センセーが部屋から姿を消すか消さないかのうちに、ウサギ用のケージがガタガタと音を立てる。家主の「出しなさい」という合図だ。 白くてもふもふなルームメイト、バニラは、外に出してやるなり、400年ぐりぶらいの再会でもしたかのように飛びついてきて、普段より多めに肩を掘り掘りされた。外はまだ明るかったが、ふと時計を見やると夕方で、ボクが記憶している日付から一日が経過していた。
寂しがり屋なもふもふによる掘り掘りマッサージのお陰で、ようやっと眠気から完全に解放された頭で昨日のことをよく思い出してみたが、身体をバラバラにされた記憶はない。いや、憶えている方がおかしいか。でも、センセーが嘘をつくわけがないし、思い当たる節はあったので、警告もかねて日記に纏めておこう。
*
昨日の…このくらいの時間帯、ボクは公園にいた。特に誰と待ち合わせということもなく、ただ独りでふらっと気晴らし… …気晴らしってのはつまり、晴らしたい気があるってこと。
二つに分かれたガーデン、生徒会、新しい施設、炎を纏うマギアビースト、山、お城、歓迎会、部活の仲間、……、そして突然雪と共に舞い降りた異変……退屈凌ぎには十分すぎるほど色んな刺激で溢れかえっているはずだった。
ところが、何故だかこの公園のように、その全てが錆びれて、色あせて見える。
「…ど~しちゃったかな…」
何をしても、何を見ても、何を聴いても…… つまらない、めんどくさい。飽きた。 数日と経たないうちに、気が付いたらそんな言葉を口にしていた。 嫌な悪夢を見続けてもいないし、誰かに立ち直れないぐらい罵倒されてもいない(そんな罵倒してこようものならそいつの身体が今頃バラバラになってたと思うよ)。
でも……
楽しいという感情を、どこかに置き忘れでもしたように 見事に、火が、点かない。
「……はぁ」
ブランコの上に両足で乗り、軽く漕ぎ、風を受けながら上下する視界を暫く堪能すると、その勢いのまま身体が一瞬宙を旅して、やがて地面に着地する。 乗り手が離れても気にせず揺れていたブランコも、戯れてくれる風がいなくなれば、だんだんとやる気がなくなり、定位置に戻って動かなくなる前の「きぃ」という軋む音は、とてもだるそうだった。
新たな刺激を求めて公園を歩いてみれば、一年前を思い出す。 たまにどこかから湧いてくる怪物「マギアビースト」の情報を纏めるノートに書いてあった、ドールらしきモノの正体(をマギアビーストと仮定していた)を暴くため、ここまでソイツを探しに来た。結局彼は違った。……どっちにしろガーデンに「討伐」されてしまったけれど。 彼との出会いがきっかけで、ボクは… ……なんだろう。これ以上考えたくない。
やがて、ボクより身長の高い草むらを発見した。あの時もきっと目に入ってはいただろうが……今だからこそ、これは意味のあるものだと何となく察することができる。なぜなら、前に進むためのある手順を踏んだことで行けるようになった場所で、同じものを見たことがあるから。
……前に進む、か。
……げ。
まただ。
具合が悪いとも、腹が立つとも言い難い不快な感情が胸を満たし、何としてでも気を逸らせと訴えかけてくるので、目の前の草むらを無我夢中で描き分ける。恐らくこの先に……
……やっぱりあった。 あの場所でも…そう。こんな風に台座に乗った像が置いてある。…正確に言うとあっちは「像が置いてあった台座」…かな。殆ど壊れてなくなってたから。 それでもボクにとっては特別なんだ。あれはボクが常に持ち歩いているキーホルダー(トモダチ)と瓜二つの姿をしている。僅かに台座に残る足の部分だけでも判別できる。そのぐらいずっと一緒にいるから。 トモダチの
マンジくんこと、神話の本『まじゅうとちいさないきもの』(ガーデンの課題…ミッションを達成すると貰える本)に登場する魔獣。ホントは別に名前があるみたいだけど、ボクの中では今でもマンジくんだ。
…そうするとこっちの像は…多分「小さな生き物」の方。うーん、小動物好きとしてはこっちのデザインの方がいいけど…。
………。
………皆はこの像の前に立った時、何を思い浮かべるだろうか。
どんなことに気づくだろうか。
そこからガーデンをより深く知るためのヒントを得るだろうか。
センセーに質問するネタができたと喜ぶだろうか。
……マントをつけたハムスターの像。
ボクはこれ以上何も浮かばない。 かわいいかわいい、ちいさないきもの。
タイクツで満たされた魔獣の、唯一の話し相手。
対等だと思っていた。でも
“これはちえのたねっていうんだ
きみがしらないことだとおもったからもってきたんだ”
実はずっと遠くの存在で
きっとかみさまという存在にも愛されていたからこんなにかわいくて
……愛されて?
……愛…されて…??
――愛とは、見返りを求めないもの
――壊すことも愛。新たな一面が見れるから
“まじゅうはとてもむずかしいきもちになりました”
――そーゆー難しい話はカガリには早かったかな?
“じぶんよりもうんとちいさないきものに
ほんとうのことをいわれたからでしょうか
じぶんのしらないことを
ちいさないきものがしっていたからでしょうか”
……なんだよ。
“むすうのもやもやが
まじゅうのあたまをうめつくしていきます”
無性にひと暴れしたくなった。
“なにもわからなくなってしまったまじゅうは、
うなりごえをあげながら”
助走をつけて飛び上がり、ウィズの像の横っ面めがけて回し蹴りを放つ。
”ちいさないきものを――”
その像があまりにも堅かったからだろうか、ボクの身体が貧弱すぎたのか 全身に反動とも思える、いやそれ以上に 焼けるような 引き裂かれるような 貫かれるような鋭い痛みを残して 結局蹴りを与えたものがどうなったかを確かめる前に、ボクの意識が途切れてしまった。
この、モヤモヤは
しけったマッチのように、火の灯らない毎日は何なのか。
本当はとっくにわかっていた。
壊れた像と、
笑みを称えて佇む像。
まるで――――
*
……えーとつまり、ボクはむしゃくしゃしたからウィズの像を壊そうとして、それが何か箱庭的にマズかったらしくて、ボクの身体の方が爆発四散しちゃったっぽい。とりあえず人格コアも、身に着けていたものも壊れずに済んだし、結局像も無事なので学園側からもお咎めナシ。 ボクの記憶では周りに誰もいなかったけど、もし見ちゃってたドールいたら御愁傷様~。
Diary064「ものはだいじに」
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