたり…うん、道標って言い方はしっくりくる。学園祭のライブの時もMCで上手く舞台を繋げてくれたのもシャロンだし……でもボクにとっては
通り魔の印象が強いんだよねぇ……
「詳しくはあまり…なので、本人に聞いてみてください」
と、いたずらっぽく笑うリラ。
「いなくなろうとした」が、もしボクが考えている中で一番最悪な意味だとしたら……ガーデン、意外と命を大事にしないコ多くなぁい?
…とまぁ、リラとヤクノジはボクが入学するよりも更に前からベタベタしていたこと、そして…リラはヤクノジの人格が変わる前から『愛』を抱いていたことがはっきりした。
…はっきりしたところで、本題に移ろう。
「…ヤクノジくんの人格が変わって…リラちゃんは平気だった?」
流石にこれを「質問コーナー!」のテンションでは聞けない。落ち着いて、言葉を紡ぐ。 ヤクノジとリラがくっついた経緯をちゃんと聞きたかったのは勿論だけど……
これもまた『ケジメ』のひとつ。
『意味不明』で済ませてしまった、投げ出してしまったことと、向き合うための行動だ。
「…平気、なんてことはないですよ。ヤクノジさんを変えてしまったのは、私がレオの事を願ってしまった代償ですし…申し訳ないことをした、とまで思います」
待って、……ヤクノジの人格が変わった原因って、リラだったんだ!?
人格コアを持つドールなら誰にもある『欠けた記憶』。それを思い出す方法…ガーデンから課せられた課題『最終ミッション』…最も傷つけたくないドールのコアを飲む。 リラがヤクノジを選んだのはわかる。でもてっきり人格を復元すると思っていた。
レオっていうのは……リラにそっくりなドール。ヤクノジの人格が変わって少し経った頃に現れた、不思議なドール。……滅多に姿を見せないから深く言及する機会もなかったけど、他にも『元々ひとつの身体で異なる人格のドールが、別々の身体で同時に存在している』例があるし……もしかして……
…レオについてはまた脱線しちゃいそうだし、今度はちゃんと踏みとどまり、それ以上触れないようにしたけど……愛しているヤクノジの人格より、”レオに関する願い”が大事だった…ってこと……?
「ヤクノジくん、かなり別人っぽくなった気がするけど…どうやって変わらずに、好きでいられたの?」
初めて出会ったヤクノジは、今よりもっと口が悪かった。それこそ「校則を破るヤツを竹刀でぶん殴りそうなドール」って印象が強かったな。
でも今のヤクノジは……物腰柔らかで、こういっちゃアレだけどどっちかというと尻に敷かれそう。 ふたつの人格に共通するところは……う~ん、変わる前のヤクノジとそんなに話したことないから「モテそう」以外思いつかないや。
……リラは、ボクを見つめて穏やかに言う。
「でも、あの人は受け入れてくれた。私も、想いは変わりませんでした。………どんなヤクノジさんになっても、惹かれたのはあの人の優しさと強さと想いですから」
どんなヤクノジさんになっても…?と訝し気にしていると、リラは続ける。
「たとえば姿が全く違う形になっても、たとえば、これまでの思い出をすべて忘れてしまったとしても。…私が覚えています。私の目が、私の耳が、私の心が…私のすべてで、最愛のヤクノジさんという愛しい人の事を覚えているんです」
記憶のなかに、かつてのヤクノジがいるだけで、今のヤクノジも愛せるっていうの……?
ボクは……逆だったな。いやもともと好きじゃないけど、記憶の中に「元々の人格のドール」がいるからこそ、今の人格が受け入れられなかった。
「たとえ私の記憶がなくなったとしても、変わらず愛している自信がありますよ!」
嘘偽りない、優しい笑みを浮かべてる。 …きっと、前のヤクノジよりレオの方が大事だったんじゃなくて、人格が変わっても愛し続けられる自信があったんだ。人格が変わった程度じゃそう簡単に壊れない、強い想いがあったんだ。
でも……ボクはそれができなかった。『最も傷つけたくない』ぐらい、存在が大きかったはずなのに。大きかったからこそ、ボクは欠けた記憶を取り戻せたのに。
「…相手のことをよく理解してたら、大好きだったら、性格や喋り方がまるきり変わっても…すぐに受け入れられるってこと?」
結局、ボクは『最も傷つけたくないドール』……ジオのことをよく理解できていなかったから、人格が変わった瞬間に拒否反応が出ちゃったのかな……… 無意識に後ろ向きな顔になってたのかな。声音がさっきよりも暗くなっちゃった。
「それは、その人によって違うと思います。…私がすぐに受け入れられたのは、私の気持ちもあるんでしょうが………変わらず、私に、好きと…愛している、と言葉も行動もすべて使って示してくれたヤクノジさんも居たからです」
リラがそう言いながら、そっとボクの頭を撫でる。最近他のドールにも撫でられたんだけど、そんな撫でやすいのかなぁ。
「自分の気持ちは変わらない。でも、相手がどう行動をするか、でまた形は変わってくると思うんです」
相手がどう行動したか。
それを具体的に挙げられるほど、性格が変わったジオとまともな会話ができていない。唯一会話した瞬間だってボクは冷静さを欠いていたからあんまり参考には…… …あれ? …ひとつ、気づいたことがある。
あの日のジオは、ボクのガチギレムーブに
“結局おたくも、そういった表面上しか見ないわけだ”
と呆れつつも、
“相変わらず、おつむが小さいねぇカガリさん??”
と、まるで以前の人格と日常的にしていた言い合いの続きでもしているようにイヤミで返してみたり
“あっれ、言い返せなくなっちゃった?”
と、アイツとは違うけどこれはこれで腹の立つ笑い方をしてみたり
“……ま、少し頭冷やした方が良さそうだね”
……正常な判断ができる状態じゃないこともちゃんと理解した上で、あからさまな拒絶はしていなかった……ように見えた。
……ううん、あれからかなり日が経ってるから都合よく解釈してるだけかもしれない。どっちにしろ
「…そか。…具体的にどう行動するかは、相手をちゃんとみないとわかんないよね。」
やっぱり、ジオと……話すしかない。そうしないと、いくら周りのドールから沢山情報を聞いたところで、何も始まらないんだ。
「……実は、この前そこそこ頻繁に喋ってたドールが突然別人になるから……キレちゃったんだ。 そいつ、なんも悪くないのにね」
思い切って、ボクと、ジオの間に起きたことを端的に伝える。 あ~あ、インタビューのつもりが自分語りになってるよ……それでもリラは親身になって話を聞いてくれた。
「それも、カガリさんの気持ちですから。…悪いと思っているのなら、ちゃんと相手を理解しようとしている証拠ですよ」
……リラの言葉で、抱えていたものが軽くなった気がした。 いや、多分正確には何も抱えてなくて、一歩踏み出す勇気が出なかったんだと思う。
「…もっかい話したり、よく、観察…してみるよ。…まだそいつが、口を利いてくれたらいいけど……」
「ふふ、大丈夫ですよ。お相手もこれまでのカガリさんを見てくれていて、話せばちゃんと分かってくれるはずです」
全てがリラの言う通りになるかどうかは話してみないと何とも言えない。でもそれを恐れていては、成功するか失敗するか、永遠に見えないまま。彼のことを、理解できないままだ。 目前に迫るリラとヤクノジの結婚式には、きっと殆どのドールが集まることだろう。 そこでジオと……少しでもいい。話してみよう。
別れ際に、話を聞いてくれたお礼に結婚式で最高の音楽を届けることを約束し、ボクはバーを後にした。
*
結婚パーティー当日。
会場となったイベントホールは、白い布や花で飾り立てられていた。…そういえば、ジオの部屋もやたら白かったっけな……今は、どうなんだろう。 発声練習をしながら、続々と入ってくるドール達からジオの姿を探す。
……いた。
あの鬱陶しいぐらい長い髪の毛をばっさり切り、ぐるぐるではない、深緑色の瞳がよく見える眼鏡をかけた彼は、既に会場の中にいた。あまりに過度な”イメチェン”で、気づかなかった。 あの時の”アイツ”はもういないのだということを思い知らされる。いや、ジオは確かにそこにいる。でも、ボクが大嫌いだった”アイツ”は、もう……。
……しんみりしたってしょうがない。今日は特別な日なんだから、思い切りパーティーを楽しまないと。 これから歌うってのに、中途半端なパフォーマンスは許されないもんね!
パーティーは、白い衣装に身を包んだヤクノジとリラを、花びらの雨で歓迎するところから始まった。 詳しい内容はヤクノジが報告書にまとめてくれているから全部は書かないけれど…ふたりは終始、幸せそうだった。
特に印象に残ったのは、ふたりが愛を誓いあうシーン。
「「病めるときも、健やかなるときも、愛し合うことを」」
「「慈しみ、敬い、共に生きることを」」
「「ここに、誓います!」」
指揮棒もない、伴奏もない中で、一拍の、一音の狂いもなく完璧に歌い上げられたユニゾンのようだった。
お互いにどのタイミングで、どんなテンポで、どんな抑揚で音符を、言葉を奏でればよいか理解(わか)っている。
……この気持ちの良いほどに音と音が重なり合う感覚、知ってる。
*
「…おい。アレ、使わないのか」
お祝いの歌を2曲ほど歌い終えたあと、手拍子を押し付…任せていたチーム・グレ☆グレのひとり、フェンが皆には聞こえない声で話しかけてきた。フェンの目線が差す『アレ』……自分の立派な参加者ですとばかりに白で飾り付けられたアップライトピアノ。 ピアノを弾けるドールといえば、思い当たるのはひとりしかいない。そのドールはちょうど、料理もひととおり楽しんだ様子で休憩している。
今しか、ない。
足早に目的のドール…ジオに近づく。 目が合うなり、タマゴのように丸くした両手で鍵盤を弾く動作をして「いける?」と問いかける。
先に謝るべきだったろうか。
まずは挨拶からすべきだったろうか。
途端に不安で鼓動が早くなるのを感じた。けどそれは長くは続かない。
「もちろん」
彼は頷くと、持っていたグラスを隣に座っていたドール、オルトメアへ預け、ピアノの前に置かれた丸椅子に腰かけると、ややわざとらしくふわり、と両手に鍵盤を乗せ……こちらを向いた。
憶えてる。
これは、合図を待ってる。
ボクの歌を、待ってる。
『善悪交わる宴の中で ふたり出会ったあの日――』
頭に思い描いた歌詞をメロディに乗せて歌い始めると、 それを引き立ててくれるような、ポロン、という和音が後を追うように旋律を色づける。
『不安かきたてられた夜に 寄り添いあって生まれたものは――』
伴奏の土台となる左手は同じ音。
でも、右手の和音はメロディにあわせて変化している。
まるで、変化していく日々の中に馴染みつつも、決して動かないものがあるように。
“たとえば姿が全く違う形になっても、
たとえば、 これまでの思い出をすべて忘れてしまったとしても。
…私が覚えています”
憶えてる。
学園祭のステージで皆でバンド演奏をしたとき、感情が高ぶって時折テンポや小節の枠を超えてしまうボクの歌に、唯一ついて来れたピアノ弾きがいた。 欲しい和音を、欲しい合いの手を、欲しい展開を、 言葉を一言も交わさないのに、アイツは作り上げてくれる。
自分の感情はロクに表に出さないくせに、ひと一倍感情に執着していた……
アイツの音が、今、ここで、生きている。
リラから聞いた『愛』の歌を
ボクにとっては想像でしかない『愛』の歌を、歌う。
『理不尽な物語が 記憶を全て 持ち去ってしまっても
あなたが傍にいてくれてよかったと
笑えるだろう この未来(さき)も』
時間が、まるであの時の、学園祭の野外ステージに戻った気がした。
…でも、過去には戻れない。
リラとヤクノジは、これからの未来に誓いを立てたんだ。 だからボクも、進まなくちゃ。
演奏が終った後、そんなことを考えながら余韻に浸っていると……
「私の持ってきた花束を今から投げるので、受け取ってください。私たちの幸せのおすそ分けなので……貰ってくれると嬉しいです!」
…といっても、花束はひとつだけ。それを投げるって……受け取れるのはひとりだけ?それとも、受け取ったひとりが持って帰っていいのかな?
…まぁボクは関係ないかな。幸せになりたいドールが受け取ればいいんじゃないかな?と、近くの椅子に座り完全見学モードに入っていたら、料理で満腹になったせいかほどよく眠くなってきて……
ぱさ。
「ふぇ?」
なにかが膝に乗った。それはレースやリボンで装飾された、白基調の花束…さっきまで、リラが持っていたものだ。膝から落ちそうになったので、慌てて両腕で抱きかかえるようにキャッチする。なんのイタズラか、一個しかない花束はボクのところにたどり着いてしまったようだ。
他のドールの目線が一気にボクに集まり、ぱちぱちと拍手が聞こえる中ボクは、『幸せのおすそ分け』以外の情報が何ひとつないそれを見て
「で、コレ何?」
以外の感想が出てこなかった。
顔を上げると、リラがこちらを見て笑っていた。 その黄色と紫の目、そして緑の髪と同色のリボンが、花束にもつけられていた。 人格が新しくなった後も、愛を育むことができたリラの力を、貰えたような気がした。 それに……
白いレース、白い花、緑のリボン
黄色と紫のリボン
ボクにとっても、意味のある色だと思った。
“私がヤクノジさんから見つけだせたものを
カガリさん、今度はあなたが見つける番ですよ”
……そんな風に言われているようだった。
だからパーティーが終わりを迎えた後、自室にも帰らずに、
ボクは一直線にジオの部屋へと向かった。
Diary087「愛の力」
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