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ガーデンでの生活を記録したり、報告書をボク用にまとめたり。
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    あれから、できることが増えた。
    ものを温められる魔法、ドールの目や耳を騙す魔法。
    行ける場所も増えた。 そのうちの一つは図書室。 入ろうと思えば誰でも入れる教室だけど、ボクにとっては禁足地だった。静寂が不安を掻き立てていたから。
    …でも、その理由が明らかになった今、相変わらずしーんとした空気は苦手だけど、得体の知れない恐怖を感じることは無くなった。それに耳を澄ませれば、ページを捲る音、誰かの足音……大きな声で喋っている間は気付けない様々な音色と出会える。そのどれもが控えめで、ついでに睡魔を呼んでしまうのも困りものだけど。 一歩一歩、確実に進んでいた。

    …けれど、それ以上に事の進展は早かった。
    11月22日、再び端末にメッセージが届く。







    -------------------
    イオサニだ。

    宇宙船の修復の目処が立った。
    12月1日、朝6時。
    ガーデンのシステムを停止させる。

    だが、人型教師AIは止められない。
    戦闘になる可能性がある。
    ドールたちは覚悟を決めておいてくれ。

    ガーデンの奴隷のままでいたい、なんて言わないでくれよ。
    -------------------



    *



    「え…?……しんだの?」
    「今は機能停止しただけ。1時間すれば元に戻る」

    箱庭の外から来たウサ耳の生き物、イオサニと初めて会った日。彼はボクの目の前で、ドールの生活や行動を管理する『センセー』と呼ばれる端末の機能を停止してみせた。

    「つまり……1時間校則破り放題ってこと!?」
    「いや、センセーの端末は無数にわいてくる。全てを機能停止しないと無理だろうな」
    「…でも、その…ガーデンのしすてむ停止?をしちゃえばそれが叶うってことだよね!?…キミには、それができるの?」
    「ああ、センセーも校則も無効化できる」
    「なにそれサイコーじゃん」

    ガーデンには校則があり、それを破ると罰則ポイントが貯まる。罰則ポイントが10に達してしまったドールは公開処刑され、人格と記憶を消去される。 まぁボクのような勢いで突っ走りがちなドールは校則なんて余裕で破る。かといって存在を消されたくはないので、罰則が免除になる『贖罪券』にお世話になるわけだ。 それを売ってくれる購買担当AIのバグちゃんには『カガリさんには贖罪券渡さない方が悪さしないんじゃないのか?』と呆れられるほどの罰則常習犯である。 そこへ校則を無効化できる者が現れるのならこれほど嬉しい話はないんだけど…現実はそんな単純なものではなかった。

    「アルゴ先生は?自由になれる?」
    「ガーデンに関わるものは全て停止させる。それに、宣戦布告されたからな」

    教師AIのアルゴ先生は、ガーデンの息がかかった存在でありながらガーデンを『より素晴らしい楽園に変える』ことを望んでいた。イオサニの力を使えばアルゴ先生の願いも叶うと思っていた…けれど、それはおめでたい考えに他ならなかった。

    「………本当は………戦いたくない。……でも、………ちゃんと考える。宇宙船が直るまでには」

    執拗にアルゴ先生を庇うボクに対して、彼と戦いたくないのかと問うイオサニに、ボクはこう答えた。 
    厳密に言えば先生と戦いたくないわけじゃない。寧ろ、強くなってからもう一度手合わせするのが目標だ。でも…敵対はしたくなかった。
    結局結論が出せないまま、遂にタイムリミットを宣告されてしまった。
    12月1日朝6時……もう、10日もない。



    *



    本当はちゃんと強くなってから会いに行くつもりではあったけど、いてもたってもいられなくなり、その場に居合わせたドール…イヌイさんと、アルゴ先生の自室まで足を運ぶ。

    「ふたりはオレちゃんと戦うのは嫌なのですか?」

    例のメッセージを見ても、表情ひとつ変えずにボクらを迎え入れるアルゴ先生。

    「……あんさんはどうなんです?」

    こんなかたちでは戦いたくない、と言い切る前にイヌイさんの言葉に耳を傾けようとする。 イヌイさんは質問を質問で返した。

    「オレちゃんの質問から答えてくださいなのですよ」
    「…ボクは………先生と戦うより、先生がなにも教えてくれないのが嫌だ」

    腹の探り合いが続きそうだったので、口を開く。 先生が何も教えてくれない理由はほぼ自分にあるという自覚はあった。 中途半端な強さしか持ち合わせていないうちは、何を訊いてもムダだと思っていた。 できれば考えがまとまるまで、彼とは会いたくなかったのに、こんな状態で、こんなことを訊かなきゃいけないなんて。

    「じゃあ教えてあげますなのです。もしオレちゃんと戦いたくないなら、あの宇宙船をぶっ壊せばいいなのですよ」

    早い話が、ボクらがあの宇宙船をほったらかしにするのなら、それはガーデンへの反逆行為とみなされ、ドール達はアルゴ先生の……『ガーデン』の標的となる、とのこと。

    「オレちゃんは戦いますなのですよ。あいつ……イオサニの解放をキミたちが受け入れるなら、オレちゃんはガーデンを守りますなのです」

    そうしないとガーデンが許さないから、と言って欲しかった。 だからガーデンから解放される意味でも戦って、目を覚まさせてほしい。それなら決意も固まったのに。 あくまで自分の意志ではない、と。でも

    「ガーデンをぶっ壊してほしいって言いましたよね、なのです。その『ガーデン』には当然オレちゃんも含まれてますなのです。カガリさんやみんながぶっ壊してくれることを期待してますなのですよ、『ガーデン』を」

    ――”オレはね、グロウをこんな目に遭わせた素晴らし~い楽園を、もっともっと素晴らし~い楽園にしたいと思ってます、なのです”――

    多分先生は、最初にボクにこう言ったときから既に、その覚悟ができていたんだろう。 なにひとつ準備ができていないのはボクの方だ。

    ボクはそんなヤツだったっけ?ハッピーエンドが好きだったっけ?
    魔王に攫われた姫を助けに行く勇者が、モンスターにボコボコにされる展開を嗤うような奴じゃなかったっけ?
    その価値観を、はじめて先生(おとな)に受け入れて貰えたから…ボクは…

    …… 燃えることに対して一直線なボクはどこへ行った?
    アルゴ先生と会ってから、悪夢を見たり、ともだちに助けられたり、助けたり……色々あって……前よりも「壊すのは勿体ない」と感じるものが増えたように思う。 先生の言葉を借りるなら『友達できて温くなった』のかもしれない。 アルゴ先生は……友達づくりについては考えを改めたものの、ガーデンをぶっ壊すことに関しては、少しもブレていないのに。

    アルゴ先生の望みなら、叶えてあげるべきじゃないのか?
    いや、より素晴らしくなった楽園を先生本人が見られないのは話が違うんじゃないか?

    いや、それこそ都合のよい台本なんじゃないか?

    蓋をしたいものだけ排除し、お気に入りのものは傷つけず傍に置きたいだなんて、そんなのまるでガーデンと変わらないじゃないか。



    *


    「……イヌイさんは…….冷静だね」
    「……そうやね。そう、なるしかあらへんさかい……」

    アルゴ先生と話している最中に、ボクは勢い余って部屋を飛び出してしまった。後から追いかけてきてくれたイヌイさんは落ち着き払っていた。取り乱したところで何も解決しないのはわかってるけど、ボクはなかなかそれが上手にできない。

    「…んん〜〜〜難しい〜〜〜〜〜……どうしたらいいんだかさっぱりわかんないよ〜〜〜〜………」

    つい、弱音を吐いてしまった。
    イヌイさんは宇宙船に興味があるようだったが、ボクはついて行かなかった。 多分今行ったら、いっときの感情で船の破壊を試みてしまいそうだったから。

    あと一週間で…このとっ散らかった頭の中は、どうにかなるだろうか。
    ……どうにか、しなきゃいけない。
    イヌイさんは、既に腹が決まっているようだった。
    あのメッセージを見た他の皆はどう思っているんだろう?
    気になることにかたっぱしから突撃して、そこから答えを見つけ出すしかない。
    燻ったままでいて、たまるか。


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