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ガーデンでの生活を記録したり、報告書をボク用にまとめたり。
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    抗う歌(前編)

    終わらせよう こんなくだらない戦いは。
    終わらせないで こんなくだらない我儘で






    真南の太陽があたたかい空気で満たされた青空とは似つかわしくない緊迫感がここ、ガーデンの屋上に漂う。
    戦いの火蓋が切って落とされ、ヤクノジが素早く剣を振り、アルゴ先生を斬りつける。これまで通り空振りに終わるかと思いきや、刃は見事に先生の腕を斬りつけた。 その場にいたドールが動揺した。まぐれで当たったのではない。

    (避けなかった…?)

    目を丸くしたヤクノジの顔には、こう書いてあったように思える。 続いてドロシーが樹氷魔術でつくりだした丸太状の氷も、その重みや、彼女があまり場慣れしていないせいか動きが遅めだったにも関わらず、かわすそぶりさえ見せずもろに喰らう。無抵抗のままやられっぱなしのつもりなら怒鳴ってやろうかと思ったが流石にそうではないらしく、蘇生奇跡で自身の傷を癒し、お返しだとばかりに同じ魔術で同じ武器をつくり出す。
    他のドールを庇おうと注意を払っていたロベルトを樽に閉じ込めると、

    ざくり。
    ざくり。
    ざくり。

    幾度も幾度も、氷の切っ先が樽の中に、そして中の者に突き刺さる音に、ボクとヤクノジは息を呑み、ドロシーは震えあがる。

    「むぅ…」

    樽から解放されたほんの一瞬の隙をついて、アルゴに反撃を加えたロベルトは、姿が見えなくなる前よりも身体が紅で覆われていた。

    「ひ、ひどいケガ……」
    「……気にするな。攻撃を続けてくれ」

    駆け寄るドロシーにロベルトは首を振り、アルゴとの戦いに集中するよう促す。ドロシーは魔法や魔術を使えるバッヂを装備しているけれど、クラスの魔法や魔術以外使用できないため、ロベルトを治療することは叶わない。彼の言う通り、魔力は攻撃に充てるしかない。

    ボクは息を吸い込み、高らかに歌った。

    「かごめかごめ」

    人型教師AIを機能停止させられる歌…かごめかごめ。 但し、歌いはじめたドールが、そのまま最後まで歌い続ければ、だが。 そして今日、ボクらの声で、この歌が最後まで歌われることは絶対にない。

    「かごめかごめ」

    ボクに続いてロベルトも声を重ねる。アルゴ先生の気を引いているうちに、ヤクノジとドロシーに攻撃をして貰う。彼らは優しいから、アルゴ先生を殺すようなマネはしないだろう。眠らせるために歌うのではなく、勝つために歌うのだ。フィナーレライブの最後の曲は会場と演者の息が最も合う瞬間だろう。でもそれが終わってしまっては、つまらない。 この形勢を崩されないように注意しながら、アルゴ先生を疲れさせることさえできれば…!!

    「かごめかごめ」

    と、歌声が更にもう一つ混ざった。ボクはその歌声をよく知っている。

    「先生も歌うの…??」

    ドロシーが戸惑いながら声の主を見る。
    …そう。アルゴ先生が歌っている。先生はこの歌の意味を理解しているはず。理解したうえで、一緒に歌っている。 …そのままロベルトに迫り、何かした。ロベルトはまるで力がふっと抜けたようにその場に崩れる。彼の持っている武器が、持ち主を守るように先生に反撃はしたものの、ロベルト自身はもう立ち上がることができない。

    「どういうこと……」

    ヤクノジの戸惑う声。 …動じてはいけない。

    「すまない、カガリ……」

    ロベルトが意識を失う前に漏らした力のない声。
    …動じてはいけない。 まだ、ステージは続いている。

    「かごのなかのとりは」

    ボクは歌い続ける。ヤクノジの一撃がアルゴ先生の歌を中断させる。更にドロシーも畳みかける。

    「かごめかごめ」

    先生はもう一度はじめから輪唱し、次のターゲットに歩み寄り、手を伸ばす。
    ……ボクだ。 喉を掻き切りでもするのだろうか。 歌がブレないように、4拍子のステップで上手く移動しようとする。首の後ろあたりに一瞬手が触れたようだが、痛みは感じなかったので上手く回避できたのだろう。くるりと振り向くと、ドロシーの顔がなぜか青ざめていた。理由は聞かずとも、彼女が勝手に喋ってくれた。

    「なんて呪詛を…これじゃあ、もう皆歌うしかないんじゃ……」

    呪詛。
    …ああ、そういうことか。
    回避なんてちっともできてなかったんだ。

    以前の戦闘で他のドールが喰らっていたのを見ていたし、情報交換ノートでもしっかり予習したからすぐに察しがついた。 首の後ろあたりについているんだろうな。先生が受けた攻撃を全てボクが肩代わりしてしまう、刻印呪詛が。
    呪詛はボクが気絶するまで消えることはない。 戦っていたふたりの手がピタリと止まる。優しいから。

    「僕らも囚われているのかもしれないけど。アルゴ先生が誰よりも囚われてるんだ」

    そこまでして終わらせたいのか。 同じことを望んだドールには、しなかったくせに。



    *



    あるドールがいた。
    そのコは、両目を隠しているように見える。
    そのコは、自分の考えを隠しているように見えた。
    そのコは、自分に失望してある日壺の中へ隠れてしまった。
    そのコもまた、アルゴ先生と同様、嫌いなものを壊したがっていた。

    そのコは……イヌイ。

    「なんで邪魔したの!?」

    ガーデンの機能が停止した日、ボクを含め何人かで最初の出撃に行ったが、戦闘中、装備を全く整えていないイヌイが、アルゴを庇うようにして割り込んできた。多分それがなくたってアルゴ先生に圧倒され、ボクらは負けていただろうけれど…まぁムカついたので、蘇生奇跡で話が聞ける状態まで回復させるやいなや、怒鳴り散らした。

    「黙ってちゃわかんないだろ!!」

    仮にも数秒前まで重症患者だった者への扱いとは思えないほど、乱暴に肩をゆすりながら問いただす。 一緒に出撃し、救護にあたったロベルトに止められるかと思ったが、彼は一歩引いたところから様子をうかがっていた。

    「…………なんの……ために……」
    「……は?」

    ボクの怒号などまるで聞いていないように、イヌイは独りごちる。

    「……ふふ、ふふふ……」

    次に何が出るかと思えば、笑い声。 頭にカッと血が上り、そして…スーッと引いていく。わけわかんなすぎて、怒る気も失せてきた。 とはいえ完全に消え失せたわけではないイライラをイヌイの両頬を引っ張ることで発散させながら

    「こっちは真面目に聞いてるんですけど~~~~~~」

    と、ややわざとらしくしかめっ面をする。
    「……殺してくれへんのやって、あたくしのこと。ふふふふ」
    「………………なにそれ」

    やっと喋る気になったらしいので頬から手を離せば……とんでもない言葉が飛び出る。

    「約束、したんにねぇ。嫌やってねえ」

    殺りたがりのドールならいつも鏡で見てるけど……逆に会ったのは初めてだ。 ロベルトなんて、守る対象がこんなことを言い出すから混乱しちゃってる。

    “……嫌いやから、壊してほしい、ね。えぇ、わかりますえ。そやさかい頼んだのやし”

    先月、ガーデンへの復讐者、イオサニからの宣戦布告を受け、イヌイとアルゴ先生の元へ行った日、確かにイヌイは、嫌いな何かを壊してほしいと先生に頼んでいた。

    “どないしても別かまへんけども……それまでには、よろしゅうね。教師さん”

    その約束は、戦いが本格的に始まる前に、果たされるはずだったらしい。

    「………嫌いなドールを……殺してくれって………頼んだんだ?」
    「そのために、そのために行ったンに……ねえ」

    信じたくない、聞き間違いだと願わんばかりに「誰、を…」と呟くロベルトを他所に、ボクは更に尋ねる。

    「どうして、そのドールが嫌いなの? ボクが知ってる限り、そのコは嫌われるほど酷いヤツじゃなかったはずだけど」
    「……何の役にも立たんさかい……さっきも見たやろ」

    まぁ戦闘中の横入りは100%邪魔だったけど。

    「……何故、そんなことが、言える?」

    まだ冷静さを取り戻せていない様子のロベルトが、頭の中に散らかった言葉をひとつずつ組み立てる。

    「役に立とうとしたのだろう!そのために努力してきたのだろう!」
    「結果、何もできんどころか迷惑しかかけんかったら、どないです?」
    「迷惑しか、だと?どれだけの人形が! 其方に助けられたと思うておる!」

    ロベルトの声がみるみる大きく、息もぜいぜいと荒いものに転調していく。

    「某が! どれほど其方に助けられたと思うておる!」

    彼の言う通り。温厚な彼がここまで感情的になるほど

    「………イヌイちゃんさぁ、ニブすぎじゃね?」

    イヌイは確かにドールの役に立っていた。具体的にどのようにと聞かれればボクが説明できないことだらけだけど、二か月ほど前、イヌイが壺型のマギアレリックの中に閉じこもってしまった時、彼を助けに10名のドールが、壺の中を大冒険した。籠って出てこないドールなんて他にもいるのに、生きて帰って来れるかもわからないその場所にわざわざ足を踏み入れてまで助けようとしたドールがなんにんもいる時点で気づいて欲しいんだけど。「役に立つ」の基準値高すぎじゃね? そう思ったら……なんだか等身大の「イヌイちゃん」が見えてきた気がして……ボクはうっかりそれまでの呼び方を捨ててしまった。
    確かにガーデンにはお人形好しなドールがいる。でも皆が皆そうじゃない。そう伝えたら

    「…………それがわからんのよ、あたくしには……」

    うそでしょ!?
    とりあえずボクが最近誰のお陰で他クラスの魔法が使えるようになったかをしっかりと認めさせ、先生もそのあたりに気づいて欲しくて殺せなかったんじゃないの?と伝えておいた。そうじゃなければ、或いは……

    その後、イヌイは戦いが終わるまで屋上を出禁になったっぽい。そういえばここ数日見かけないけど、何してるんだろ。 そもそもそんなに消えたいんなら校則10コ破ればいいのに。わざわざ誰かに頼むなんて虫が良すぎるよまったく…

    ……自分が嫌いなものを他のコに壊させるなんて、ホンット、虫が良すぎる。



    *



    思い出話はこのくらいにして、場面を戦いに戻す。

    「アルゴ先生…」

    ヤクノジ、ドロシーがどうして良いかわからず、自信がなさそうに『かごめかごめ』を歌う。 ああもう!演者がローテンションでどーすんだよ!!

    「ヤクノジくん!ドロシーちゃん!!いいから!!ボクが倒れれば呪詛が解けるんだ!!早く攻撃して!!このままだと、先生が……!!!」

    先生の歌だって、勿論先生の耳に、身体に、命に、聴こえることだろう。そうなれば……

    「え!?…やっぱり先生が歌い終わると、マズいの…!?」

    そこまでは聞いていないけれど、ただの挑発で歌っているとは思えない。 本当は言いたいことも知りたいことも山ほどあった。でも…そんなことも言ってられない。 歌が最後の歌詞…
    「うしろの正面だぁれ」まで達してしまえば、アルゴ先生は最悪、二度と目覚めなくなってしまう……
    手も足も出せない状態になってしまったドールを気にも留めず、アルゴ先生は傍を飛ぶ単眼のツバメのようなイキモノとなにやら遊びながら

    「かごのなかのとりは」

    表情のない声で歌う。

    「それはボクらの歌だ!!」

    自分が傷つくこともお構いなしに、ボクは咄嗟に先生の懐目掛けて薙ぎ払うように剣を振る。やはり効いていないようだ。その傷と痛みがボクを襲うかと思えば、何も起きない。代わりにブチャリと何か液体のようなものが吹き飛ぶ音がした。先程まで単眼のイキモノが居たあたりの場所に、黒い液体の残骸のようなものが飛び散っていた。

    「…?」

    刻印呪詛を消す方法はもうひとつある。同じ術者が他の者に刻印をつけると、直前につけた一方は消えてしまう。つまり何が起きたのかというと、先生が先程のイキモノ……の説明までするのは面倒なので『ここにいないドールが偵察の為放ったヤツ』としておいて……そいつにボクの刻印を”移した”のだ。ボク以外のふたりはそのことに気づいたようで、再び先生に打ち掛かる。

    「色々、出鱈目というか……全部出来ちゃうんだね」

    「何でもアリ、なんですね……」

    ヤクノジとドロシーの言葉で、ボクはワンテンポ遅れて何が起きたのかを察する。

    「なんで…?」

    勿論これはラッキーと捉えるべきなんだけど、どうして先生がわざわざ攻撃のチャンスをくれたのかわからなかった。……あくまで戦いに終止符を打つのは、ドールの手で、がいいの?

    「かごめかごめ」

    再び先生が歌い始める。 キミたちがやらないのなら、オレが勝手に退場するよ、と吐き捨てるように。

    「…続けるよ!」

    ボクは歌で再び先生の注意を引き、ヤクノジとドロシーに攻撃を任せる。まだ倒れない。

    「かごのなかのとりは」
    「あ、あれ…??歌が続いてる…??」

    どんなに先生の体が傷ついても、彼の歌が途切れることはない。もうドール達を攻撃することもなく、ステージだけが、続いている。

    「それは……諦め?それとも、認めてくれたってこと?」
    「そんなの…ずるいよ!!」

    だったら消えずにしっかりと負けを認めろ。
    ドール達の意志を、夢を、そして自分の失敗を全部その目で見届けろ。
    勝手に敵になって勝手に消えるなんて、演劇の台本にする気も起きないつまんない展開を誰が許すっていうの?

    「いついつでやる」

    演目はとまらない。口に突っ込むチュロスブレードでも持ってくるんだった。この舞台の緞帳が降りてしまったら…ボクらの表情に少しずつ焦りが混ざる。

    止まって。 でも、壊れないで。
    これも身勝手な我儘にすぎない。
    だったら、どっちの我儘が最後に勝つのか、ぶつかり合うしかない。
    傷の回復を放棄し、全てを諦めたように歌い続けるアルゴ先生に呼びかけるように、ボクらは攻撃の手を緩めない。
    ボク、ヤクノジに続き、ドロシーがまっすぐに先生の脇腹を剣で突こうとするが、震える手に力が入らず、ほぼ峰打ちのようなひと突きに。

    しかし、それまでに疲れも痛みも蓄積されていたためか、それがアルゴ先生の体勢を崩す一手となった。
    歌は止み、次の瞬間、先生は大きく膝をついた。

    「せ、先生……痛かった、ですか……?」

    先生はまだ意識を保ったまま、肩で息をしている。脅威がなくなったとは言い切れないので、生徒たちは警戒しながら様子をうかがう。

    「トドメをさしてほしい……」

    先生の口から力のない声が漏れ出た。

    「…!せ、先生…!」

    戦闘では容赦のないドロシーも、不必要な殺生を淡々とこなすほど冷酷にはなりきれず、目を大きく見開く。

    「ここまで生徒を振り回しておいて、それはないんじゃない?」

    きっと、ヤクノジはもっと怒りたかっただろう。いや、ここで怒鳴っても多分誰も文句は言わなかった。それでも彼は苦笑いするにとどまった。

    少し冷たい風が、ボクらの間をスーッと通り過ぎた。



    つづく
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