「さーて、グレグレ団の部室にお邪魔するよーっと」
ガーデンの寮のボクの部屋の隣に構えている、チーム・グレート☆グレネード……通称グレ☆グレ団の活動室に入ってきたのは、今回の依頼人であるククツミセンパイ。 ふたりいる『ククツミ』という名のドールのうち、皆から『フユツミ』と呼ばれているドールだね。
ウチのチームは部活動としては認められてない(逆に学校側から公認されちゃ困る)けど、別に部室と呼ばれるのはいい。
ただ団名の中央に「☆」が感じられないのはダメ。
「みんなにね、ちょっとした依頼をしようかと。……そうだね、1ヶ月くらいかな?」
手に持っている荷物のうち、かさばりそうなものを下ろしながら話すククツミセンパイに、チームメンバー全員の注目が集まる。 熊耳困り眉のクラート、ツッコミ担当文系わんこのフェン、声量と演技担当のヨハイ、そして……最近風紀委員を裏切り(?)、見事にグレ☆グレ堕ちを果たしたリツ。皆いい感じに個性のバラけた良き仲間だ。
……それにしても、ククツミセンパイの荷物……クッションに、おもちゃに、大量の……ペットのご飯?飼育委員の仕事でも手伝わされるのかな?
「……随分大がかりだな?」
フェンが訝し気な顔でぼろっとそんな言葉を漏らすのも頷ける。依頼の期間といい、荷物の量といい、一筋縄ではいかないことは確かだ。 ククツミセンパイがフェン、そして皆に目配せし「まずはこれを見て」と促すよう微笑むと、板のようなものをドアノブに引っ掛ける。すると、ドアの前に全身ふわふわの毛で覆われた生き物が現れた。
「この子のことなんだけど……」
「わぁぁ可愛い~!なに?わたあめの妖精?」
ふわふわのウサギをルームメイトにしているボクだもの。こんな可愛い生き物に食いつかないわけもなく。ガーデンの脅威である「マギアビースト」もカワイイ生き物揃いだけどこのコはその比じゃないね。しかもちっちゃい。
駆け寄れば、挨拶がわりに「キャン!!」と鳴く。え、ひょっとしてこのコ……イヌかな?
「もしかしてこのコの世話~!?やるやる~!」
「あっ」
ククツミセンパイが声を上げた気がするけどお構いなし。警戒する様子もなさそうだったのでひょいっと抱き上げてみる。う~ん、抱き心地、触り心地共に最高!言うことなし!チーム皆じゃなくてボクが持って帰って独り占めしたいくらい!あ~でもウチのウサギが嫉妬しちゃうかな~…… わたあめ犬は嬉しそうにハッハッと小刻みな息を漏らしている。 可愛さに反してとんでもなく狂暴なのかな?と思ったけどそうでもないし、じゃれながら腕に甘噛みなんてしちゃって……
「……ヴ、」
突如、具合が悪くなると痛くなるところがだいたい全部じわ~っと痛くなった。
「なんか急に………色々ダメかも……」
頭痛のせいで視界がぐるぐるする。
視界がぐるぐるするせいで吐きそうになる。
吐きそうになるので症状を伝えている余裕がない。
なんか背中にもふもふがすりすりしてる感触がある。
お構いしている余裕もない。
激痛で耐えがたいってほどでもないけど…うん、普通に体調が悪い。
とにかく、考えうる最悪なことが起こらないようにボクは部屋の隅っこに縮こまるように横たわった。 ヨハイとフェンは何が起きたのかと軽く唸り声をあげる。 リツは恐らく犬に釘付けになりながら、
「……可愛い」
なんて言ってる。ボクの心配して。
「あ…」
クラートだけは、まるでこの光景を一度見たようなリアクションだ。
「……ということで、牙に毒があるポメラニアンのお世話をね? お願いしようかなと」
ククツミセンパイの苦笑いが、ちょっと楽しそうに聞こえたのは気のせいかな? センパイが持ってきた、わたあめ犬がお気に入りと思われるクッションにちょこんと座って大人しくなったところで、ようやく詳しい説明が入った。
ポメラニアンという犬種で、女の子。名前はトキ。
ドアにかかっている板の形状をしたマギアレリック……使うと不思議なことが起こる道具によって召喚された生き物だそう。 クラートが名前をつけたんだって。だから毒牙持ちということも、それが具体的にどんな効果があるのかもなんとなく知っていた。
「えと……噛まれると、吐き気、腰痛、頭痛が二時間くらい続くんだっけ……」 「あとは腹痛と、肩こりだったかな?」
「多くない?」
クラートの解説にククツミセンパイが補足する。リツの言う通り、多いんだわ症状が。 それを今全て受けているボクを誰ひとりいたわってくれないの何? そりゃマギアビーストとの戦いよりはマシだけどさぁ……
「ふむ!よいだろう!」
と、壁際に立ち尽くしていたヨハイが進み出た。
「この猛獣を華麗に手懐け戯れる、無邪気で愛らしい余輩の姿を魅せようではないか!!」
確かに。動物は基本は自由だけど、しつけをすれば何とかなる部分もある。 特にイヌはかしこいって聞いたことがあるから、うまくいけば噛まなくなるかも? まるで跪くようにトキと目線の位置をできるだけ合わせて……
「ほらお手」
勇猛果敢に手を差し出すヨハイ!その手にトキは……
あむ。
「あ」
ククツミセンパイとクラートの、これから起こりうる未来の全てを物語る声が、それはそれは綺麗に重なった。
「ぬわーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」
ヨハイ、おもしろいヤツだったよ……
*
「そういうわけで、まだしつけも満足にできていなくてね……」
部屋の片隅で縮こまるドール一名、別の隅でのびているドール一名を交互に見て、ククツミセンパイは頬をかきながら言った。
トキが伸びているヨハイの身体と床の隙間に入り込もうとして小さな足をてちてち動かし、尻尾をふりふりさせながら彼女なりの「突進」をしている。ただ綿の塊がもこもこしてるようにしか見えないけど。 本人(本犬?)にしてみれば、噛むと横になってくれるから、沢山じゃれつけるから嬉しいんだって。
……あれ、今もう一回噛まなかった? ククツミセンパイの補足情報によれば、何度噛まれても症状が悪化したり、死に至ることはないらしいけど、噛まれた瞬間から更に二時間くらい、症状が長く続いちゃうみたい。う~ん鬱陶しい~~……
「そうだなぁ……よし。1ヶ月でトキが『お座り、お手、伏せ』のどれかひとつでも習得できたら、グレグレ団のみんなにご褒美をあげようかな。ちょっとした挑戦、ってことでどう?」
なにが『よし』なのかさっぱりわかんないけど、このコを一か月も預かるんだとしたら、さっさと手なずけてしまった方が楽ではある。そのうえご褒美が貰えるのは……依頼の理由を考えると手厚い。 ……けど他の皆はどうだろう?
「…犬のしつけ方とか芸を仕込む方法………図書館の本に書いてあるかなあ……」
あ、クラートは意外にも乗り気だ。マジか。
「……で。なんでコイツの世話をすることになってんだ?」
次に口を開いたのはフェン。うん……至極真っ当な反応。 事情を知らないメンバーなら、こんな危険な動物を押し付けられたら誰でも疑問に思うはずだもんね。 もう早速飼育がんばるモードに入っちゃってるクラートは……やっぱ名付けを任されたときに前以てたくさん触れあったから、回避方法ぐらいは心得たのかな? 説明しようと起き上がろうとしたけど、口から別のものが出そうになったので再び床にごろんとする。 それを横目で見ていたククツミセンパイがふふっと笑ってチームメンバーを見渡す。どうやらボクのかわりに説明をしてくれるようだ。
「んー、いたずら?」
……やっぱ説明はしてくれないようだ。 まぶしい笑顔を向けられた。ひだまりのようだと思っていた笑顔だけど、ククツミセンパイというドールを前より知ってから見ると、ひだまりというにはあまりに大きい闇があった。
「……ま、冗談はさておき。校舎の落書きは素敵だったけど、あれ普通はこっぴどく怒られるはずのものだからね?」
あ、よかった、ちゃんとその話もしてくれるんだ。 トキのお世話のくだりではあんまり動じていなかったクラートも、流石にちょっとビクッとしてる。 くすくすと笑いながら、ククツミセンパイは続ける。
「校則違反で罰則は付いたけど、それ以外のお咎めが無くて逆に拍子抜けしていたカガリちゃんに……」
そう。今回の依頼をリーダーとして絶対に断れない理由がコレ。
巨大なアート作品と認識しているドールもいたっぽいけど、学校を落ちにくい塗料で汚すのはただの迷惑行為でしかない。しっかりと罰則はついたのに、同時期に変なマギアビーストが出たこともあってか、風紀委員や生徒会が全く動かなかったのが逆に怖い。 数日たってから別の理由で生徒会室に押し入ったけど、落書きについての言及はなかったし……
それをククツミセンパイに話した結果、今こうなってるの。
毒牙はちょっとやりすぎかなと思わなくもないけど、塗料を盗むのに実害も出てるし、仕方ないよね。
「……じゃあせっかくならおもしろ……しっかり大変な目に遭ってもらおうかと」
うん。しっかりおもしろい目に遭っ……
…ン゛??
「おもしろって言った!?ねえ今面白って言っぉぇ~~~~………」
反論しようとしたけど、出ちゃいけないものが外に出ていきそうだったので阻止。
……ちょうど、落書きの話をククツミセンパイとしているときだったなぁ。 こんな感じで、わりとククツミセンパイが『色々と』おもしろがったり、やらかしていたドールだって知ったのは。見る目変わったなぁ。 『あの落書きは普通はこっぴどく怒られるようなものだ』と言いつつも、落書き事件の元締めがボクだと知った後の先輩の発言……『アルバムにしたんだけどいる?』だったもんなぁ…… 半分くらい……いやもっと?…本当に面白がってるんだろうなぁ……
「……それなら、落書きに関わってねぇデコメガネは無関係だな」
お世話がそれなりに楽しみなのか、すんなり受け入れ気味のクラートとは打って変わって、フェンが大事なことを指摘した。 そう。リツがグレ☆グレ団のメンバーになったのは落書き事件の後。なんなら、それがすっかり消えた後。ちゃんと授業に出ていなければ、落書きすら見ていない可能性もある。 流石に『レンタイセキニン』を理由に体調不良を引き起こす、わたあめの姿をした凶器の世話を強要するのはちょっとナシかなぁ…?それはそれで不憫で面白いけど…… ……と思っていたんだけど
「そーゆーのって仲間はずれって言うんじゃない?」
あ~~そうだ。リツはこういうドールだった。面倒ごともなにかしら理由をつけて引き受けちゃうお節介。
「それに動物の世話ならそれなりに得意なつもりだし…まぁ飼ってるの鳥だけど。 猛獣を改心させた実績もあるし犬の噛み癖ぐらい何とか出来るっしょ」
改心どころかトキの場合は善意でやってるっぽいけど?? お世話できますアピールをしているリツの横でクラートが「毒、あるけど……」という半分独り言のような呟きがぼそぼそと聞こえてきたけど、リツの耳には入っていなかったみたい。 ま~、本人が言うならもうこっちが止める理由はないやね。 その後、ご飯の量やらおもちゃの使い方、お世話に必要なあれそれをひととおりボクらに伝えたあと
「……それじゃあ。グレグレ団のみんな、あとはよろしくね?」
不健康を運んでくる悪魔だろうが、それがマギアレリックから出た生き物だろうが、尊い命であることには変わりないのでしっかりと責任を持って育てるよう、ククツミセンパイは圧をかけ……いや、念を押すように言った。あとやっぱり☆がない。
「…わかった。任せて…」
「まぁ、任されたからにはちゃんと世話しないとね」
少なくとも、やる気のあるクラートとリツがいて良かった。
落書き事件のケジメの一環とはいえ、一か月無事に世話をしようが、トキに100回噛まれようが、起こしたことを帳消しにはできないし、この依頼を最後にボクらが足を洗うこともない。
「……そーいやその子の毒ってセンセーには効くのかな?」
「ねえだろ。ラーメンバカなら有り得るだろうが……」
「そんなことより毒が効かなくなる方法調べようよ~~~~」
道を踏み外したから、見えてきたものもある。
正しくない選択をしたから、わかったこともある。
間違えたっていいんだ。
体張って、胸を張って、声を大にして歌う ……
それが、たまたま行動を起こせない誰かに届いて、火をつける……
そういう物語だって、悪くないんじゃない?
ま、これからもいけないコトたーーくさんしたいだけなんだけどっ☆
Diary090「断れない依頼」
PR