12月14日の夜、ボクは、見た目と声が瓜二つのドール、ククツミデュオと一緒に、魔機構獣対策本部を背にして歩いていた。カフェパーティーを知らせる念話を箱庭全体に飛ばしたとき、ふたりの戦友(で、いいのかな?)のリスのような生き物…バンクを貸してくれたお礼に、救護担当として同行したのである。
バンクは食べ物をたくさん食べさせておくと身体に魔力をたくわえ、いざというときにボクらドールに魔力を補給してくれる頼もしい味方だ。念話を広範囲に飛ばすには魔力が沢山必要だから、彼(?)の存在は欠かせない。ボクも戦闘へ行きたかったけど、まだ自身の身体の疲れも抜けきっていなかったし、他に蘇生奇跡を使えるドールを探すのが面倒だったから、今回は回復役としてふたりが帰るのを待っていた。
アザミやシャロンのときみたいにコアは抜かれていなかったものの、案の定ふたりとも胸を切り裂かれた状態で戻ってきたので、ボクの蘇生奇跡、そしてここでもバンクが大活躍した。
「アルゴ先生に言ってみたことは、割と単純なことだよ?……教師と生徒って関係も、悪くないんじゃないかな、ってさ」
拳や魔法だけでなく、ちゃんと言葉でも語り合えたようだ。
「想いは言葉にしなくては伝わらない」を、ふたりは身を挺してやってのけたのだ。 これはもう軽率に『良いいくじなし』なんて呼べないね。
「……アルゴ先生も、これまで私(わたくし)たちと培ってきた関係性が、ちゃんと存在することには気づいているようでした。……そう返事をするアルゴ先生は……とても寂しそうに、見えましたけれどね……」
穏やかな口調のククツミセンパイに続き、丁寧な口調のククツミちゃんがアルゴ先生と話した印象を伝える。 これまでに培ってきた関係性、か。
”オレはずっと友達というかたちにこだわっていましたなのです。それが、憧れの願いだったから……なのです”
“イヌイさんも、友達ではありませんなのですよ”
“でも、友達以外のかたちだって良いんじゃないかって…”
アルゴ先生がくれた、数々の言葉を思い出す。
ドールと友達になろうとして、結局その願いに届かなかったアルゴ先生とボクらの、関係性…。 ふたりはそれを、どんな言葉で表せるかを直接、先生に訊いたらしい。
先生はそれを“自分を倒すことに、ドール達が何かを感じることができる関係”と形容したうえで、もっともっと憎まれるように接するべきだった、誤算だったと付け加えたらしい。 自分に執着せず、その先の未来を見ろ、と。
「ふ~~~~~~~ん」
両腕を組み、難しく考えている風に相槌を打つが、心の中…いや、口元が震えるぐらいには笑いがこみ上げていた。 生徒を大事にする教育実習生に憧れ、生徒と友達になるために切磋琢磨して、あるドールと、ドールライフが左右するほどの約束なんて交わしちゃって。別のドールの…誰からも受け入れられない曲がった価値観を真正面から肯定して。 誤算も誤算。大失敗だねこれは。
……その失敗がどれほどのことを招くか、こうなったらとことん味わってもらうしかない。 またひとつ、心に灯が甦る。
「……それはそれとして、バンクは随分とご機嫌斜めだね?」
そういえば。
さっきからやたらと静かなバンクに目を向ければ、ふとったハムスターと見間違えてしまうぐらい頬をふくらませていた。風船ごっこだろうか。
「バンクさん?そんなにふくれていたら、ほっぺたが取れてしまいますよ?」
構ってもらえなかったのが相当嫌だったのだろうか。目に涙を浮かべている…ん? でもこの泣き方……もしかすると、もう無茶をするなと訴えているのかも知れない。 精一杯の自己主張を詰め込んだほっぺは、ククツミデュオのオモチャにされてるみたいだけど。 ぷすぷすつっつかれるほっぺを眺めていると、ほっこりした。
「次に行くとしたらなにがいいかな、歌いながら殴りながら声かけてみる?」 「ふふ、随分とフルコースですね?」
あんな目に遭ったのにもう次の出撃の相談だ。しびれを切らしたバンクが、見てないでこのふたりをとめてくれと言わんばかりにボクの頬をぺちぺちする。
「あはははは!……次の戦闘が楽しみだよ」
しかし、助けを求めた相手が悪かった。ボクはへらへら笑いながらククツミデュオに同意するだけ。バンクはやれやれ…と物語のオチで使うようなポーズをとったのちに、ぷぃっとそっぽを向いてご機嫌ななめアピール。なだめる役は、飼い主に任せちゃおう。 兎に角完全に体力が戻ったら…いよいよ今度はボクの番。同じ目に遭うかも知れないのに怖くないのかって?だから何?無傷で帰れるなんてハナから思っちゃいないよ。
「……うーん、バンクの機嫌が治るまで私(わたし)たちはお預けかな?……まぁ、生徒が教師を乗り越える方法なんて、いくらでもあるんだからさ。カガリくんも、これからだね?」
バンクにちょっかい出すのに飽きたのか、ククツミセンパイが突然頭をわしゃわしゃしてきた。
「ってあ~~~~~~!!ちょっとぐしゃぐしゃになるんですけど~~~~!!!!!」
ま、まぁ悪い気はしないかな…? わざとらしくぶく~っと頬を膨らませながらククツミセンパイから離れ、ふたりの少し前を歩いて行く。 とにかく、ようやっと…”いつものカガリちゃん”復活ってところ! 次ここへ来るのは、決着をつける時だ。 ―――そして二日後、その日は訪れた。
*
12月15日の朝、カフェにて。
「これで音が鳴るはずだよ」
最近話す機会が多くなった目隠れイケメンドールことヤクノジが、そう言ってテーブルの手前のあたりを軽く指で押す。すると鍵盤もないのに、テーブルはピアノの音色でミの音を歌った。 星空カフェパーティー主催のボクとヤクノジは、この日屋上に立てこもっているアルゴ先生を連れ出し、パーティーに引っ張り込もうと画策していた。話し合いだけで説得できる相手ではないから、多少の戦いは避けられない…。でも、少しでも有意義な時間にするため、ヤクノジにはあることを頼んでいた。
「ほんっとありがとね~ヤクノジくん!出撃前なのに」
……頼んでいる相手は、彼だけじゃないんだけど。
「おやァ?小生にも何か言うことは無いのでェ?」
ヤクノジの魔法のお陰で一時間だけピアノの役割を与えられたテーブルをしげしげと眺めていたクソ眼鏡ことジオが顔を上げ、今日も流暢にボクのテンションを盛り下げる。
「い~でしょどうせヒマしてんだから!」
「早朝に騒音念話で叩き起こされた身にもなってくださァい?」
「いい目覚ましじゃん」
「無視することもできたのにわ ざ わ ざ 出向いて差し上げたというのにィ…」
うんたらかんたら。
「ねえカガリちゃん、喧嘩するためにジオ君を呼んだんじゃないでしょう?」
「あ…」
ゴールの見えない痴話喧嘩にヤクノジがストップをかける。 静かになったところでフム、と口元に添えた片手をそのままテーブルへ。鍵盤を叩くような手つきでテーブルに触れれば、朝日のように爽やかな和音が生まれる。
「へぇ~…鍵盤、見えなくても弾けちゃうものなの?」
たまに隣の音が正しい音に重なることはあれど、手元を見ずにある程度完成された和音、メロディを演奏するジオの指づかいを、ヤクノジはまじまじと見つめる。
「えェ。指が覚えていれば」
なんか腹立つ。
「…さてェ?…ガリさん。最初の音は?」
そう尋ねられ、ボクは頭の中で欲しい音を再生し、それをなぞるようにハミングすると、ジオは一音ずつ鍵盤を鳴らし、長くかからないうちにふたつの音がピタリと重なる。
「果たして何が変わるやら」
ジオはくっくっと喉奥で笑いながら、はじまりの音の続きを柔らかく演奏し、運指を確認する。
「いーの!この方が」
「燃える、でショ。形から入るのがお好きですからねェ貴女はァ。しかし中身が伴…」
「ともないますー!」
「二人とも?」
「びぇ」
「あァ、これは失礼」
とてもこのあと出撃に行くとは思えない緊張感のなさ。でもまぁ、このくらいがいいのかも。
「録音媒体をお忘れなく」
なんだかんだ言って、付き合ってくれるみたいだし。 ジオが指を慣らしている間、ボクはケージ付近に積んである荷物の山から録音に必要なものを取り出し、準備する。 戦闘中に音楽がついてるとやる気が出るって、ある場所で学んだからね。
*
「……さてと。…今日はど~する?」
その日の昼過ぎ。 発声練習を終えたボクは、う~んと伸びをして、魔機構獣対策本部に集まったメンバーたちに問いかける。 その場に居合わせたのは
「やることは変わらない……とはいえ、決め手になるものが欲しいというかなんというか」
ボクと、ヤクノジと…
「……歌うか、戦うか」
先週も一緒に出撃した仮面のド―ルでボクの師匠、ロベルトと
「効果的な作戦みたいな……?」
同期のにんじんおさげメガネちゃんこと、ドロシー。 彼女は先生と戦うことに積極的になれなかったけど、かといってこのまま何もせずにはいられず、勇気を出してかけつけてきてくれたようだ。
「……先生、……先生としてキミたちが乗り越えるべき壁になる、って言ってた。………だから、…みんなで乗り越えたいと思ってるんだ」
”効果的な作戦”かどうかはわからないけれど、今までの戦いや、他のドールから聞いた話…そして、アルゴ先生本人の声を思い出しながら、ボクはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「……壁、か」
「じゃあ…歌うんじゃなくて、戦う……感じ……?」
言葉を噛み締めるロベルトに続き、不安げに訊くドロシーにボクは頷く。残念だけど、向こうの手が緩まない以上、攻撃に対処する姿勢は必要だ。
「何を乗り越えるための壁なのか、は曖昧だけどね。でもまあ、頑張ろうか」 曖昧ならば、壁と思われるすべてを乗り超えてやればいい。 ガーデンという脅威として立ちはだかるなら、打ち砕く。 友を傷つけられた絶望も。楽しみに変える。 そのためにボクはここに来たんだ。
「……まずは、できるだけ長く戦えるようにしたい…」
ドールが出撃する際は、安全のために「強制帰還バッヂ」を装着させられる。どのくらい戦場に長くとどまれるかをある程度設定できるので、時間を最大まであわせて貰う。
「歌ったら先生の気をそらせるから、その隙にチカラの強いコが攻撃する。どうかな」
人型教師AIの機能を停止させる「かごめかごめ」…そんな歌ごときにやられてたまるかと当然アルゴ先生は歌っているドールを執拗に狙う。でも、狙われたときに攻撃を上手くかわし、反撃できるようにしておけば、すばしっこいアルゴ先生の隙をつける。更に、腕っぷしの強いドール以外が歌えば、火力元が狙われづらくなる。
「……歌う役を承る」
ロベルトは今回も、皆の痛みを自分の痛みとして背負ってくれるらしい。それが臆病だと非難したこともあったけれど、今日はその持前の自己犠牲の精神に贅沢に頼らせてもらおう。
「火力なら、僕かな。……アルゴ先生とちゃんと戦いたい気持ちはあるからね」
ヤクノジには守るべき大事なコがいるから元々強いんだろうけど、更に強力な攻撃ができる特別なマスクを戦闘中に装着しているから、言わずもがな、今回のアタック担当は彼。強くなるだけじゃなくてカッコ良さも際立つ装飾品、彼らしいなぁ。
「…私、どうしようかな。力は強くないんだけど……」
「力がなくても、ボクらには使えるものがあるでしょ?」
かつて打撃をうまく当てられなかったとき、「武器は他にもあるはず」と助言してくれた師匠にならい、自分の役割を決めかねているドロシーに提案する。
「魔術か!頑張る…!」
ドロシーはむん、と拳をつくって気合を入れる。 平和を望み、ガーデンの外の世界を見たいと言っていたドロシー。一見温厚そうな彼女も、戦闘になると突然容赦がなくなるのをよく知っているので、ボクは何も心配していなかった。
「……こりゃライブメンバー再結成かな?師匠!」
ロベルトの目の前にパッと右手を出す。彼もひらりと手を挙げてそれに応じる。かつて学園祭のステージでパフォーマンスをしたふたりの手が、パシンと小気味よい音を奏でる。 ボクの役割?そんなのもう決まっている。だからこそ此処に、”音楽”を持ってきたのだ。 対策本部に住んでる(?)えらいひと(?)のアスナロさんから武器を借りたり、ストレッチをしたり、身なりをととのえたり、各々戦闘に向けて備えを万全にする。まるで舞台裏の控室だ。ちょっとわくわくしてきた。 やがて準備が整った4人は互いの顔が見えるよう、円形に並ぶ。
「無茶しちゃダメだよ、カガリちゃんも……皆も」
ロベルト、ドロシーが真剣に、ボクが笑顔で頷く。 片手に持ったお守り…アザミから貰ったぬいぐるみをぎゅっと腕に抱き
「よし!みんな燃えてくぞ~~!!!」
学園祭の開演直前同様、高らかに声をあげる。片手に掲げているのはマイクじゃなくて剣だけど。
「おー!!」
「おー!」
「……応」
――そう。これから始まるのはステージ。
*
昼下がり、真南から見守る太陽のスポットライトが屋上を照らす。
「…さぁ!次で最後の曲です!」
相変わらず空虚な表情のアルゴ先生を他所に、ボクは学園祭のライブのラスト一曲前の喋りを再現しながら、ぬいぐるみを屋上の隅に置く。
「アルゴ先生……そんなに乗り越えろっていうならさ、僕があなたの役目を奪ってあげるよ!」
「……奪ってみせてよ」
ドール達の想いを叩き込む全力ドラマー、ヤクノジ!
「……戦いを終わらせに来た」
「ああ。終わらせよう」
メインボーカルのロベルトと、ボク!
「よ、よろしくお願いします、先生……」
「……手加減なしでいくよ」
可愛い笛のような声だけど実際は笛で頭部を殴打する隠れパーカッショニスト、ドロシー!
「ボクたちの、ボクたちによる
ボクたちをめぐり合わせた…素晴らしい楽園を…もっと素晴らしくするためのの歌」
ぬいぐるみから音楽が流れる。
アイツのピアノが流れる。
この戦いの要となるメロディが
楽園に抗う歌が流れる。
「聴いてください!」
最後の戦いが、本当のフィナーレライブが、今始まった。
Diary056「本当のフィナーレライブ」
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