まだドール達がビーチキャンプを楽しんでいた頃…久しぶりに、ある3にんのドールと話した。
見た目と声が瓜二つで性格だけがちょっと違う、ククツミちゃんと、ククツミセンパイ。 そして…ククツミデュオと仲良しな放送委員のシャロン。
3にんとも、学園祭のライブでスタッフとして手伝ってくれて…ゆっくり喋ったのは、それ以来だ。
「ああ、そういえば。カガリちゃん」
本題は別にあったんだけど、それが一区切りつくと、思い出したようにシャロンが言った。
「ククツミ”さん”にとっても ククツミ”ちゃん”にとっても
大事なドールが廃棄になったときにきみがしようとしたこと、覚えてる?」
ククツミたちにとって大事なドールが廃棄になったのは、3月…ガーデンが雪景色だった時のことだ。 朝目覚めたら届いていた、ドールの廃棄処分通知。そこにはククツミにとって大事なドールの名前が刻まれていた。
当時なんとなくドール同士の色恋沙汰に首を突っ込むのを良いタイクツしのぎにしていたボクは、迷わずにククツミの部屋にすっ飛んで行った。 放心状態のククツミに、どうしてこんな通知が来た、昨日『彼』と何があったのかと問いただしたところ
「……覚えていないのです……昨日の、ことを……」
口調からわかるように、このククツミは『ククツミちゃん』。 まだ「からころ」という独特な笑い声すら、ボクは知らなかった。
それだけじゃない。
「……昨日、私(わたくし)は……大げんかを、してしまったのでしょうかね……」
なぜ、昨日一日の記憶がすっぽり抜けているのか……
「センセーからはもう十分聞いているんだよ。今必要なのは、それを整理する時間だ。きみの思い込みで振り回すのは、良くないんじゃないかな?」
後からやってきたシャロンの言う『センセーから十分に聞いた情報』とは何か。
『忘れていること』をそのままにしておくなんてさぞ気持ち悪いだろうに、なぜ何があったかもっと詳しく聞きに行かないのか。
「どうして、と聞いても……なにも、答えて下さりませんでしたよ……」
「……あれ……じゃなくて……『センセー』は、何も教えてくれないってことを。普通に聞いても無駄だということを、きっと、聞いているはずだよ」
「知りたい、ですよ……何があったか……。けれど……知ることも、怖いのです……」
「知ったって……帰ってこないでは、ないですか……」
なぜ、ククツミちゃんは、知ることをこんなに恐れるのか。
なぜ、シャロンはそんな弱虫なククツミちゃんを庇うのか。
増える疑問にイライラも積もり、 ガーデンのことも、ドールのきもちも、何ひとつ理解していなかったボクはククツミちゃんにこう言い放った。
「いくじなし」
*
「うん、覚えてるよ」
ボクはシャロンの問いかけに、焦ったり気まずそうになったりせず、ただ穏やかに答える。 あの時あの場に居なかったもうひとりのククツミ…『ククツミセンパイ』がやや苦笑いをする。そういえば、このコはこの出来事をどこまで聞いているんだろう。
「シャ、シャロンさん……過ぎたことですし、私(わたくし)はもう気にしていませんので……」
「ああいや。怒ってるだとか気にしてるだとかじゃなくってね?」
慌てて話を遮ろうとするククツミちゃんを、シャロンは柔らかな口調で落ち着かせる。
「なんとなく、カガリちゃんも変わった気がしたから、聞いてみたくてさ」
シャロンがこう言うのも無理はない。 だって…悩みを知らず、意見も聞かず、速度バッヂ級の行動力で突っ走っていたボクが、 この日は「どうしたらいいかわかんない。みんなはどう思う?」と相談をもちかけたのだから。
「あのときのこと、今でも”すぐ聞きに行けばよかったのに”って、思ってるかい?」
「んん……」
すぐ答えずに、ちょっと考える。
あれから半年以上経った……今のボクならどうするだろう。
結局、
『覚えていない』の裏で起きていた出来事は…大喧嘩よりもずっと悲惨だった。 見ずに蓋をしておく、それでもよかったかも知れない。 けれどそれはそれで、『何かが欠けている』というもやもやをずっと引きずらなくてはいけない。
「…やっぱり聞けることはすぐに聞いた方がいい…って考えは今も同じ」
現にこの時も「聞きたいことがあるのに教えて貰えないのが悔しい」気持ちでいっぱいだったし 面倒なことから無意識に逃げ続けていたしわ寄せに頭を悩ませている最中だったから、たとえどんなに恐ろしい真実でも蓋をするのが正しいとは思えなかった。
「……でも、それがククツミちゃんにとっては、『楽しいコト』じゃなかった」
知りたい気持ちよりも膨らんでいた『知ることへの恐怖』。 ボクにとっては邪魔でしかない。けれどそれはあくまで『ボクの世界』のなかだけの話。 そしてこの時ボクらが思い浮かべていた『知るための手段』それは……
……最近よく話題に出している最終ミッションとはまた別の、ある『ミッション』を達成することによって、センセーが何でもひとつ答えてくれる。その方法は…ドールによって異なるのかはわからないけど、もしボクと全く同じ内容だとしたら…ククツミちゃんは絶対にやりたがらないだろう。
「……それを無理やりやらせようとしたのは……ダメだった……よね」
自分のものさしを振りかざし、ぶん殴ることは時として必要だとは思う。 ただ、対等に殴り返してくれる相手かどうかを見極めず、一方的に叩けば単なる弱い者いじめだ。 少なくとも“ともだち”に対して、やっていいことじゃない。 今なら、それがわかる。
「……そう、ですね……今はそれ以外の方法をシャロンさんが考えてくださったおかげで、そうせずに済みましたけれど……」
その後、ククツミちゃんはシャロンをはじめ周りのドールたちに支えられ、少しずつ『知る勇気』を取り戻し、誰も傷つかない方法(クソ不味いジュースを飲むという苦行は踏んだんだろうけど)で、大事なドールが消えた日の真相を視ることが叶った。
「……やはり今でも、その楽しくないコトは……したくありませんね。」
今後また、何かを確かめたくなったとしても、別の方法を試そうとするだろう。何も悪いことじゃない。……なのに、過去に一度その行動を否定してしまった手前、安直に同意するなんて虫が良すぎないだろうか。と、次に何を言おうか口ごもっていると
「……ふふ。いくじなし、ですね」
ククツミちゃんが、かつてのボクの言葉をなぞった。
「そんなこと…っ……あー……そか、…ボクが言ったんだった」
思わず訂正しようとするが、その言葉を植え付けてしまったのはボクだ。 『気にしていない』とは言っていたけれど、やったことがなかったことにはならない。
「んー、っと……」
たとえ『やっぱり今のナシで!』が表面的に許されたとしても、根本的な解決にはなっていない。 非常に面倒な状況だ。けれど、ここで目を逸らすのは違う。
「…ククツミちゃんは、’良いいくじなし’だと思うんだ!」
皮肉のように聞こえてしまいかねない言葉を絞り出す。
「ボクみたいにさ、決めたらそのままバーッて進んじゃうヤツと違って…慎重に考えて、心も身体もちゃんと準備ができるコ…ボクはそれが得意じゃないから、ホラ…」
眉を下げて、ばつが悪そうに苦笑いする。 「失敗しちゃうじゃない?」 失敗して困らせた張本人をできるだけしっかりと視る。
「ククツミちゃんは……ボクより、ずっとすごいドールだと思う」 慎重なドールになりたいとは思わない。けれど、時としてそれはとても大切であることは確かだし、抵抗なくそれができるドールが今となっては羨ましくも思う。たとえそれが『いくじなし』だとしても。 ボクは本心を伝えた。但し、過去のできごとを詫びようとはしなかった。
「ふふ。カガリくんの決めたら一直線なところも、悪いところじゃないと思うけどね」
「そうですよ、私にとって……『知りたい』という気持ちに一番最初に手を差し伸べてくださったのは、カガリさんですから。……あの時は、すぐに手を取れなくてごめんなさい。けれど、私はカガリさんの行動力に……これまで何度も、救われているのですよ」
…それを咎められるかと思ったのに、ククツミちゃん…そして、脇で話を聞いていたククツミセンパイからの反応はこれだった。
「も~、なんでククツミちゃんが謝るのさ…」
謝罪がないのをつっこまれる覚悟もしていたし、それが欲しいなら素直に謝る気でもいた。なのに、逆にククツミちゃんから謝られてしまった。戸惑いと恥ずかしさで両目が泳ぐ。
……無理やり許してもらおうとしているみたいだから、『ごめん』はできるだけ言いたくなかった。 情けをかけて欲しくはなかった。
だから
「……ありがとね」
代わりに、感謝を伝えた。
「やっぱり変わったね、カガリちゃん?」
一部始終やりとりを聞いていたシャロンが進み出て、ボクにあるものを見せてくれた。 それは、「身体の一部です」と言わんばかりにがっっっっつりと食い込んでいる異物……
「これと同じものがついていたりして?」
ボクはニッと口角を上げると
「…なんのことだい?」
シャロンの声をつかって、答え合わせをしてみせた。
Diary051「いくじなし」
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