「
オレちゃんの報告書は読みましたかなのです?」 ボクと向かい合ったアルゴ先生は、やや顎を上げながら尋ねる。 先生と決闘(正確には生徒と教師間では成立しないが、便宜上ね!)の日取りを決めた際、読んでくるよう宿題を出された。アルゴ先生がマギアビーストと戦った時の様子が書かれたものだった。
「読んだよ!…せんせぇが強いのはわかったけど…」
アルゴ先生は何かをした。すると目の前にマギアビーストが出現した。 集光魔術、浮遊魔法、変異魔術…今となっては聞き慣れた、ボクらが普段使う魔法や魔術を駆使し、『ガーデンの脅威』に全く反撃の余地を与えず、打ちのめして行く。 先生ならば全クラスの魔法を習得していても何ら不思議ではないし、ボクの知らない魔法も登場してよくわからない部分もあったけど、まだ読めていない魔導書があるのだからそれも当然だろう。
マギアビーストをひとりで撃ち倒すのは間違いなく凄い。でも…反撃の余地を与えず攻撃を加え続けることなら、強化バッヂさえ装備すればボクに不可能ではない。
「とにかくやろ~よ!文字だけじゃピンとこないもん」
とはいえ、流石に勝てるとは思っていなかった。でも、早くこの身をもって実感したかった。 先生の強さを。それが今日の一番の楽しみだったから。
*
いつでもかかって来いというので、『決闘』らしくまず一発、腹部を狙って拳を打ち込む。どれだけ素早くかわすのか見たかった。けれど先生は棒立ちのままただ殴られた。
「え?」
観察の為か?同じチカラで殴り返そうとしてくれているのか?
次は鳩尾に回し蹴りを一発。避けない。そうだ、顔面はダメだろう。オレちゃんのイケメンに傷がつくのは何としても阻止するだろう―――
避けない。ただただ『的』になるだけ。
「せんせぇやる気ある!?」
明らかに手加減をしているのにいらつき、不平をぶちまけながら先生をひと睨みしたときだ。様子がおかしいことに気づいた。表情が明らかにいつもと違う。違うというか、無い。ドールに例えるならば、体だけ『的』として残り、人格コアはラーメンを食べに行ったような感じ。いや人格コアはラーメン食べないけど。先生は全く反撃せず、傷ができた部分に回復魔法『蘇生奇跡』を使っていた。
「なんで反撃してこないのさ!?」
会話をしている時と同じだ。よほど手の内を見せたくないのか。
つまらない。つまらない。
ボクはわざと隙だらけの動きをしたり、幻視魔法をつかって分身しているように見せたり、その辺に寝そべって挑発したりしてみたけれど、先生が本気を出す気配が微塵もない。
「本気の一発を待っているからなのです」
「!?」
そんなこと言われても、全く戦意を感じない相手に本気を出す理由がない。
「どんな手段を使っても罰則にはしませんなのです。だから『本気の一発』をぶつけて来てくださいなのです」
罰則が怖くて攻撃の手が緩んでいると思っているのか?冗談じゃない。 クラスコード・イエローの魔法や魔術は基本的に相手を視覚的に惑わすものが多い。攪乱する必要のある相手がいなければ本気の出しようがない…
…それでも、重たい一発を喰らわないとやる気が出ないというのなら…
「…燃えろッ!」
使ったのは炎の魔法……ではなく、光を集め、熱を帯びた光線を放つ『集光魔術』。
光線を浴びたものは焼け焦げてしまう為、炎の魔法のように扱っているだけ。 運良く威力の高い光線が射出され、まっすぐにアルゴ先生の腹部へ到達する。
「これでどうだ!」
「カガリさん」
確かに焦げる臭いがしている。しかし、先生は表情どころか声色ひとつ変わらない。
「友達できて温くなりましたかなのです?」
蘇生奇跡で、受けた傷をなかったことのようにかき消す。
「そんな事ない!!」
ともだちができて、前よりも夢中になれるものは増えたかもしれない。 でも、ボクは相変わらずだ。優しくなったわけじゃない。 続けて同じ魔術を撃つ。威力は多少落ちても何発か、間隔をなるべくあけないように叩き込む。
「そんなんじゃ魔王になんてなれっこありませんなのです」
狙いが外れた光が落ち葉や枯草を焦がし、たちのぼる不快な煙をだるそうに見つめながら、アルゴ先生は単純作業のように自らの傷を癒す。そして、ボクに一撃も加えていないのに、見事に痛いところを突いてくる。悔しさを叩き込むように、ボクは更に同じ魔術を使う。
「せっかくジオくんがコアを捧げて前に進ませたのに」
「!」
誰にも知られたくないから、 5期生のジオを、わざわざ申請しないと行けないワンズの森まで行き、人格コアを奪った。彼はそのことを全く覚えていない。ボクも思い出させようとは思わない。誰かに言いふらすつもりもない。ボクだけの思い出になるはずだった。 だけど実際はそうではなかった。教師AIはドールの報告書を読むことができる。 『最も傷つけたくないドールの人格コアを呑み込んだ』ことを報告してしまった以上、その情報はもう、ボクだけのものではなくなる。アルゴ先生は、ボクがあの日とった行動を、ジオが意識を手放す寸前に何を言ったかまで、全てわかっている。
「そんな中途半端なカガリさんでは何も識れませんなのですよ」
こうして振り返ってみれば、そこに立っているのは間違いなく『先生』だった。
ボクは『最も傷つけたくないドール』の人格コアを使い欠けたものを取り戻した。 いつかの日記に書いたとおり、結局ボクはボクのまま、何も変わらない。
…そう、文字通り、あれから10日経っても、何ひとつ変わっていない。
アルゴ先生は何も間違っていない。
「黙れ!!!!!」
なにひとつ変わっていない。 変えられていない。
マギアビーストをペットにしたいと思った。
何度か戦闘を繰り返し、言葉を話せる者と会話も試みたが、果たして達成できたか?
学園祭でライブをした。
歌はガーデン中に響き渡った。でもそれから何が進展した?素晴らしい楽園になったのか?
制服を破り、覚悟を示した。
肝心な強さ育っていないなら見掛け倒しだ。
傷つけたくない存在に苦痛を与え、更なる知恵に触れる権利を得た。
でもそれからした事といえば?
どこか新たな場所に足を踏み入れたか?
面白半分でマギアレリックの世界に入り、遊んでいただけ。その中でさえ、 本気で『あのドール』に何度もぶつかったつもりだったのに、トドメを刺すことさえできないで。
ボクは中途半端だ。
ただ好奇心の赴くままに色んなところに首を突っ込んではみるが、面倒なことからは逃げている。 心のどこかではちゃんと気づいてたのに。
こんなんじゃ、決戦のときを待つ勇者に、鍛えてくれた師匠に、託してくれたアイツに、あわせる顔がない。
ボクはバカだ。
もっともっと悔しくなった。 恥ずかしくなった。 心底腹が立った。頭に血がのぼった。 何も考えられなくなった。
ボクはバカだ。
腰を深く落とし、全く手を挙げようとしない相手に一瞬の隙も許すまいと、たかだか数メートルの移動に魔力の約7割を浪費し、アルゴ先生の懐まで転移する。そして懐からナイフを取り出し、的確に胸元を刺そうとするが…
… くらり。
ああ、ボクは本当にバカだ。
同じ過ちを三度繰り返した。 魔力切れだ。 ドールは魔力の8割を使い果たすと身体に影響が出る。 考えずに兎に角突っ走る…ボクの性格が完全に裏目に出た。
溜息が聞こえた。それがこの不毛な闘いに終わりを告げる合図だった。 視界が眩しくなった。身体中を痛みと熱が支配した。熱風が身体に入り込み、呼吸が上手くできない。 まさか、これがボクが探し求めていた炎の魔法? …いや、違う。視界を染めるこの色には見覚えがある。これは…
桁違いの集光魔術だ。
*
「カガリさんの強さって、その程度なのです?」
やがて金色の炎が止んだ後に聞こえたアルゴ先生の声は、双つの眼に描かれる水色よりももっと冷え切っていた。
声が聞こえるということは、まだ意識は残っている。
地面に倒れている感覚がある。
立て。
痛みを感じている場合じゃない。
立て。
上手く力が入らない。
立て。立て。
足だったら動かせるか?
ぐしゃり。 引力に全く逆らうことができない。
「…普通なら、とっくに死んでいますなのです。 これ以上立ち上がって…何ができると思いますなのです?」
声が上手く出せない。代わりにゼェゼェという掠れた音が鳴るだけ。 アルゴ先生の問いかけに、答えることさえできない。 身体がまだ僅かに動くなら、魔力が完全に尽きたわけではないだろう。 せめてもの抵抗に、この体勢のままなけなしの集光魔術を打つか?
『貴女はもう少し賢くなって頂けると良いかとォ?』
…いや。 完全に目的を見失っていた。 ボクがアルゴ先生と闘いに来た理由はなんだった? 先生の強さを『識る』、それは何のためだった? ゆっくりと深呼吸をする。そして…
「………」
「カガリさんは、オレと友達になれると思ってるんですか、なのです」
一か八かで放った念話魔法が、恐らく、先生に届いた。
「オレは……生徒と対等にはなれない、なのですよ」
先生はボクを見下ろしているのだろう。頭のちょうど上に、声が飛んできている。 当たり前のように語尾にくっついている口癖が、妙にとってつけた感じがする。
「一緒に遊ぶ。時には喧嘩する。肩を並べて隣に立つ。……ぜんぶ、無理なのです。だから、諦めようと思ってますなのですよ」
どうして?どうして諦めるの?ボクはこんなに諦めが悪いのに。 イヌイさんは?学園祭の最中ずっとイヌイさんのこと気にしてたよね。 ふざけて一日に何回あのコの名前を呼んでいたか数えるぐらいには、あのコと友達になりたがっていたの知ってたよ。 頭に次から次へと言葉を浮かべる。それをどれだけ相手に伝えることができただろう。
「イヌイさんも、友達ではありませんなのですよ」
該当のドールの名前ぐらいは伝わったのか、ボクの顔にそう書いてあったのかはわからないけれど、先生は続けた。
「オレはずっと友達というかたちにこだわっていましたなのです。それが、憧れの願いだったから……なのです」
…かつて教育実習としてガーデンを訪れていたグロウ先生のように…アルゴ先生もまた、皆と友達になろうとしていた。ボクは先生が来てから、あるきっかけで「ともだち」という存在を身近に感じることができた。そのうえで、ボクも友達をつくってみたかった。 だからあの日、ボクはアルゴ先生に向けて『友達』に関する報告書を出した。 友達とはどういうものか、ボクなりに解釈した報告書を。それなのに…
「でも、友達以外のかたちだって良いんじゃないかって……憧れたあの星が目指したものとは違うけど、でも、オレなりの、オレだけの未来を作るレシピを、見つけたい、なのです」
……それが引き金になったのかは謎だが、かえってアルゴ先生を、諦めさせてしまったようだ。 大事な友達=最も傷つけたくない相手である必要はないのと同じように、友達以外の関係性を築くのは、冷静に考えたら悪い話ではない。でも、この時のボクは、ただただ悔しかった。
『オレなりの、オレだけの未来を作るレシピ』…その意味がわかるのは、いつなのだろう?
「カガリさんなら、同じ道を選んでくれると思ったなのです。ガーデンを、より良くしてくれる……そして、オレや他の生徒の価値観をぶっ壊して、新しい世界を切り開いてくれる……そんなふうに、期待してる……なのです」
遠のく意識の中、これが最後に聴こえたアルゴ先生の言葉だった。
ボクは強いと思っていた。
たまたまボクと決闘したドールがボクより強いだけだろうと高を括っていた。
少し強く押せば簡単に折れてしまう、周りはそういうもので溢れていると信じていた。
だってずーっと昔に、確かにボクは沢山のドールを破壊していたのだから。
ガーデンに入学するよりも遥か昔から、ボクは確かに存在していた。
ボクの楽しみは、ドールを破壊することだった。
非力なドール達の悲鳴が
憎しみを帯びた目で抵抗するドールが死の恐怖に怯える様が ボクは楽しかった。
楽しくて、楽しくて、歌ってしまうほどに。
でも、きっとボクは強くなんてなかった。
ボクは多分弱かったから、自分より弱いものを傷つけることで優越感に浸っていた。
弱かったから、暴れまわるボクをガーデンは捕らえ、人格を消去できたのだ。
記憶を取り戻した直後は、やはりボクは『魔王』にふさわしいと確信したつもりだった。 でも蓋を開けてみれば…こんなのただの弱い者いじめじゃないか。
小さなことで満足している、ハリボテの魔王だ。
「っ…ぶ、…壊し………」
意識を手放す直前、無念さの一部が言葉として漏れ出た…ような気がする。 それに対して先生が何か言ったかどうかは、わからない。
Diary041「中身のない歌」
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