「それでは確認しますなのです!」
アザミとワンズの森へ行き、『魔王』として『勇者』に宣戦布告をしてから半月も経たない頃…ボクは、教師AIのアルゴ先生をわざわざ空き教室に呼び出し、報告書を提出した。
報告書なんて職員室のどっかに置いておけばその辺の空飛ぶまな板…センセーが勝手に見てくれるけれど、これだけはどうしても一番最初にアルゴ先生に見て欲しかった。
先生はいつものようにへらっとした表情でボクの報告書を受け取り、読み始める。水の世界を映したような瞳が文字を追って往ったり来たりするうちに、その表情は大人しいものへと変わっていく。
「これがカガリさんが全力を出して気付いたことなのですね」
いつになく穏やかな声色に、なんだか照れくさくなる。真面目な意見交換より、ふざけた他愛のない話をする方が慣れているから。
「へへへ…正しいかどうかはわかんないけどね~」
報告書から目を離し、ドールよりも一回り小さいアルゴ先生は、ボクを見上げて言う。
「やっぱり、ドールは可能性の塊だと思いますなのです。本当にすごいことなのです」
「あっボクの可能性隠せてない~?えへへ照れる~~」
自分で自分を褒めるのは当たり前のようにできるのに、誰かから同じようにされると恥ずかしくなってしまう理由は、『欠けたもの』を取り戻した後でもわからない。 アルゴ先生はにこりと笑ってから、再び報告書へと視線を落とした。
「……どちらかが強すぎてもダメ、対等に殴り合えるから……なのですか。だとしたらやはり、教師AIとドールは友達にはなれないのでしょうか、なのです。どうやったってオレに……教師AIにドールは敵わないなのです」
改めて内容を目で追いながら、アルゴ先生はぽつりぽつりと言葉を零す。
「確かに強くなっているドールもいますなのです。それでもまだまだなのです」
真剣な雰囲気の声色と不釣り合いな語尾が気になるが、ボクは黙って先生の感想を聞く。
「グロウは、教師AIだけど力がありませんでしたなのです。だから、グロウはジオくんと友達に近い存在になれたのでしょうかなのです」
そこはボクにも全くわからない。 教育実習のグロウ先生…魔法は使えないし、平和主義で甘っちょろい。実験の為に一般生徒を平気で殺害しようとするジオとどのあたりで対等になれたのか…おまけにメンタルケア担当というが感情のお勉強中というちぐはぐな立ち位置……
…感情?
ジオは相手の感情を動かすのが上手い。グロウ先生はそれにまんまと騙された…? …うーん、推測の域を出ない。
「では、オレは?」
先生は続ける。
「力を持つ教師AI(オレ)がドールと友達になるにはどうしたらいいのでしょうかなのです。グロウがジオくんと成し得た対等、とは難しいものなのですね」
「別に難しく考えなくていんじゃない?」
先生が完全に結論を出してしまう前に、口を挟む。
「相手とおんなじ強さで殴ってみたら?」
「同じ強さ……なのです?」
「おなじ強さがわかんなかったら、先に相手に殴らせて…せんせぇもマネすればいいの」
ボク自身それがあまり得意じゃない…でも幸い今迄戦ったことのあるドールはいずれもボクより強いドールばかりだったから、強火でノックアウトさせることはなかった。戦い以外だと……何回かやらかしたことはあるけど。
優しさからではなく、ボクを観察するためにペースを合わせてくれたドールと戦ったときは…結局負けちゃったけど悪い気はしなかった。 全く容赦のなかったドールもいたが……
「ボクはそれだけで先生をイヤになったりしないよ?」
そう。もっと強くなろうと思った。相手を倒す隙を探そうと思った。どんな手を使ってでも。 結局再戦を果たせぬまま、相手はいなくなってしまったけれど。
「…そういえばせんせぇってどれぐらい強いの?マギアビースト何匹分?」
つまるところ、ボクはアルゴ先生の強さを知らない。6期生の生徒…フェンを拷問しているのを見たことはあるけど、その時彼はもう拘束されて動けない状態だったから、フェンと先生の間にどれだけ力の差があったのかは不明。
「オレちゃん、とってもとっても強いなのです!マギアビーストなんて、きみたちと同じものさえ使わなければあっという間のちょちょいのちょいで片づけてしまいますなのですよ!」
先生と一緒にマギアビーストと戦いに行ったこともあるけど…相手がかなり弱っていたので先生の出る幕はなかった。
「ホント~?」
身長で物事を決めるのも良くないけど、ボクよりちっちゃい先生がとってもとっても強いだなんて、イマイチ想像できなかった。だから
「いいこと思いついた!せんせぇこんど決闘しよ?」
提案してはみたものの、実はこの『決闘』というものについても 『なんか死ぬまで戦っても罰則にならないぶっこわれ競技』という認識ぐらいしか無く
「センセーとドールでは決闘は成立しませんなのです」
と秒でツッコミを入れられてしまったので、その日のうちに決闘のルールを一から読み直したのは言うまでもない。
「決闘はあくまでドール同士でこそ成立しますなのです。でも、決闘形式でオレちゃんと何かしたいというのであればいつでも提案してみてくださいなのです!オレちゃんが攻撃だと認識しなければ、罰則はつきませんなのです」
「いいよ。罰則ぐらいついても」
校則を破ると付与される「罰則ポイント」が10になると公開処刑になる。流石に突然死(おわり)を宣告されるのは溜まったものではないので、どんなことをすれば何ポイントついてしまうのかぐらいは調べた。故意的な教師AIへの攻撃は、罰則ポイントが5と、かなり重い。 でもそんなことは大した問題じゃない。だってボクが先生にこの報告書を見せに来たのは
「ボク、先生の強さ知りたいし!」
強さだけじゃない。先生をもっと知りたい。
先生は…多分いろんなボクを知っている。教師AIは生徒の報告書が自由に読めるから。
一般生徒ドールをめった刺しにしたことも
仲間が酷い目に遭っている様子を愉しんでしまったことも…もしかすると、その理由も。
そして……ボクが忘れたことにしたあの日の出来事さえも。
ボクの本質を理解したうえで
“この楽園をもっと素晴らしい場所にしたい”
“キミならノってくれると思った”
そんな言葉を託した先生のことを、ボクはどれぐらい知っている?
ラーメンが好きで、「なのです」が口癖で、ちっちゃくて、教師AIだからお酒には酔わなくて……
…くだらないことばっかり。
「先生にも、ボクがどれぐらいつよ……、……先生に比べてどれぐらい弱いか知ってほしい! そうしなきゃ、同じ強さで殴れないでしょ!?…つまり…えと…」
だから
「ボクは先生…と、……」
今はまだ、言うべきじゃない。外に出かかった言葉を、できるだけ自然に休符に変える。
「今度ボクと戦って!」
休符を明るい笑顔の音符で上書きする。結局さっきと同じ内容を繰り返すだけ。
「ドールからの挑戦はいつでも受けて立ちますなのです!キミたちの本気はいつでも歓迎しますなのですよ!」
明るい音符が返ってくる。応じてくれたのは嬉しいけど だめだ。これじゃ今回もいつもと同じだ。
「ねぇ。もっと素晴らしい楽園をつくりたい…って言ってたよね」
『同じ強さで殴る』とは、チカラに限ったことじゃない。 言葉、情熱、意志…きっとそういうものにも、言えると思う。相手に踏み込んで貰えるように、まずは自分から踏み込まなきゃ。
「先生が思い描く『素晴らしい楽園』って、どんなの?」
「素晴らしい学園は素晴らしい学園なのですよ!そのためにカガリさんがガーデンに革命を起こすというのであれば止めはしませんなのです!」
……先生は、ボクと同じ歩幅で踏み込んでくれなかった。 先生が今のガーデンをぶっ壊したがっているところまでは伝わってる。でも…そのあとは?壊したあとどうするの?やりたい放題の自由な場所にするの?全くわからない。壊して終わりなら、何もなくなって虚しいだけだよ。 だから『その先』が聞きたかったのに。
「気~に~な~るぅぅ~~!!」
先生のこと、な〜んにもわかってない。
……ボクには何が足りないんだろう。 知識?強さ?思いやり?
……欠けたもの?
……取り戻したドール達は、明らかに何かが変わっている。 今のままでは掴むことができない何かを……秘密(プロテクト)を暴いている。 それすら暴く資格のないボクが踏み込んでも、なんの意味もないっていうの?
だったらもっと深く、前へ進む、それだけ。
とまぁ、このようにして最終ミッションに挑む志気が高まったわけだけど…… 足りないものはきっと他にもあるんだろうな。成し遂げた今でも、そう思う。 とりあえずこの日は部活メンバーからミーティングの遅刻を告げるブチギレ念話が飛んできたことにより解散となった。
「あ、そだせんせぇ、全然関係ないんだけどさ…制服って破いたら罰則になる~?」
「制服はドールの持ち物なので問題ありませんなのです。新しいものが必要であれば仕立屋さんにお願いしてくださいなのです」
去り際にした、自分と関係ない質問にはすらすら答えてくれる。…隠し事をするヤツあるあるの行動。 先生含め、この一か月の間で3にんにされちゃ、流石に気づくよねぇ…
…まだまだ、詰めが甘いんだなぁ…
でも、かといって誰かさんのように計算高くなろうとは思わない。ボクはボクなりのやり方でを貫いてやる!
「ただ、一般生徒ドールの制服をいきなり破いてびっくりさせてしまったら不利益になるかもしれないので気を付けて破いてくださいなのですよ!」
気を付ければ他人の私物を破いてもいいらしい。
なんでこの先生クビになんないんだろ。
でもそこが面白いんだよ。だからボクは……
……いや、書く前に、直接言おう。
Diary039「ある報告書」
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