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ガーデンでの生活を記録したり、報告書をボク用にまとめたり。
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    もうすぐ星が降るから

    昼下がり。
    春エリアにそびえ立つカフェのガラス張りの窓いっぱいに広がる快晴の青空。ガーデンのシステムが停止し、ボクらに宣戦布告した人型教師AIのアルゴ先生によって多くの生徒が傷つき、遂に人格コアまで抜かれるドールが現れたことなんて…ぜんぶ嘘みたい。







    ガーデンの影響はなく、営業を続けているカフェのテラス席周辺には、寮という家を奪われ、行き場をなくしたペットたち、そしてぬいぐるみたちも数体避難している。もふもふ率が高くて個人的には幸せだ。ボクのルームメイトのバニラも、その中でちんまりと過ごしていて、欠かさず毎日会いに行ってあげている。カフェに寝泊まりしているドールもいるみたいだけど、居心地がよすぎて出かけなくなりそうだからやらない。

    「な~んか平和ボケしちゃうよねぇ…」
    「そうだね、ちょっと変わったお泊りみたい」

    バニラのおうちを浮遊魔法で浮かせ、その下にコロコロと入り込んでしまった黒くてちっちゃいおだんごを回収しながら(おだんごの主はおうちが浮いているのにぐっすりお休み中。、同じくケージを掃除している片目が隠れたイケイケ黒髪男子…クラスコード・ブルーのヤクノジに話しかける。ルームメイトのお世話をする時間帯が被ることが多いのか、カフェにいると頻繁に彼と会う。

    「アルゴせんせぇ、ホントにあれが本心なのかな~」

    日中も魔法が使い放題で、コーヒーが優しく香る空間の中もふもふと戯れられるのは息抜き以外の何者でもないのだが、こんな状況だ。お互いのもふもふを褒め合う瞬間もあるけど、どうしても話題がアルゴ先生まわりに引っ張られがち。

    「そうだなあ、本心ではあるんだけど……全部じゃないって感覚があるかも。言えないことがある、みたいな」

    『キミたちの壁になる』と真剣な顔で言ってのけたアルゴ先生。いざ屋上に行ってみれば、どんな時よりもやる気のない顔。攻撃の威力こそ高いけど…いまいち、それを最善の選択だと思ってやっているのかがわからない。誰かの気持ちを察するのは相変わらず苦手なので、考えれば考えるほど答えから遠ざかる気がする。

    「ん~…ダメだ!盛り下がる!ヤクノジくん、なんか弾いて!」 「え〜?練習はしてるけど、聴かせられるレベルじゃないよ?」

    箱庭でピアノがある場所はガーデンの音楽室。当然、今は立ち入り禁止。ピアノを借りに行こうものならピアノ線で全身を切り刻まれる以上の苦しみと遭遇するだろう。それでもこんな会話が成立してしまうのには理由があった。



    *



    「そうだね……正直、ちょっと困っちゃったな。そこまでしなくてもいい、別の方法があればいいなって思っていたから」
    「どう、しましょうね……。ヤクノジさんと同じですが、なにか別の方法があるんではないかと、思っていましたから……でも、遅かれ早かれこうなっていたんでしょうか……」

    イオサニからのガーデン停止宣言メッセージを受けて走り回っていた頃、勿論ヤクノジと、その大事なパートナーであるリラの所にも突撃した。ふたりのデートに水を差す形にはなっちゃったけど。 ふたりとも、それしか選択肢がないのであれば戦場へ赴くが、できれば別の道を探したい、と息の合った答えを返してくれた。のちに、戦わずに戦闘を終わらせる方法も発見されたけど…それもそれで、軽率に試せるものじゃない。これについてはまた別の機会に話すとして…

    「そうだカガリさん…直接お伝えするのがすっかり遅くなってしまいましたが、学園祭でのライブ、お疲れ様でした」

    本題をひととおり話し終えたあと、リラが口を開く。 実は、ふたりはボクがガーデンに入学したその日に出迎えてくれたドールでもあって、付き合っていなかったらしい当初からイチャついてた。それから少し経ってヤクノジの人格が変わっちゃった(勿論彼を『最も傷つけたくない』と思っているドールが人格コアを飲んだからだけど…これもう相手の名前言う必要ないよね!?)けど、仲が良いのは変わらないし寧ろ糖度が増す一方。その後も同じ空間に居合わせては甘い空間を一方的に見せつけられる事がしばしば♡でも、こうしてちゃんと時間をとって話したのは初めてかもしれない。

    「えへへ~、ど~も!お店寄れなくてごめんねぇ」

    学園祭ではボクらが演ったライブの他に、色んなドールが出店を開いていて、ヤクノジとリラもその関係性にふさわしい甘味を売る屋台をひらいていた。出店でつかえるコインをかなり多く持っていたのに、結局全ての店を回ることができなかった。 …と、学園祭の思い出話に浸るのかと思いきや、

    「楽器の演奏といえば…」

    と、ヤクノジが変わった魔法を披露してくれた。 それは、テーブルを一時間だけピアノに変えてしまう魔法で、カフェの店主さんから教えて貰ったらしい。ボクも彼(?)からひとつ教えてもらったけど、これとはまた違うものだった。あの店主さんは、ドールひとりひとりに違った魔法を教えているのだろうか?

    「ジオ君はよく両手を別々に器用に動かせるよね…今度教えて貰…」

    ジオ……学園祭のライブでなんか腹が立つぐらい上手いピアノを披露した、ボクと同期のクソ眼鏡。その名前が出た瞬間ボクの表情があからさまに不機嫌になったのか、ヤクノジの言葉が途中で止まる。

    「…頑張って練習するから、その時にはお披露目するね!」

    多分、気を遣われた。
    それはそれとして、魔法の実演をするべく頭に浮かんだメロディを奏でようとするヤクノジの演奏はぎこちなく、とてもカッコイイとは言えなかったが、それをリラがうっとりしながら眺めていたのをボクは見逃さなかったので、その後リラとデュオを組む予定はないのかだの、ラブラブなふたりをつつきまわす時間に突入したのは言う間でもない。



    *



    あれからそんな日も経っていないし、練習する時間なんてなかっただろう。結局この日、カフェにピアノの音が響くことはなかった。

    「それにしても、ここがペット禁止じゃなくて良かったよ……草食の小動物だし、落ち着けないと良くないからね」

    話題を別の方向に逸らしたヤクノジに相槌を打ちながら、ふと考えた。
    カフェ…ピアノ…

    「ここでライブしたら気持ちいいんだろうな~!」

    ガーデンにものを取りに行けない以上、大規模な演奏はできないにしろ、ピアノと歌があるならミニライブにはなりそうだし、マイクはなくても屋外に声を響かせるのは楽しいし、小動物たちのためには、あまり大きな音は出さない方がかえって良いのかも。

    「……あー、いいね……寮とか学校とはまた別の雰囲気が出そう」

    魅力的なのはテラス席だけじゃない。ヤクノジが目を向けた、カフェの春エリア側に面した壁はガラス張り。灯りを消せば、星空カフェのできあがり。天然の照明の下でのライブも乙なものだ……ふと、学園祭の時、楽しそうにヴァイオリンを演奏していたアルゴ先生の姿が脳裏を過り、そして……

    『……オレちゃん、ガーデンが大っ嫌いなのです!ガーデンに作られた自分のことも含めて!だからぶっ壊してほしいなのです』

    イオサニから宣戦布告メッセージを受け取ってから真っ先に部屋に怒鳴り込みに行ったときに、アルゴ先生が言っていた言葉を思い出す。 都合が悪くなった存在を問答無用で舞台から退場させようとするガーデンに死ぬほど憤っているのは事実だろう。けれど、ガーデンでの生活が丸々楽しくなかったのだろうか。学園祭もいやいや付き合っていたのだろうか。いやいやの付き合いで、わざわざ生徒たちが借りることのできない楽器を持参して舞台で堂々と披露していたというのだろうか……

    アルゴ先生はこうも言っていた。

    『でもオレちゃん、キミたちのことは好きなのですよ。だから手は抜きたくありませんなのです。本気を、出したいなのです』

    重ならない。 本気を出したいと意気込んでくれた先生と、表情をどこかへ置いてきたように容赦なく攻撃してくるアルゴ先生。ボクらを傷つけたくないから感情を無にしているとも思えない、かったるそうな態度…。 でももし、ボクたちのことが好きなのが本当なら…、周りからの支配に負けず、ボクらが自由に生きることを望んでいるのなら……

    「いいコト思いついた!こんどの流れ星の日、ここでパーティーしない?」

    箱庭には1か月に1日だけ流れ星が観測できる日がある。元々はそうではなかったんだけど…説明すると長いから、以前ガーデンに居た教育実習の先生からのプレゼント、ということにしておいてほしい。

    「パーティー?」

    突然の提案にきょとんとするヤクノジ。最もな反応だ。 パーティーとは本来何かを祝うときにするものだ。戦いに決着がついているかどうかもわからないし、ついたところでお祝いできるような結果になっているかも謎。それなのにそんな浮かれた思いつき、本当にオツムのおめでたい方だァ。と、この場にヤツがいれば間違いなく嫌味が飛んでくるだろう。

    「…パーッと盛り上がらなくていいからさ。楽しいことだって待ってるんだって思えばやる気も上がるし…」

    ぶっちゃけ、パーティーと言えるほど賑やかでなくていい。集まって、カフェのマスター特製のお料理を囲んで、窓いっぱいの青空を通り過ぎる流星群を見て、ちょっと休憩する。それぐらいでいい。

    「…でも、うん、そうだね。こんな状況だし、皆避難しててピリピリしてるかもしれないから……気分が和らぐかも」

    そして、ほんのひとときでもそこに、心からの笑顔が咲いたとしたら…それはただの気休めなの? これは『楽園』って呼んでもいいんじゃないの? 「…アルゴ先生も呼んでさ」 来てくれるかはさておいて。

    「…悪いことばっかじゃないよって、 ”楽園”は自分たちでつくれるんだよって、教えたいよね」
    「……もしかしたら、アルゴ先生の考える最善が今の状況なのかもしれないけど……他の道もないか、一緒に考えたいよね」

    楽しい計画をしているはずなのにふたりして真剣な顔になったのが滑稽だったので、この日にヤクノジくんがピアノを披露するとリラちゃんに教えておくからしっかり練習しておいて、とからかい、彼の困り顔をがっつりと拝んだ。

    たとえ何かのはずみでガーデンのシステムが復旧したとしても、きっと変わらない。
    ガーデンはクソな部分もある。だから皆、抗うことができる。
    目を背けられない現実がある。だから皆、考えることができる。
    悲しい過去がある。だから皆、今を楽しむことができる。
    そして、楽しい思い出を、幾らでも増やすことができる。
    面白くないんならさっさとこんな戦い終わらせて、みんなで星でも見ながらさ
    カップルのドールを冷やかしたり、アザミのレリックぶっ壊して遊んだり、だれかの頭にアホ毛つくってイタズラしたり…くだらないことで笑おうよ。 『だっる』なんて言わないでさ。



    Diary052「もうすぐ星が降るから」
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