ガーデンの運動会、PGPが終わり、授業もなく相手にされなくなってしまったグラウンドは、がらんとしていて寂しそうだ。 でも今日は、なにやら賑やかになりそうな予感。
「ほなまずは、え〜……と、これから見せよか」
大きなふたつのツノが特徴のドール、イヌイさんはそう言って、ボクに無地のぬいぐるみを見せてくれた。 お部屋のカワイイモノ選手権ではない。今日はこのドールが持つマギアレリックを見せてもらうのだ。どうやら、幾つか持ってきてくれたらしい。
イヌイさんが魔力を込めると、無地ぬいはイヌイさんの姿に変化…つまり、イぬいになった。
このレリックは一度見たことがあるけど、その時は全く別の用途で使われたので、効果を見るのはこれが初めて。一度姿が変わると、一時間ほどはこのままらしい。
次に見せてくれたのは…ピアスだ。お人形にピアス…あれ?やっぱりお部屋のカワイイモノ選手権だったか?
「わ、可愛い!イヌイさんのレリック、可愛いのが多いね!?」
「見た目はかいらしぃのやけどねぇ…」
「…ボクが持ってるのコレだよ?もっと可愛いのがよかったなぁ」
討伐や行事の報酬でもらえたりもらえなかったりする不思議な道具、マギアレリック。ボクもひとつ持っている。でも、誰かに見せたのは実に数か月ぶり、そしてたったの二回目。早い話が持っているだけ。
「……あら。ええやないの。そっちはどういうのなんです?」
ピアスにくらべたらデザインがパッとしない。アクセサリーとして身につけられたなら、まだ実用性があったんだけど…
「…説明するより見せた方が早いかなぁ」
それでは実際に装着するとどうなるかご覧頂こう。 仰向けに寝転がり、ベルトをカチャリ。あら不思議、身体がはんぶんこ! 上半身と下半身がパックリと分かれた。 身体の断面は黒一色だし体液も流れないのでグロテスクな表現が苦手なコにも安心!やかましいっての。 「これ」 コメントできるものならしてみろとばかりに、目線をイヌイさんに向ける。
「うわ……」
…ドン引き顔が見れただけでも、持ってきた甲斐があったのかな?
「…二つとも自由に動かせられると最高なんだけどねぇ……」
アクセサリーとして身につけられても、これじゃどこにも出かけられない。 更に難点はこれだけではなかった。
「…ちょっと耳塞いでてくれる?」
「え、な、なして……? どっちの……?」
「めっちゃ大声出すから。イヌイさんの耳しんじゃうよ」
「あ、あぁ、そういう…」
何故大声を出す必要があるのか?我慢ができないからである。
「…ほたらあれやな……ちょい失礼」
イヌイさんは上着を脱いでボクの顔あたりを包んだ。これだけでボクの爆音は防げるわけがない。 けれど、視界が塞がれてもイヌイさんがこの後何をしたかだいたい予想がついた。音を遮断する、クラスコード・グリーンの『遮音魔法』を使ったのだろう。
ボクは深呼吸してレリックを外す。下半身の感覚が消える。感覚だけではなく、そのものが消える。そして新しい下半身が上半身の断面から生えてくる。これが絶望的に痛い。
「うっわ……掛けとっても聞こえるンかいな……」
化け物級の悲鳴と、化け物じみた身体の再生。理不尽な精神攻撃が暫くイヌイさんを襲う!
*
「はぁ…ひぃ……お、おまたせ……」
マギアビースト戦を10回繰り返した後のようにげっそりとしながら、ボクはイヌイさんに上着を返す。
「え、えらいモンなんやねぇそれ……」
多分イヌイさんのこの日の夢はこれで決定だろう。
「バラバラの状態じゃ動けないし、戻すとき痛いし、使いどころに困ってるんだよねぇ…」
動けるように訓練すれば面白い闘い方ができそうだけど、きしょい、痛いと代償が重すぎる。 だからこれ以上強くなる方法がわからず、行き詰ったときの最終手段…ぐらいにしておきたい。
「…あ、それで…結局そのカワイイのはどんな性能があるの?」
「ほ〜ん……あ、えっとねぇ。この黄色いとこに触ったら、周りのモンが離れるのよ」
話はイヌイさんのレリックへと戻る。ピアスの飾りに触れると効果が発動するらしい。
「へぇ…どれどれ?」
「ちょ、待ち待ち待ち……」
早速試そうと手を伸ばすと、すすす…と後ずさりされる。
「あれ、触ってないのに離れちゃった」
「こない近くで触ったら飛ばされるんです……!」
なるほど?
「渡しますさかい、あたくしが離れてから使て?」
イヌイさんはレリックが入っていた箱の中にあるフックにピアスを掛け、万全な状態で差し出す。
「はぁい」
ボクはそれをしっかりとつまんで受け取る。
勿論摘みやすい飾り部分の方を。
すると、説明通りボクの周りのモンが離れ始めた。足元に落ちていた砂利に、
「あ゙ーーーーあほーーーーーー!!!!!」
イヌイさんに、
「おおお!すっごい飛…はあああ!?」
軽く肩にかけていたベルトのレリックも飛んだ。
「持ち物までいなくなっちゃうの!?面白~い!!!」
流石に離れたままでは会話が成り立たないので、飾りから耳につける方に持ち変える。
「も゙〜〜〜〜〜〜…………」
吹っ飛ばされたイヌイさんは、起き上がりながら不満たっぷりの唸り声を漏らす。 一緒に飛んで行ったベルトを回収し、ピアスを返そうと持ち主に歩み寄る。
「いやぁ~…触るなと念を押されるとねぇ~!だいじょぶ?蘇生奇跡する?」
「いりません……大丈夫です……」
あ。ちょっと怒ってる。
「んん……悪かったって~。はい!」
満足げに笑みを浮かべながらピアスを差し出す。勿論効果が発動しない持ち方で。そして差し出されたイヌイさんの手に乗せる。
「えへへ、楽しかっ」
吹っ飛ばされた。
「あ~~~~~~!!!!!」
乗せるだけでもダメなのね。って当たり前か。 咄嗟にベルトからも手を離してしまい、バックルの攻撃を顔面に受けることに。
「い゛っっった!!!」
「っふふふふふ……」
慌てないってことはさては知ってて黙ってたな。
「ふぅ……ほ、本当、凄い威力だね……」
地面に不時着し、強く打ったお尻をさすりながら戻ってくる。 強く打ったとはいえ、下半身が生えてくる痛みに比べたらなんでもないし、これはこれでまぁまぁ面白かった。
「ていうかイヌイさんの前でボク砂だらけになりまくってない?」
「そうやねぇ……お砂だらけになっとるとこばっかやね」
「グラウンドで会う機会が多いからかな?」
先月行われていたPGPという競技大会でも、グラウンドで盛大にすっ転ぶところをこのドールに見られていた……あのときは、ここまで楽しそうに笑ってはいなかったけど。
「レリック、これで全部?」
「え〜……と、あとはあたくしのお部屋にある壺と……、……」
お部屋にある壺。覗くとナゾに包まれた異空間に行くことができるレリック。 今日ふたりが会うきっかけとなった品でもある。
「………」
暫しの沈黙の後、イヌイさんはスッと手のひらサイズの入れ物?を取り出した。
「え!?可愛い!!めっちゃ可愛い~~!!」
ピンク色をした丸い入れ物に釘付けになる。
「そ、そやね、ええ色してるわな、これ」
できる限りのピンクを詰め込んだボクの部屋に招待した時の反応もこんな感じだったっけ。
「イヌイさんっていうよりボク向きの色だね!?」
「ほほほ……そうかもねぇ」
「で、これはどういうやつ?触ると爆発する~?」
「えぇ……と、なんて言うたらええやろ。まず、これ見てもらえます?」
パカっと蓋が開いた状態の形状はカスタネットと少し似ているが、とても音を鳴らすもののようには見えない。中を覗き込むと、黄色い小さな点がひとつ。模様なのか、後から付け足されたものなのかはわからない。
「明らかに触ったら何か起きそうな点があるんだけど」
「おきひんおきひん。映しとるだけです。これ」
「うつす?」
映す。点。鏡?イヌイさんの顔と、レリックを交互に見比べて…
「え、これ強調されたイヌイさんのホクロ?」
後ろ回し蹴りを喰らった。
このドールが口ではなく手を先に出すところを見たのは初めてかも知れない。 ホクロがそんなに地雷だったのだろうか。
「びぇ」
「ちゃうに決まっとるやろ!」
いつにも増して強烈なツッコミだった。
「え~!?じゃこれ何!?黄色い…んー…星…かなにか?」
「そうやねぇ……えー、と……あんさん、ちょっと離れたとこで魔法使てもらえます?」
そうきたか。 流石にこのまま至近距離で魔法を使って吹っ飛ぶ、というネタは今日何度もやったので、おとなしく2、3歩離れる。魔法に指定はなく、得意なもので良いらしい。
「じゃあ……はい!」
クラスコード・イエローの幻視魔法で、ボクの幻(幻でも超絶かわいい←重要)を創り出す。
「……お〜……そういやあったなぁあんなん……あ、おおきに、それ解いてから戻ってきて?」 「?これだけ?」
使った魔法にもレリックにも目立った変化はみられない。でもこれで完了らしいので登場から数秒で幻には帰ってもらう。一体今ので何がどうなったというのだろう。 …魔法を使ったその瞬間が、『映る』とか?
「えぇ、それだけです。はいこれ」
「んん?」
期待を胸に、覗き込む。そこにはボクと幻の激カワツーショットが…映ってなどいなかった。 レリックにはほぼさっきのままだった。黄色い点がもうひとつ生まれていること以外は。
「……あれ、ふえてる。魔法つかった数だけ星が出るの?」
「まぁ、そんな感じやね。半日……くらいやったかな。そんくらいの時間までに魔力を使たら、こんな感じで場所がわかるンです」
「…………………」
……で?
これの何が便利なんだろう。
「あぁ~誰かが何か知らないけど魔法を使ったなぁ~」と思うだけ? ドールが居るかどうかを判別するのに使えそうだけど、魔法をつかってないと意味がないし…
「………地味だね」
出てくる感想は、これ以外になかった。
「ええやろ地味で!?」
イヌイさんは普段これを眺めて時間つぶしをしていたりするのだろうか。多分ボクなら即行で寝る。もっと知識の詰まった活字にもまだまだ耐性がないのに。
「…こう使った方が絶対便利じゃない!?」
蓋の内側の真ん中あたりを人差し指でつん、とつつく。すると、指先を中心に光が広がり、小さな鏡が出来上がった。モノに鏡の性質を付与する反射魔法。これも、クラスコード・イエローのものだ。
「ほら~!これで外でなんか食べた時も食べカスチェックできるよ!」
ピンク色の開閉式の手鏡。ボクのセンスが発光魔法より光った瞬間だったよね、へへへ。
「ま、まぁ便利っちゃ便利やけども……あたくしそれできんのよ」
イヌイさんのクラスコードはグリーン。これを使えるのはボクのように両目の色が違うドールだけ…でも
「イヌイさんならしれっとできるようになってるんじゃない~?結構見かけるよ?他のクラスの魔法使ってるコ」
最近ちょくちょく日記に書いているとおり、角がないのに獣になったり、羽がないのに水を操ったりと不可解なドールが増えつつある。
「や、できひんね……というか、使える子……あぁ、居ったような……?」
「確実にふたりは居た!……多分、最終ミッションがカギなのかな~って思ってたけどどうも違うみたいだし。先は長いなぁ……」
最終ミッション……ドールの『欠けたもの』を取り戻すための課題。 最も傷つけたくないドールのコアを呑みこむと…確かに『欠けたもの』以外にも色んなご褒美があった。 でも…それだけでは他クラスの魔法が使えるようにはならなかった。
「…イヌイさんも………達成、したんだよね」
大きくため息を吐き、確かめるように問う。
「………………」
イヌイさんが口元にいつも浮かべている笑みが曇った。
「……そう……やね。そんで、壺をもらいました」
なるほど。 以前、レリックの入手経路について尋ねたことがあり、マギアビーストの討伐報酬ではないことだけ知っていた。イヌイさんはボクよりずっと前にガーデンに入学しているし、入手のタイミングは他にも沢山あっただろうとそこまで気にしていなかったけど…そういうことか。 貰って数日しないうちにその壺を使ったのだとしたら、一体誰のコアを取ったのかも見当がつく。
「そんな願いも叶うんだ!?……センセーの説明最後まで聞いとくんだった」
最終ミッション達成後、報酬?として幾つかの選択肢を与えられるはずだった。 ボクはそのうち、前以て知りえたひとつをはじめから選ぶ予定だったので、センセーに説明する暇も与えずさっさと要求を伝えてしまったのだ。 “人格コアを奪った相手の人格を復元させる” それで十分だと思ったから。
「ふふ……あたくしの我儘の塊やけどね、あんなん…」
我儘。 最終ミッションを成し遂げるということ自体が、我儘の塊だろう。 夢や目標のためにドールの身体を傷つけ、核を奪い去るのだから。 コアが抜かれた側の人格を犠牲に、全く別の願いを叶えたドールは、イヌイさん以外にも居る。 巻き込んだ相手に人格を復元するという選択肢ですら…全て、我儘。
「…まぁ今はそんな話ええわ。あんさんも、もう?」
「うん!」
その選択肢に、恐らく一瞬手を伸ばしそうになったのであろう目の前のドールは、壺の中で再会したときにそれを悔いていた。
「多分、イヌイさんが愚かだって思った選択肢を真っ先に選んだかな~」
でも、ボクは後悔していない。ここのところ過去の行動に頭を悩ませることが増えてはいるものの、 あの一日の出来事を否定してしまっては終わりだ。
「……へ、へぇ……そうなんやね。……まぁ、その、事情があったのやろ。別、そうすること自体はかまへんと思いますえ」
今一度刻み付ける。『楽しい夢』を見た日…なにをしたのか。
「え?ただの我儘だよ?」
悪びれもなくにこりと口角を上げる。 命の重みをひと一倍その身に感じているドールを、反対に
前に進んだ気になり、コアを託した者の痛みを、意志を、命を、このままでは無下にしてしまいそうなドールを嗤うように。
「………………」
イヌイさんの息遣いに、焦りが滲みはじめる。
Diary044「得たものと奪ったもの(前編)」
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