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ガーデンでの生活を記録したり、報告書をボク用にまとめたり。
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    七転び八起き

    ガーデンがぶっ壊れて、人型教師AIのアルゴ先生がボクらの敵になって、0期生の生徒がひとり犠牲になって、皆でこれからのことを話し合って…それからどうなったかって? そりゃもう色々あったよ。だから纏めるのが大変! 日記を自動的に書いてくれる魔法なんてないし、ちょっとずつ整理していこうかな。







    ドール達による大会議が行われてからちょうど6日後… 情報収集の為の二度目の出撃を終え、同行したメンバーと一緒に身体を休めながら、次に出撃した部隊の帰還をぼんやりと待っていると、ベッドに二体のドールが叩きつけられた。
    二本の角を持つクラスコード・グリーンのドール、ヒマノと、葡萄色の髪で右目を隠した、クラスコード・ブルーのドール、アザミ。ふたりとも胸のあたりを見事に切り開かれている。
    そして

    「アザミ!!!!」

    ヒマノの体内についているものが、アザミには無い。


    やられた。


    ドールの命ともいえる人格コアが抜かれている。ヒマノの方は、蘇生奇跡で傷を塞げば何とかなりそうだが、ガーデンが死んでいる今、アザミのこの状態を完全に復元させる術は無い。 考える間もなく 足が、倒すべき勇者のもとへ駆け出し 両腕が、唯一無二の親友のぐったりした身体を抱きかかえる。

    身体の機能はともかく、意識を戻す方法ならひとつだけある。それは箱庭の外から、ガーデンやボクらの創造主に復讐に来た、イオサニの技術に頼ること。彼はドール達には恨みはない。以前コアを抜かれたシャロンも、イオサニがうまいことやってくれたお陰で端末を通して意思の疎通ができるよようになっている……
    …けれどもし、たまたま成功しただけだったとしたら?適正の有無があったとしたら? 端末への接続は成功しても意識が戻らなかったら? 宇宙船に向かう道中も、アザミが起きるのを待つ間も、珍しく悪い考えばかりが頭を過る。イオサニからの『数時間で会話が可能になる』という言葉さえ、不安を完全にかき消してはくれなかった。
    気を紛らわすように、情報交換ノートにその日の戦闘でわかったことを纏める。 人型教師AIを鎮めることのできる歌「かごめかごめ」を歌って聴かせると一体どうなるのか。


    何の役に立つかもわからないけど、できるだけ時間をかけて、丁寧に書き込んだ。

    「……ん?」

    ノートに書くネタもなくなり、気晴らしにカフェにでも向かおうかと重い腰を上げたその時、待ち望んでいた声がようやっと耳を優しく撫でた。

    「あっ、これ……!」
    「アザミッ!」

    タブレットの中でアザミが目覚めたようで、不慣れな「あたらしい身体」をどうしたものかと戸惑っている…のはお構いなしに、ボクは両手でアザミ入りタブレットを引っ掴む。

    「このバカ!!…いつまで寝てるんだよ……」

    滲む涙を隠す余裕なんてあるわけがなかった。 “殺すの…だけは!!!” 対策本部で出撃の準備をするアザミとすれ違ったとき言ったこと。

    “…………殺すのだけは、絶対、違うからね。”

    どんな言葉をかけても抜け殻のような返答しかせずに、歌を歌っても、卑怯者と怒るでもなく、悲しむでもなく…淡々と攻撃をし続けるアルゴ先生はやっぱり何か変。だからどうにかして真相を探りたい……その願いが、アザミに呪いをかけてしまったのかも知れない。 ずっと引きずっていた気持ちを彼女に打ち明けたところ、アザミはこれを否定した。全力をもってしても、彼に敵わなかっただけだと。文字通り手も足も出なかったのだと。

    「でも、どうしてあなたは『殺しちゃダメ』って言ったんですか? やっぱり、彼がライブメンバーだったから?」
    「…我儘だよ」

    とはいえ、今のところ何の真相にも手が届いていない自分の意見に自信が持てず、アザミの問いには手短な返答しかできなかった。

    「……そんな顔をしないでください。あなたはあなたの正しいと思ったことをやればいい」

    なにが正しいかなんて、とっくにぐちゃぐちゃになってる。
    決められないのなら、その全てを楽しもうと決めたのに。

    「カガリさん。あとは任せましたよ」
    「……うん!」

    全幅の信頼を感じる一言を託してくれた親友に、ボクは…笑顔をつくってしまった。

    どうしたらいいんだろう
    どうしたいんだろう

    近頃、何度その悩みにぶち当たっただろう。 一歩踏み出したボクを嘲笑うように立ちふさがる行き止まり。通せんぼするなら最初から見えてろっつうの。

    「どんなラクガキしちゃおっかな? どんなのがいいと思う?」
    「そうですね〜やっぱりかっこいい感じのがいい……じゃなくて! やらないという選択肢はないんですか!?」
    「ない!」
    「そっか〜それなら仕方ない……ワケありますか!! 私は逃げ……クソッ! 振り解けない……!」
    「手も足も出ないねぇ? 板だから!!」

    精一杯、日常を演じる。そうでもしなければ、また、泣いてしまうから。
    おかしいな。ずーっと前に、身近に感じるようになったドールが廃棄処分になったときは、もっと早くに切り替えられたのに。



    *



    飽きたことにして、適当な理由をつけて宇宙船を後にし向かった先は、ルームメイトのうさちゃんの故郷でもあるワンズの森。センセーが動いていないから、申請もできなければ勝手に入っても罰則がつかない。宇宙船から森まではかなり距離があるけど、今は好都合だ。さっさとヘトヘトになってしまいたかった。難しいことを何も考えられないように。

    森の奥深くにそびえ立つ、壊れた像の前で崩れ落ちた頃には、木々の葉の隙間から朝日が顔を覗かせていた。 鳥のさえずりが聞こえる。土のベッドも思ったより不快な堅さではない… 
    本好きのドールにすすめられて読んだ本では、大事なひとを殺された主人公が「カタキをとってやる」と涙ながらに復讐を宣言した。
    アルゴ先生は、尊敬していたひとを排除したガーデンを壊したいと言った。

    ボクは……?
    親友をひどい目に遭わせたガーデンの駒を、ひとおもいにぶっ壊したいか……そうすればこれ以上誰かに被害が及ぶこともないけれど…得られるものは多分後悔だろう。 アザミのむごたらしい姿は確かに衝撃的で、未だ目に焼き付いたままだ。でも、その恨みを他の誰かにぶつけたところで、果たして楽しいのだろうか。

    元々アルゴ先生を心の底から大嫌いで、
    いつか一泡吹かせてやりたいと思っていたならもう少し燃えたかな?
    いっそ友達なんていなければ……こんなにどっちつかずで悩む必要も……

    … ダメだ。絶対にいらないことを考えている。

    “あなたはあなたの正しいと思ったことをやればいい”

    親友の言葉を武器として扱うには、今のボクの両腕はあまりにも弱すぎた。
    耐えられなくなって、ボクは思い切り泣き叫んだ。 驚いた動物たちがカサカサ、バタバタと逃げる音なんて気にも留めずに。 ガーデンの皆にさえ聞こえなければそれでいい。

    「もうぜんっぜんわかんない!!!!」

    まるで迷子になった幼い子供のようにギャンギャン泣き叫んでも、森が吸収してくれる。あれほど苦手だった静寂から、安らぎさえ感じる。こんな声、誰にも聞こえなくていい。みっともない。 涙と土埃でぐしょぐしょになったボクの顔も、顔のない像には見えているはずがない。 だから演者の気が済むまで、情けない、騒がしい、少し塩辛い歌が続いた。



    *



    その後数日間は、カフェやその周辺で過ごした。一度戦闘に出たうえに徹夜までキメちゃったから、心も身体も絶不調だったから。こんなときはもふもふと戯れながら、お気に入りのネグリジェで一日過ごすに限る。
    他のペットたちと一緒にテラス席におうちごと避難している、ルームメイトのバニラが、首を自分の身体に沈めおまんじゅうになってみせる。彼女なりの変装魔法を披露されたボクのは自然に口角が上がる。 こうしてると、色んなことがバカバカしくなってくる。もういっそここに引きこもっちゃおうか、なんて考えが一瞬でも浮かんでしまった事にも嫌気がさす。

    「大丈夫?カガリちゃん」

    12月13日の夕方頃…
    どんよりと心に立ち込める黒い雲から気を逸らしてくれたのは、同じくカフェにペットを避難させているヤクノジだ。彼も先日ボクと出撃していたので、その時の疲れが抜けたかどうかを気にしてくれているのか、単に物凄く機嫌が悪そうだったのか… 「なにが?」 きょとん、として見せるが、ヤクノジは納得がいっていないようで、眉が少し下がったまま苦笑いしている。

    「…あんな事があった後だし…無理しちゃ駄目だよ?」
    「してないって~!この通り今日のカガリちゃんお休みスタイルだよ?」
    「それなら良いけど…パーティーの事も」
    「ぱーてぃー……あっ」

    完璧に忘れてた。アルゴ先生とアザミの馬鹿。
    ”あんなこと”の前の話だ。ヤクノジと、流れ星の夜にパーティーの開催を計画したのは。 慌ただしい毎日で就かれてる皆にすっきりして貰おうって アルゴ先生に、こんな不便な状況下でもボクらは明るく輝けるんだって あんなに意気込んでたのに。 なんだか腹が立ってきたな。自分で言いだした、こんなに楽しいことが頭からすっぽ抜けてたなんて。 しょぼくれたって、泣いたって、何も解決しないのに。何も前進しないのに。

    「わ、明後日じゃん!!」
    「そうなんだよね…でも、状況が状況だし」
    「やる!!!」

    ここで音を上げたら、何もかも投げ出してしまったら
    ひょっとしたら、第三の犠牲者が出てしまう。
    ひょっとしたら、誰かが先生にトドメを刺してしまう。

    “あなたはあなたの正しいと思ったことをやればいい”

    ボクが選んだのは何だった?
    ボクの正しさは、我儘は
    ボクが”燃える”理由は―――

    「いーじゃん!食べられないアザミとしゃろしゃろの目の前でぇ~ “ほぉ~らてんちょ~特製サンドイッチだよ~、おいしいよ~!”ってやりたいもん!絶対楽しいじゃん!」

    ――楽しいからだ。

    「……そういうところ、カガリちゃんらしいよね」

    ヤクノジがそう言って口元に笑みを浮かべる前に「わぁ…」とほんの一瞬、ドン引きを精一杯ミルクティーで濁したような声が漏れたのを聞き逃さなかった。

    「そうと決まればお知らせ出さなきゃ!ほら、行くよ~~~!!」
    「えっあっちょっと待、…すぐ追いかけるから!」

    返事も待たずに着替えを持ってカフェを飛び出すボクの背中に、どうやらまだペットのお世話の途中だったらしいヤクノジの声が微かに響いた。

    アルゴ先生は「キミたちの壁になる」と言っていた。どうしようもない絶望も、答えの出ない葛藤も、これはきっと全て『壁』なのだ。アルゴ先生がそれを乗り越えろと言うなら、それができる強さを示さないといけない。
    戦闘の得手不得手はある。けれど…ボクらドールは…少なくとも今このクソみたいな状況下で、それぞれ前向きに行動しているドールは…決して弱くないってことを思い知らせてやる。

    12月13日 20時頃…
    箱庭全体に…勿論ガーデンにも、アルゴ先生にも届くように念話が響き渡る。

    「ぴんぽんぱ~ん!とびきり明るいお知らせ!
    12月15日の夜、カフェでパーティーしまぁす!
    あのね、てんちょ~がタダでお料理つくってくれるって!
    いろんなことがあったからこそ、流れ星見ながらパーッと息抜きしよ!
    はい!副主催のヤクノジくんからもひとこと~!」
    「え?ふ、ふく……? …えーっと…
    皆もさ、ちょっと考える事が多かったでしょ?
    だから、少しでものんびりしようよって……ね」
    「あっヤクノジくんが超絶かっこいいピアノ弾いてくれるそうで~~す!」
    「えっ、ま……まだ上手く弾けないよカガリちゃん!」

    決戦の日は、近い。
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