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ガーデンでの生活を記録したり、報告書をボク用にまとめたり。
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    楽園に咲く花たち

    『さてと…どこから話そうかな…』

    12月2日
    異星からやってきたイオサニの宇宙船前に集結したドール達の視線の先にふよふよと浮かぶ端末には、クラスコード・グリーンで放送委員のドール、シャロンの姿が映っており、そこから彼の気まずそうな声が聞こえてくる。別の場所から通話をしているわけじゃない。彼は、アルゴ先生のひとりめの犠牲者だ。







    ガーデンが壊れた。
    イオサニによってシステムが停止し、ボクらの生活を管理する『センセー』が動かなくなった。 校則も、食べ物の供給も、些細な質問への回答も……全て、空虚な休符へと書き換えられた。
    そして、外部からの力の影響を受けなかった《人型教師AI》のアルゴ先生は…ガーデンを憎み、ぶっ壊して欲しいと願っていたアルゴ先生は……『ガーデンを守る側」となり、自分ごとガーデンを、完璧に、完全に葬れと言った。

    海に身を投げようとする者、機能している他の施設を訪れる者、避難場所を探す者…ドール達は様々な行動を起こした。ボクを含め、何にんかの生徒はアルゴ先生の待つ屋上まで赴いた。中には対策本部で装備を整えずに向かった者もいた。

    アルゴ先生の一撃は大きく、ボクよりも多くの魔法や魔術を習得しているドールが、仮想戦闘や、対策本部付近に設置してある機械から出る、飲むと強くなれるドリンク?で鍛えられていたドールが、ひとり、またひとりとあっけなく倒れて行く。そのうちの殆どは、ボクも使うことのできる『蘇生奇跡』で治療できたけど……遂に、それではどうにもならない犠牲者が出た。それが、シャロンだった。 彼はアルゴ先生との戦いの末、ドールの命ともいえる人格コアを抜かれた。こうなってしまっては、ガーデンの技術でないと修復ができない。アルゴ先生は、思った以上に容赦がなかった。

    その一方で、人型教師AIを止める方法も発見された。制御できないガーデンのチカラがどうにかなるのなら、イオサニにとっても願ったり叶ったりなのだろう。彼は、彼の星?の技術で、かつてガーデンにいた人型教師AI『ノア』の人格を復元した。端末越しに会話できるようになった彼から、その場に居合わせたふたりのドールが話を聞くことができた。
    また、幸い人格コアを壊されるまでには至らなかったシャロンも、イオサニのお陰で端末を通しての会話ができるようになった。端末と人格コアを繋げた?らしいけど……どうやったんだろう。

    ノア先生と話したふたりのドール…見た目と声が瓜二つの、ククツミデュオが、念話と共にその情報をボクらの端末へ飛ばした。 人格教師AIは、「篭目篭目」という、童謡にあたるジャンルの歌を 『同じドールが』『最後まで』聴かせることで、機能を停止して動かなくなる。

    かごめかごめ 
    かごのなかのとりは
    いついつでやる
    よあけのばんに
    つるとかめがすべった
    うしろのしょうめん だあれ

    これを歌っている間、勿論アルゴ先生の攻撃に耐えなければいけない。途中で気を失ってしまった場合は他のドールが最初から歌い直すことになる。 歌により機能を停止したアルゴ先生は、ガーデンの技術でないと目覚めない、とのこと。 前述通り、アルゴ先生の攻撃はとても強力だ。歌って止めたいドール、攻撃をして倒したいドールが同じタイミングで出撃し、それぞれがバラバラに行動をとったのでは、あっという間に死体の山が積みあがる。蘇生奇跡は全てのドールが使えるわけじゃないから、回復が間に合わず全滅してしまっては終わりだ。 だから……頭に叩き込んだメロディをすぐさま試したいという気持ちをぐっと抑え……皆に集まってもらった。

    ククツミちゃん達がやったのと同じように、魔力を分け与えてくれる不思議なイキモノ『バンク』のチカラを借りて、箱庭全体に念話を飛ばし、ドールに招集をかけた。戦い自体に否定的なドールもいたから、全員が集まらないのは仕方がない。それでも、数多くのドールが、宇宙船前に駆けつけてくれた。
    かくして、ドールによる大会議が執り行われた。




    *



    『…と、いう訳だから…』

    説明下手なボクに代わり、シャロンがこれまでに起きたことをドールに話して聞かせた。当然、最初はタブレットシャロンを見て戸惑うドールも多かったけど、そのうちに皆冷静さを取り戻し、黙って彼の話に耳を傾けていた。
    …な~んか、センセーより先生してる。って言ったら、彼は怒るんだろうな。ボクの記憶では、彼はセンセーのことを良く思っていなかったから。

    『従来の魔機構獣戦と違って、常に全滅を覚悟しなくちゃいけない。 戦闘に行けるドールを誰が回復させるかまで、ちゃんと考えておかないとね?』

    ドールが数名、気まずそうに眉を顰める。彼らは好戦的でありながらもなかなか招集に応答しなかったので、対策本部まで様子を見に行ったところ、仲良く胸部を切り開かれたまま約1日ほったらかしになっていた。
    …そういえば、そのうちのひとり、ボクのコーハイのドール、フェンの様子がなんだかおかしかった。彼が宇宙船に来たタイミングで、恐らく最近一緒に行動することが多かったであろう、同じくコーハイのドール、ニチカの所在を尋ねれば、曇った表情で、アイツはいないとだけ返ってくる。当然それだけじゃわからないので詳しい説明を求めれば

    「いねえって言ってんだろ! 今はあのクソ野郎をどうぶちのめすかの話だろうが!」

    怒られた。
    まぁ、フェンは元々ツンケンしているドールではあったけれども、いつもより焦っているような、より憤っているような…ニチカと喧嘩でもしたのだろうか。 とりあえずこれ以上の詮索はやめ、フェンの言う通りあのクソ野郎ことアルゴ先生とどう戦うかの話に移る。

    「勿論、歌いに行くよ。楽園に抗う歌で鼓膜ふっ飛ばしてやる!」

    ボクは立ち上がり、堂々と宣言する。アルゴ先生は攻撃を避けるのも上手い。それなら確実な方法で大人しくさせるしかない。

    「あたしまだあいつに勝ってないんだから…勝ち逃げなんて許さないよ! 
    あいつが舞台を降りるのは今じゃない」

    学園祭で一緒に歌った、ボクと同じオッドアイのドール、リツも立ち上がる。これはセンター争いになりそうだ。

    「アルゴ先生も歌のことは知っているだろうから、歌った子を優先的に攻撃するかもしれない。それを他の3人が庇って耐えきる……が一番良さそうだよね」

    蓬色の服を纏ったククツミセンパイが頷き、他に加勢できるドールが名乗りをあげるかどうか様子をうかがう。

    「……全力で援護する」

    一番早くそれに応じたのは仮面のドール、ロベルト。以前ロベルトの人格が変わった報告書を書いてから、更に彼の口調が変化しているんだけどとりあえず今はあまり気にしないで欲しい。

    「……正面きってまともにやりあえると思えねぇ。どんな手を使ってでもアイツを潰せりゃいい」

    次に声をあげたのはフェン。手っ取り早くカタがつくなら何でもいいみたいだけど。

    「アルゴ先生を倒さずに済むんだ…!歌うのは得意じゃないから、歌ってくれる人を全力で守りたい…!」
    「歌うかはともかく、サポートはしたいよね」

    にんじんおさげのドール、ドロシーと、片目隠れスーツのドール、ヤクノジも続く。ボーカルグループでも組んでボクとリツ、どちらの歌が勝利を掴むか競い合うのも悪くない。

    「難しいかもしれませんが、相手が避けるのであれば……誘い込むまでです。はたまた一撃で大きなダメージを叩き込む……それしかないでしょう」

    その一方で、唱歌には頼らず武力行使でゴリ押そうとしているドールもいた。葡萄色の髪のドール、アザミの言うとおり、扱う武器によっては、相手が攻撃してきた瞬間を狙って強力な反撃を打ち込むことができる。

    「当たるまで撃つ、それだけですよー」

    変身とパンづくりが得意な角のドール、ヒマノは無謀なことを言っているように聞こえるが、とても説得力がある。前日ボクがアルゴ先生に挑んだとき、出撃メンバーに彼がいたのだが、皆の攻撃が悉く回避されてしまう中で、彼の扱う銃だけが見事、アルゴ先生に命中した。マギアレリックとも違うらしいあの銃は、威力もなかなかのもののようだった。

    「蘇生と魔力補給のビスケットなら任せてくださいー」

    ヒマノは付け加える。そうだった。やられてしまった時のことも考えなくちゃいけない。ちなみにビスケットとは、ヒマノが使える、ポケットを叩くとビスケットが出てくる魔法である。ボクらドールは食べなくても死なないけれど、食べたものは全て魔力として変換される。蘇生奇跡は魔力の消耗が激しいし、食糧の供給が止まっている今、ビスケット魔法はかなり重宝する。

    「回復なら力になる」

    当然の如く、そこにロベルトも便乗する。更に

    「使ったことなくても、いいなら…蘇生奇跡もらってるよ」

    今まで戸惑っている様子だった、白基調のドール、なたりしあも遠慮がちに回復役に立候補する。彼女とは以前、こんな風に…いや、あの時は今よりはマシだったか?ガーデンの日常が一時的に奪われたときに一度話したり、箱庭内を探検したことがあった。その時は「ガーデンのことはまだよくわからない」と言っていたが…あれから色々な知識を得ることができただろうか…と、思い出に浸っている暇はない。

    その後も回復役や、それができなくても傷ついたドールを運搬する役として自薦するドールが次々と現れ、ドールたちが一致団結しているかのように見えた。

    「皆さんは」

    宇宙船に到着してから、ずっと沈黙を守っていたイヌイが口を開いた。

    「殺すおつもりですか?あれを」

    「いや、流石にそこまでは…」と焦る声、「一発は殴りたいよね」と意気込む声、「アイツだけはブッ潰す」という殺意の声…異なる音色が重なる。

    「…いやァ、実に愉快ですねェ」

    静観……あるいは観察?を貫いていたぐるぐるクソ眼鏡ことジオが、わざとらしく称賛(笑)の拍手を送りながら立ち上がる。

    「血気盛んなドール達が揃いも揃って、魔機構獣の討伐か何かとカン違いされているようでェ…」
    「ど~いうイミさ!」

    いつも通り、こちらのやることなすことに茶々を入れに来ましたと言わんばかりの口ぶりにボクはすかさず反論する。

    「機能を停止すると話すこともできないわけですがァ……それでよろしいんですね?」
    「ガーデンの技術が戻れば起きるんでしょ?話ならその時に」
    「ほゥ?必ず復旧すると言いきれますかァ?」

    ジオに切り返したリツに加勢したいところだったけど、こればかりはジオの言う通りだった。アルゴ先生が動かなくなれば、いよいよガーデンを守る盾がいなくなる。そうなればイオサニは何をする?ガーデンの支配者になるのか?…いや、彼はそうは言っていなかった。彼は……

    ”……僕の目的は他にある。創造主に復讐することだ”
    ”ガーデンを壊すのは情報収集のためでもある”

    本人の口からそう聞いた。アルゴ先生が倒れたら、イオサニは次の段階へと進む。ガーデンがどうなろうと知ったことじゃない。

    「そもそも、この戦いは勝ち負けなんでしょうかねェ……あれの真意を暴こうとは思わないと?」
    「ボクらが乗り越えるべき壁になるって、先生はそう言ったんだ」

    それが真意だと思った。
    ……思った……、
    ……思っただけ、だったのだろうか。
    言い返す声に、うまく力が入らない。

    「その……」

    別のドールが話し始める。先程発言したククツミセンパイ…ではない方。ククツミちゃんだ。

    「ただ戦って勝つ、ただ歌って眠らせる、というだけでは……あまりよろしくないのでは、と……」

    そりゃ、ボクだって敵対したくてしたわけじゃない、と喉まで出かけた言葉を噛み締める。 多分ククツミちゃんは、単に平和的解決を望んでこう言ったわけじゃない。 融通がきかないから無理やり黙らせる、という方法がいかに身勝手かを、誰よりも理解していたから…

    「……思っていることは、言葉にしなければ伝わりません」
    「言いたいことはわかるよ。けど話なんてできる雰囲気じゃなかったと思うね」

    だから最終的に倒されて、対策本部に投げ出されて虚無の時間を過ごした、と言わんばかりに顔をしかめるリツに、ククツミちゃんは更に続ける。

    「それが相手に拒絶されて、否定されたとしても。歌うにしろ、戦うにしろ……想いを伝えることは、忘れてはいけないと思います……」
    「でも……それで攻撃の手を緩めちゃったら、あっという間に殺されちゃうんだよ?」

    ククツミちゃんの言おうとしていることは間違っていないけれど、呼びかけても面倒くさそうに返答し、そのままの表情でめった刺しにしてくる彼が、耳を傾けてくれるはずがない。今の状況では手に負えないことを正直に伝える。

    「それは……そうかもしれませんが……」
    「本当に、話が通じないと思っているのであればァ……それまで、でしょうがねェ?」

    しょんぼりと眉を下げながらそれ以上言葉を紡げずにいるククツミちゃんに代わり、再びジオが話し始める。

    「まァ、小生はアレに対してさほど伝えたいこともないのでなんでも構いませんしィ…?
    “対話できないから挙動を止めてしまおう”という考え方も、オツムが単純な貴女に似合いなのではァ…?」

    体の熱が頭に集中し沸騰するのを感じる。彼の言動に腹が立った。正確に言えば、彼の言動が痛いところを真っ直ぐ突いてきたので、否定できない自分に腹が立った。
    "アルゴ先生が耳を傾けてくれるはずがない"…………本当は、自信がないんだ。耳を傾けてくれるような、気の利いた言葉を……ジオの得意とする、自分じゃない誰かの感情を動かすような言葉を……まだまだ単純なオツムのボクが、かけられるだろうか。

    「ジオなら………どうするの」
    「……何かを伝えたいのであればァ、語りかけ続ける他ないのではァ?お得意でショ、皆さん」

    どんな言葉をかけるかを問いたかったけれど、返答はこうだった。……でもこれでよかったと思う。彼の言った通りの文言をアルゴ先生にぶつけたところで、それはボクの言葉ではないのだから。

    「こうして相対することになったのもー、あるごせんせーのやりたいことであり願いの一つだと思うのですー。だからこそ、全力で立ち向かって、その上で自分のやりたいことを通すのが礼儀ではありませんかー?」

    見かねたヒマノが中立に入った。

    「こういう時に刻印呪詛とか傀儡呪詛使えそう?まあ出来る時に出来ることをね」

    ヤクノジも、戦うにしろ、ただ相手を傷つけるだけが全てではないことを説く。『呪詛』とは、『奇跡』の対局に位置するようなチカラで、ボクも最近やっとひとつ使えるようになったけど、奇跡に比べてあまり詳しくない。今度誰かに詳しく教えて貰おうかな。

    ところで、慎重なククツミちゃんをよそに、

    「……それはそれとしてアルゴ先生を1発殴りたい気持ちはあるよ?」

    とククツミセンパイがボソッと呟いたのが耳に入った時は、申し訳ないけどちょっと笑っちゃった。二人三脚したときは息があいすぎて転んじゃうほどのふたりなのに、合わない時は合わないんだなぁ。

    そんなこんなで話し合いは続き、ひとまず問答無用で完全に潰しに行くのは最終手段となった。向こうから一方的に襲撃してくる気配はなさそうだし、各自試したいこと、伝えたいことを携えてアルゴ先生の待つ屋上へ行き、悔いのないように行動する……全員が全員それで納得しているようには見えなかったけど、そんな感じに意見が纏まる。

    『くれぐれも、対策本部でバッチや装備を整えてから行くのを忘れないようにね』

    それをやらずに屋上へ向かったドールを帰還させるため、自分のバッヂを託したシャロンはそのあと………という背景もあり、会議の〆に放たれたこの一言は、頭上から下向きに浮遊魔法をかけられるぐらい重かった。 とはいえ、コアを抜いたのはアルゴ先生の気まぐれもあってだろうし、対策せずに向かったドールを責めるつもりはなかった。ま、そのコには他のことで一回怒ったんだけどね。

    それから皆散り散りになり、それぞれ思い思いの行動をとった。…今までガーデンでドール達と接してきた誰かが突然いなくなったり、倒さなくてはいけない相手になったりした事が積み重なってきたせいか、会議では熱意や闘志を前面に出していたドールの中にも、いざ出撃となると踏み出せないコたちも多かったようだ。…兎に角動けるコたちで、動くしかない。

    ボクは……言いたいことが上手くまとまらなかったので、少しでも戦いに役立つ情報を収集する側に回ってみるか、と考えつつ、出撃の機会を伺いつつ、戦いを挑む以外の方法でも、彼の心に響く何かを生み出せないかを、カフェでとあるドールと話しているうちにひらめいた。 たとえガーデンが復旧しなくても、楽園はきっと立て直せる。 そう思っていた矢先……あの会議から5日後に更なる悲劇が起きようとは、このときのボクはまだ、知る由もなかった。



    Diary053「楽園に咲く花たち」
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