「なるほど。ガーデンの敵とみなされる……ですか。でも不思議な話ですね? あのアルゴ先生であれば宇宙船を破壊することなんて容易いはずなのに……」
足を運んだ先は、黄昏と夜が交わるような色の羽を持つドール、アザミの部屋。例によって、迫り来る現実をどう受け止めようとしているのかを確かめるために。
「アルゴ先生は…ドールの手でガーデンをぶっ壊してほしいみたい」
アザミには、すべてを正直に告げた。 以前アルゴ先生が、ガーデンをぶっ壊してくれと頼んでくれたこと。 それは、アルゴ先生と一緒に、今ある支配や規律をめちゃくちゃにして、より良い楽園につくりかえることだと信じ、面白いと感じていたこと。願いを託してくれた者ごと跡形もなくぶち壊せという意味だと知ってしまい、気持ちが揺らいでしまったこと。 そもそも、その後色々あって、アザミをはじめ、沢山のドールに助けられ、触れ合ううちに…壊したくないものが増えてしまったこと…… アザミは、どんな時でもやると決めたら一直線なボクを、火力を絶やさなかったボクを慕ってくれていた。そんなボクが魔王になり、アザミに立ちはだかると約束した時も、とても喜んでくれた。 それが今じゃこんなブレブレで…… がっかりしただろうか。 失望しただろうか。
「…へへ、魔王失格…だよね」
相手から言われそうな言葉をイメージし、先に口に出す。 勇者に弱音を吐く魔王なんて、世界一かっこ悪い。
「いいんじゃないですか?」
それなのに、アザミから返ってきた言葉はこうだ。
「極悪非道の大魔王でも、身近な側近は大事にしたりしますしね? 案外そんなものなのかなぁと思ってます」
アザミの心の広さをその身に感じる。 マギアレリックの事になると途端に器の小さい魔機構獣と化すのに、中途半端なボクを咎めようとも、哂おうともしない。 アルゴ先生にも呆れ顔をされちゃったから、アザミには最悪絶交されるかと思っていたのに。
「…そんなもの、でいいのかなぁ…」
いつか見た本の話でも、意中の姫を傍に置き、他の王族や邪魔するものを排除する暴君がいたことをふと思い出す。
「……確かに、それだけ身勝手な方が、ある意味魔王らしいのかな」
しっくり来ない部分もあるが、折角相手が肯定してくれたのに対してうじうじしていても仕方がないので、一旦話題を逸らす。
「アザミは…どうするか決めてるの?」
「ガーデンの奴隷のままでいる気はありません。私はそのためにあなたからコアをもらったんです。いずれは理不尽な支配から逃れるために」
別の星からやってきた、今回の騒動の発端となった生き物…イオサニも、ボクらドールはガーデンの奴隷だと形容していた。それを否定するドールも多々いたけれど、アザミは『ガーデンの都合』によって友達をひとり失っている。幾らある程度の自由な生活が約束されているとはいえ、そんな連中の支配下に置かれる時点できっと気に食わないのだろう。
「でも、ガーデンから離れるつもりもありません」
アザミは少しの躊躇いも見せずに続ける。
「私は託されたんです。『ガーデンの皆のことを頼んだ』と」
「それって…シキくんから?」
シキ。それがまさに先程書いた、アザミのかけがえのない友達。 ボクにとっても、彼の存在は決して小さくはなかった。
「……ええ。いつまで引きずってんだって言われちゃいましたけど……彼は私の原点(オリジン)ですから」
引きずっているのではなく、それだけ想っている証拠だろう。
ボクだって、とっくに煌々と燃える流れ星になってしまったある先生の言葉を未だに引きずっている。 …いや、今やお守り代わりにしている、と言った方が正しいか。
「手の届かない場所にいては、皆に手を差し伸べられないでしょう?」
なかなか勇者らしい発言だな、とボクの口元が少し緩む。
「それにガーデンの外に出るなら、ひとりでマギアビーストを相手できるくらいにならなきゃですもんね!」
「…そうだね」
アザミは正しい。 ボクらに戦いを挑んでくるアルゴ先生はとても強い。ボクらが使える魔法や魔術を桁違いの強さで撃ってくるし、なによりあの先生はマギアビーストをひとりであっという間に倒せるほどの実力がある。 それにどうやって勝ちに行くか…あれから色んな魔法を新たに覚えたり、他クラスの魔法魔術の勉強をひととおりしてはみたものの…打開策は未だに見えていない。
「アザミも戦ったことあるの?アルゴ先生と」
「あります。あの時はちょっと悪夢真っ只中でベストは尽くせなかったんですが……」
悪夢真っ只中……ある理由により、アザミは悪夢を一か月間見続けていた時期があった。 ボクも同じことを経験したので、それがどれだけ調子を狂わせるかよく知っている。 …アザミはボクより精神が屈強だったから、身体に厄介な異変は起こらなかったようだけど…
「勝つためにはきっと、魔力に頼らない戦いをもっと身体に染み込ませないと……ですね……」
魔法を識るだけでは、まだ物足りない…。
「まさかリベンジしに行く前に、その機会が来ることになろうとは……」
そもそもドールひとりで勝てる相手なのだろうか? アルゴ先生の魔法をまともに喰らって、立ち上がるどころか喋ることもできなくなってしまったあの日から、戦うのが怖くなったわけではないけれど、勝ちに行く手段が全く見えなくなっていたので、勝負できる機会を前向きに受け止めているアザミが頼もしかった。
「…勇者がこんなに決意を固めてるのに、魔王が優柔不断なのはカッコ悪いなぁ…」
思っていることが、ついそのまま口に出る。
「悪党だし、うんと我儘になっていいんだよね?」
たとえ勝てないとしても、ボクの答えはもう、これと決まっていた。
ドールの話を聞いて。
時には…ドールと一戦を交えて、
時には…過去の過ちを顧みて。
…詳しくはまた別の機会に語るとして
…やっぱりこれがボクの結論なのだと確信できた。
それを口に出すのに、ただ臆病になっていただけ。
「納得いく結果にならなかったとしても…最後の最後まで、足掻いていいんだよね?」
言葉ひとつ紡げなかったあの日を、あんなに嘆いただろう。
今はそんな呪いはとうに消え去っている。
声に、出すんだ。
逃げるな。迷うな。
ボクの、進むべき道は。
「散々ガーデンのおままごとに付き合ってあげたんだから、 こんどは…ボクらの我儘に、付き合ってもらう番だよね!」
身体全体に熱を感じる。
心に少しずつ、灯が戻る。
随分時間がかかってしまった。
やっとだ。やっと前に進める。
「その意気です! 利用できるものはとことん利用しちゃいましょう!」
旅の仲間を元気づける勇者は、次の瞬間少し挑戦的な、救世主にやや似つかわしくない笑みを見せる。
「それに楽しみにしてるんです。私の宿敵(ライバル)が覚醒するのを、ね?」
両の瞳の奥に、メラメラと炎が燃え盛る。
こんなにみっともなくても、こんなに中途半端でも、
こんなどうしようもないボクをそれでも信じてくれるなら
覚悟を決める以外の選択肢はもうない。
「……ボクらが戦う舞台は、ボクらの手で守らないとね」
最終的な目標は、憎き勇者と…かけがえのない”友達”と、殴り合うこと。
ガーデンがその邪魔をするというなら、文字通り破壊してやろう。
「ガーデンの支配に負けないで自由に生きるぐらいの強さがあるってこと、…アルゴ先生に証明しよう」
そして…全力で何もかもぶっ壊したその向こうで、うんと我儘な夢を見せてくれと、食い下がったっていいじゃないか。
「そしたら今度は、ボクがガーデンをめちゃくちゃにするかも知れないよ!」
めちゃくちゃにした世界を勇者に…そして…崩壊を願ったあなたにも見て欲しい。そう願ったっていいじゃないか。
「どうする?勇者くん!」
ボクとアザミはしっかりと向かい合った。
「その時は見せてあげますよ。あなたの目の前にいるのは、シキさんから力を貰い、あなたから心を貰った最強の勇者だってことを…」
勇者は、敵に向けるには呆れるほどに違和感のある、信頼に満ちた微笑みを浮かべ
「…ね? 魔王様」
ボクを、”魔王”と呼んでくれた。
12月1日……戦いの幕開けは近い。
Diary049「勇者と魔王」
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