12月1日朝6時になったら、イオサニがガーデンのシステムを停止させる。 センセーは機能しなくなり、授業…は元々ないけど、食料の供給も、動かなくなってしまったドールの治療もできなくなる。罰則を課す存在がいなくなるのはせいせいするが、それ以上に、生活そのものが様変わりしてしまう。
しかし、人型教師AIはその影響を受けず、イオサニの行動をボクらがこのまま放っておくなら、ドールをガーデンの敵とみなし、牙を向く……と、人型教師AIのひとり、アルゴ先生は語る。
彼と敵対する理由がない…イオサニの宇宙船を破壊すれば戦闘は回避できる……でも…ボクの価値観を唯一理解してくれたおとなは、ガーデンの崩壊を望んでいる……何が正しいのか、何が一番自分がしたいことなのか、自分ひとりで考えを纏めるのはもう限界だった。
時間は待ってはくれない。 だから、とにかく時間の許す限り、箱庭じゅうを走った。海でも、雪の降る場所でも、寮の焼却炉でも、どこでも。
異星からガーデンを壊しに来た侵略者…イオサニのメッセージを見て何を思ったか。
アルゴ先生と敵対できるか。
できるだけ沢山の声が、率直な言葉が…欲しかった。
出会える限りのドールと出会った。
「気に食わないですね。ガーデンでの生活を否定して。何が目的なんだか。 …そもそも、外から来たあなたが決めつけないでほしいですね」
二本の角を持つドール、ヒマノがこう答えた時、あの特徴的な語尾が伸びる口調は消え、樹氷魔術のような、冷たく棘のある声が口から出ていた。ガーデンの設備や魔法をフルに使って、パンを焼いたり、やばい遊びを企んだりとユニークなアイデアを持ち運んでくれる彼は、ガーデンに不満こそあれど思い入れもあるに違いない。
「なんだかんだで楽しいですからね、ここも」
ガーデンの生活が気に入ってるのかと問えば、思い通りの答えが返ってきた。 ヒマノのように、イオサニの行動を身勝手だと批判したり、戸惑うドールが殆どではあったが、中には彼を憐れむドールもいた。
「彼の身の上を聞いたのですが……ご自身に降りかかった現実を受け止めるには、まだ時間がかかりそうで。それを考えないように、早く早くと行動しているような気がしますね……」
からころという笑みが特徴的なドール、ククツミちゃんはイオサニが何故このような行動に至ったのかを全部聞いているようだった。 ボクも初めてイオサニに会った時、断片的に情報を得ていた。 どうやら彼は故郷を支配されてしまい、そのできごとがボクらをつくった存在『創造主』と関係があり、おびき出してぶちのめすため、ソイツがつくった世界…ガーデンに攻撃をしかけるとのこと。
『支配される』のがどういうことか、ボクらもよくわかっている。都合の悪い行動をとれば記憶を、或いは存在を抹消される世界に閉じ込められて生きること。…ただボクらの場合は、禁忌に手を染めなければある程度の自由が約束されているので、『ガーデンの奴隷』呼ばわりされるのは釈然としないけど。
一方で
「それができる仕組みが気になりますかねェ。 此処にはない技術、力。魔法とは違うカガクの力。そして以前より此処を観察していたという存在……そしてそこと繋がるかもしれない言葉まで」
と、イオサニの持っている装置や、創造主そのものに興味を示すヘンタイ眼鏡がいたり、皆の見解は様々だった。 アルゴ先生と戦闘になる可能性については、イヌイさんのようにある程度覚悟を決めているドールが殆どだった。先生とひと悶着あったらしいドール、リツは
「罰則なしであいつと本気で殴り合い出来るなら願ったり叶ったりだね」
と、誰よりも生き生きとした返答をしていた。 本来であれば、ボクもこんな風に興奮しているはずなんだけど。 他の道はないものかと考えあぐねるドール、戦う相手以前に傷つけあうようなことをこれ以上したくない、或いは戦闘自体に興味がないと闘いを拒むドールもいた。 学園祭の最中、先生と頻繁に交流していたイヌイさんを心配するドールの声もあった。
「バグちゃん、も人型教師AIとやらなのでは?その姿を見たことはないですがねェ」
アルゴ先生にばかり気を取られていたのと、バグ『ちゃん』と親しんで呼んでいたこともあり、つい、購買でものを売ってくれるバグちゃんが『教師』であることを忘れてしまう。魔法についてたま~に質問することはあっても、基本、授業をしてくれるのは『センセー』と呼ばれるペラペラ板だし… バグちゃんもまた、ボクらに牙を向ける存在となるのだろうか。
…そのポイントに気づかせてくれたのもまたヘンタイクソ眼鏡…ことジオだったというのが非常に腹立たしい。彼は本当に抜けメガネがない。
*
「え、何?デート?わぁ~~!ふたりともスミにおけないなぁ~~!!」
「だからデートではなくてだな……!まあ、いいか……」
「よくねえだろちゃんと否定しろ」
ボクのコーハイにあたる、フェンとニチカ。
フェンとは学園祭で一緒に食事をしたり、壺のなかを探検したりとなにかと絡む機会があったが、ニチカとは学園祭後、一度だけリビングで会ったぐらいでゆっくりと話をしたことはなかった。
フェンは何にでも噛みつくイヌみたいなドールで、自己紹介しても名前を教えてくれなかったのでずーっと『ポチ』って呼んでる。ニチカはなにやらボクをはじめ、学園祭のステージで歌ったメンバー達のことをアイドルとして推してくれているようだ。悪い気はしない。
ボクよりガーデンの在籍次期は短いものの、だからこそ得られるものがあるだろうと、彼らにも他ドールと同じように今回の件についての話を聞いてみたところ、これまでのボクや皆の行動をひとことで纏めるような言葉にたどり着いた。
「宇宙船を壊すのも、アルゴ先生と戦うのも、どちらも嫌だと言うのはワガママなんだろうか……ワタシはどちらも望んでない。他のドールたちだって、ほとんど同じ気持ちだと思うんだがな……」
「そんだけ嫌ならアイツ自身が壊しにくればいいだろ。ただの責任転嫁じゃねえか……」
我儘。
『こんな結末であればいいのに』と願う気持ち。それは言い換えてしまえば全部我儘だ。
自分を含めたガーデンを、ドールにぶっ壊してほしいと思うアルゴ先生も。
支配者が嫌いだからぶちのめしたいと思うイオサニも。
ガーデンの生活を奪わないでほしいと願うドールたちも。
規律に縛られるのは御免だと言うフェンも。
傷つけあうようなことはしたくないと思うニチカも。
ボクらに都合のよい優等生であり続けることを望むガーデンも。
ボクらを、この箱庭をつくりだした誰かも。
ガーデンは壊しても、アルゴ先生は壊したくない、 なぜなら、素晴らしい楽園を望んだ先生と一緒に、それを作り上げなければ意味がない… そう考える、ボクも。
闘いになることを受け入れ、覚悟を決めたイヌイさんも
最終ミッション達成で貰ったマギアレリックを「我儘の塊」と言っていた。
この世界はきっと、いろんな生き物の我儘が集まってできているのかも知れない。 誰かの我儘で世界は広がり、或いは別の誰かの我儘と衝突し、何かを生み出したり、壊したりを繰り返しているのかも知れない。
何が正しくて、何が間違いか。ちゃんとした答えは無いのかも知れない。
ボクがニチカに、或いは自分に言い聞かせるように 『そのまま我儘でいてもいいんじゃないか』と伝え、一連の話が終わったように思えたので立ち去ろうとしたとき
「カガリさん……」
と、ニチカが呼び止める。
「…あの、ワタシ、学園祭のライブ見てて……それで、カガリさん含めたライブメンバーに、すっごく憧れてて……ずっと、羨ましかった。あなたたちが、輝いている姿が。でも、今は……いや、今も……あなたたちが、妬ましいと、思ってる……」
おずおずと話すニチカに、ボクは黙って耳を傾ける。
「ワタシが今、前に進めているとしたら……あなたたちへの、嫉妬の気持ちからなんだ。だから、その……べ、別に、感謝なんてしてないんだからな!勘違いしないでくれたまえ!」
妬ましい、認められたい…そんな気持ちも言い換えれば我儘。 でもそれは単に身勝手で周りを苦しめるだけでなく、自分を奮い立たせる武器にもなる。
…まるで、炎のように。
「おれさまはテメェが苦手だ。色んな意味でな。だが――」
ニチカに触発されたのか、フェンも一歩進み出る。
「……歌は悪くなかった、とだけ言っておく」
ニチカとフェンの心に、炎が見えた。
ボクより後にガーデンに入学したふたりでも、しっかりと心に炎を宿し、自分が進むべき、いや、進みたい道を照らしているように思えた。
「もぉ~~ふたりともボクのこと超好きじゃ~~~ん!!!! いや~~可愛いコーハイ持てて幸せだなぁ~~~~!!!」
とはいえ先輩らしいことなんて何もしてないし、それっぽい言葉を思いつくオツムは持ち合わせていないので、いつものようにおどけてみせる。
「好きじゃねえって言ってんだろ!!」
というフェンの言葉に、まだ何事も始まっていない頃の日常を感じる。
負けていられないな。
早くボクも結論を……いや、多分それはもうとっくに出ている。
ただ、踏ん切りがつかないだけ。
もう時間がない。 ……あのドールにも、会って話を聞きに行こう。
Diary048「火種集めて」
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