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ガーデンでの生活を記録したり、報告書をボク用にまとめたり。
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    抗う歌(後編)

    戦いの果てに。







    暫くして、足音が聞こえた。屋上への階段を乱暴に駆け上がってくる。恐らく一部始終を遠くから見ていたドール…イヌイ。制服ではなく、相変わらず修道服と呼ばれる黒い衣装を身にまとっている。 入口のあたりで静止し、それ以上何かする様子はないイヌイと、まさか他に乱入してくるドールが現れるとは思わなかったのか、呆気にとられているヤクノジにも見向きもせず、ボクは身に着けている戦闘用バッヂ…強制帰還バッヂと身体強化バッヂをその場に投げ捨て、アルゴ先生に駆け寄る。

    「もうこれでいいでしょ!?先生!!」
    「か、カガリちゃん…!??」

    ドロシーが何か言おうとしたようだが、次の瞬間爆発音と甲高い悲鳴が校庭の方から聞こえる。アルゴ先生はそれに気を取られたようだが、ボクは今はそれどころじゃない。ガーデンに居れば爆発のひとつやふたつぐらい起こる。たぶん。 再びアルゴ先生に呼びかけようとしたその時、先ほどよりももっとアップテンポな足音が、ものすごい勢いで背後に近づいてくる。振り向いた瞬間、目の前で短剣…のようなものを構えるドールの姿があった。

    「あ!!!フェン君!!!」

    ドロシーが叫んだとおり、ボクのコーハイのドールで、犬耳のような髪を生やしているドール、フェンだ。 刃はボク………から大きく逸れた位置からアルゴ先生へ振り下ろされようとしている。

    「……」

    すかさずボクはフェンの手首を摑み、阻止する。

    「邪魔すんな ……っ! コイツはここで殺す!」

    フェンはもがき、ボクの手を振りほどこうとする。コーハイといえど、正直握力では彼が勝っているので外されるのも時間の問題。

    「は~いおすわり」

    そうなる前に、もう片方の手を彼の頭にぽん、と置き、浮遊魔法を逆向きにかける。こうすることで重力が過剰に働き、相手を地面に貼り付けることができる……と、ボクの師匠が教えてくれた。肝心の師匠は気絶したまま、ヤクノジに包帯でぐるぐるされている。修行の成果が見せられないのが残念だけど。

    「クソ……ッ、意味がわからねえ……! まさかコイツを生かすつもりか?」
    「そうだよ!」
    「このクソ野郎に何されたか忘れたのか?」
    「だから消すの?ガーデンと同じだね!」

    皮肉を零し、一旦浮遊魔法を解く。 フェンがアルゴ先生にされた事……ボクも見ていた。あの日はボクも寝不足で記憶が曖昧だけど、先生の逆鱗に触れたフェンが、ちょうど今日の戦闘のように樽に閉じ込められ、剣でめった刺しにされていた。まぁ、それで積もった恨みを晴らしたいのはわからないでもない。他にも先生に対する愚痴をべらべらと喋っているけれど……今のこのドールにおいしいところを持って行く権利はない。だから一歩も譲らない。

    「…キミたちは多くのものを失ってきた。今更、ここにオレの死体がひとつ転がっても、何も変わらない……」

    先生はフェンのしたいようにさせたいようだ。”失った多くのもの”の中に、失ったことを知らされていないドールの名前がひとり入っていたけれど、それが先生を殺す理由にはならないので、ここでは敢えて触れないでおく。

    「何が強くなって欲しいだ……何が立ち上がって欲しいだ……何が本気で向き合うだ……!? ざけんな! 身体的にも精神的にもおれたちを痛めつけてるだけだろうが‼︎」

    前のめりにアルゴ先生に罵詈雑言を浴びせるフェンと、先生の間に割って入り、胸元を殴るふりをして浮遊魔法を直線状にかける。フェンは驚きの表情を見せながら近くの壁にたたきつけられる。 その瞬間、更に後から来たククツミデュオと、彼らの戦友であるリスのような生き物、バンクの姿も確認したが、今用があるのはリスではなく犬の方だ。

    「ツッコミたいコトは山ほどあっけどさ…そんだけ吠える元気あんなら、なんで今まで隠れてたの」

    そう。このドールがおいしいところを持って行く権利がない理由。 そこまで恨んでいるなら、そこまでのことが言えるなら、何故正々堂々と戦いを挑まなかった?真正面から向き合おうとしなかった?

    「……っ! るせぇ‼︎ おれさまの勝手だろうが‼︎」
    「あ〜図星?」

    必死に戦って、人格コアを抜かれたドールがいた。
    理由は想像するしかないけど、無防備な状態で先生を庇ったドールがいた。
    傷ついてもなお、想いを口に出して伝えようとするドール達がいた。

    …で、オマエは?

    「あんなに潰すって意気込んでたのにいざ舞台に上がれば小型犬の真似事」
    「……黙れッ」
    「相手が弱ったところで強者のフリする卑怯者」
    「黙れッ!」

    黙ってほしいなら口だけじゃなくて”テメェ勝手”を貫いてみろ。

    「だからオマエはいつまで経ってもポチなんだよ!!」

    さもなければボクが貫いてやる。と言わんばかりに集光魔術を放とうと、突き出した手の延長線上に光を集める。ここまでボロクソに言えば牙を向き出して襲い掛かってくるかと思いきや、フェンは転移奇跡で逃げてしまった。

    「フェン君……何かあったんだな……」
    「アルゴ先生への強い恨みを感じましたね……」

    ヤクノジとドロシーもそれだけ言い残し、屋上から姿を消した。こちらは転移奇跡ではなく、強制帰還バッヂが発動したのだ。話の途中で対策本部のベッド送りになるのも嫌だから、ボクは予め全部外しちゃったってワケ。
    …それにしても、フェンは何があったんだろう。いつの間にかいなくなってしまったドールのことといい、複雑な事情があるのかも知れないが、それに構ってられるほど、ボクは優しくはなれなかった。

    「……どうしてトドメをささないんだ」

    屋上にはアルゴ先生とボクと、イヌイ、ククツミデュオ…そしてバンクが残った。 誰も口を開く様子がないので、まずボクが一歩進み出る。

    「………死体がひとつ増えても変わらない…そう言ったよね」
    「ああ。今更変わらないだろ」

    ボクは深呼吸して、口元を緩めた。

    「先生の言ってるコトが間違っているとは思いません」
    ――キミの考え方が間違っているとは言いません――
    「でもキミのその考え方は寂しいと思います」
    ――でもキミのその考え方は寂しいと思います――

    先生がずっと憧れている誰かさんの言葉を

    「先生がボクたちのことをどう思っていても」
    ――キミが友達と思ってなくても、――

    ボクがずっと縛られている呪い(のろい)を

    「きっとボクも…みんなも…キミを放っておかないよ」
    ――きっとみんなキミを放っておかないでしょうから――

    ボクがずっと大事にしている呪い(まじない)を

    「…………だっる」

    そう。
    だるかった。うざかった。
    ボクはずーっと囚われていた。
    迷惑だった。
    だからボクは、ずっとオモチャだと思っていたドール達の手を、取ることができた。
    ここまで進むことができた。

    「ガーデンはクソなところがいっぱいだよ。 でも、クソなものを一つ残らず消しちゃったら、それはそれでつまんないんじゃないかな」

    ガーデンをぶっ壊すのは確かに楽しそう。でも、ぶっ壊して何も残さないんじゃつまらない。 それに……ガーデンを、魔法を、ともだちを、あれこれ識っていくうちに……まだまだ遊び足りないことに気が付いてしまった。そのきっかけをくれたのは、困ったことに、ガーデンの先生達。 ただ、考えることが沢山増えちゃって、肝心なときに肝心なことを伝えるのがヘタになってる気がする。日記にすると、ある程度はうまく纏まるのに。

    「……それに、友達にウソつくヤツのお願いなんて、聞いてやんないもん」

    そうだよね? とボクは、イヌイの方に目を向ける。
    多分……多分だけど、いま、先生に必要な言葉を持っているのは、このコだと思った。だからボクは、センターを譲ることにした。 ボクは遠ざかり、ククツミデュオの傍でイヌイとアルゴを眺める。 イヌイはさっきまでボクが立っていたあたり…先生の真ん前まで近づくと、目線を合わせる。 苦手な静寂で声が出そうになったけれど、呼吸音や風の音に集中する。

    「終わりですか」

    沈黙を破ったのはイヌイ。嵐の前の静けさのような、淡々とした声色だ。

    「……終わらせてほしい」

    会話が振り出しに戻ったように、アルゴ先生は再び自分の死を望む。

    「………」

    イヌイは何も喋らず、代わりにゆっくり片手を上げたかと思えば、その手で思い切りアルゴの横っ面を張った。

    「……に……」

    されるがままのアルゴに、とうとう抑えきれなくなったイヌイの感情が言葉となって外へ出る。

    「何負けとんねんアンタは!!!」
    「……」

    聞いたことないぐらいの大きさで、イヌイはアルゴ先生に怒鳴りつける。

    「他の子には手出しといて、あたくしには何もせんで、1人で勝手に死ぬやと……? そんなもん、絶対、あたくしが……イヌイが……」

    やっぱりイヌイもまだ死ぬことにこだわっているのか、先生に生きてほしいが為の言葉の綾か、それとも…

    「……ヤキモチ?」

    ククツミ達に顔を近づけヒソヒソと囁くと、ふたりは全く同じ動きで人差し指を口に当てる。 だって自分をほったらかしにして他のコとイチャイチャしてたことにキレるカノジョの台詞に聞こえたんだもん。こんなときにふざけるなって?ボクは大真面目だもん。ぶー。

    「……許さへんからな!!」
    「……」
    「死なさへん、殺さへん、殺してやらへん……!
    アンタがあたくし殺さんで、誰が殺すんや!!」
    「……オレは……」

    ようやっと口を開いたアルゴ先生の胸倉を引っ掴むイヌイ。

    「生徒との約束1つ守れへんのやったら!!あたくし1人連れてかれんねやったら!!!!」

    普段こんなに声を荒げることなんてないからか、イヌイは戦いに参加したわけでもないのに息を荒げている。

    「……責任とって、あたくしと生きろや……アルゴ……」
    「…………」

    ボクの知る限りでは、誰かを名前を口にすることのないイヌイが…自らの名乗りをあげ、そして共に生きることを望む相手の名前を呼んだ。
    アルゴの答えを待たずに、イヌイは突然姿を消し……代わりにイヌイの姿をしたお人形…イぬいが置いてあった。これは前に見せてもらったことがある、魔力を入れておけるマギアレリックだ。他の使い道は今のところわからない。

    「!?イヌイちゃん…!?」

    転移奇跡を使ったのか、屈折魔術で姿を消しただけか、返事は返ってこない。 人形を瞬時に持ってくるのは、どうやってやったのかな…? 屋上をひととおり歩いてみても、イヌイとぶつかる気配はなかったので、多分もうここにはいないんだろう。 まだまだ、知らないことだらけだな。
    屋上の真ん中には、何をするでもなくぼーっとしているアルゴ先生。 頭の整理がついていないコに声をかけた結果大失敗した経験があるので、ボクは振り返り、ククツミデュオと目を合わせる。 抹茶色の服を身にまとったククツミセンパイは大きく一回、結った髪にほわほわをつけているククツミちゃんはこくこくと二回、頷いた。ボクはふたりにニッと歯を見せて笑いかけ、アルゴ先生に溜息まじりに近寄る。

    「………追っかけなくていいの?先生」
    「……居場所は分かるから。いつでも追いかけられる」

    そんな甘えはボクには通用しない。

    「じゃあ今行く!!!!!!」

    先程怒鳴ったイヌイに負けないぐらいの大声でアルゴ先生を一喝する。

    「……だっる」
    「だるくても行く!!!!」

    そりゃだるいでしょーね、生徒から説教くらってんだもん。

    「……ついでに、捕まえたら一緒にカフェまで連れてきてほしいんだ」

    この日は流れ星が見られる特別な夜が来る。それに合わせて、ボクとヤクノジで、カフェでパーティーを開く計画を立てていた。

    「……わかった。でも約束はできない。そっちはよろしく、カガリさん」

    何がよろしくなのかさっぱりわかんないし、約束守るって言うまで怒鳴ってやろうかと思ったけど、まー先生の「約束守る」は信用できないしな。ちゃんと持ち主に渡してこいとイぬいだけ押し付けたあとは、特に何も言及せず、転移奇跡を使うところまで見届ける。 来なければふたりに鬼念(おにねん。鬼のような回数念話しまくること)した挙句こっちから地を這ってでも箱庭じゅう探して迎えに行くから覚悟しろ。

    さてと。
    アルゴとイヌイの物語がこのあとどうなったかとか、カフェのパーティーの様子とか、色々気になるコもいると思うし、実は対策本部でもひと悶着あったんだけど…そろそろ寝ないと。 明日早いんだ。 とりあえず、戦いが終わったのでガーデンの機能がだいたい復旧した。タブレット状態になっていたシャロンとアザミも、ガーデンの技術で元の身体に無事、人格コアが戻った。でもコアを取り違えて、シャロンが「レリックオイテケ~」アザミが「どうしてだい!?」って言ったときにはどうしようかと思っちゃった……

    …ウソだよ!

    センセーって呼ばれる浮遊する四角い板はまだ寝てるらしいから校則は相変わらず機能してないっぽいんだけど。うん。一生起きなくていいよ。 なんかガーデンに新しいせんせぇ?いきもの?なに?が来て、新学期に向けて準備してるんだって。あっち側が新しいことを始める前に…やっておきたいことがあるんだ。

    元の身体を取り戻せた勇者と、腕試ししなくちゃ。


    Diary057「抗う歌」
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