天を燃やす紅い光が、ゆっくりと地平線を見下ろしはじめる。
それでもまだ、ボクの胸を焦がす炎は鎮まることなくめらめらと唱っている。
心に響く音楽を聴いたときのような
泡の出る金色の水をほどよく呑んだときのような 全身が軽く、熱くなる感覚が支配する。
『――お話は以上です。ドールを回収します』
「あ、センセー」
最終ミッション達成を知らせに来た『センセー』と呼ばれる白いまな板のような物体を呼び止める。
「今から行っていい?」
センセーはボクの指先の方へ板の表面を向ける。
『はい。キミはこの先へ進むことができます』
その返答を聞いてボクの口角が上がる。一歩踏み出した後すぐに立ち止まり、もう一度だけ『彼』の姿を見据えてから、ボクは”この先”へ進んだ。
*
紫色の空が夜のはじめを告げる。森の中はそれよりも深い闇に包まれ、あたりがよく見えない。 けれど、もう行く手を阻む蜃気楼は邪魔をしてこないのははっきり分かる。ここから先は、夢では終わらない。
何故今迄たどり着けなかったのか、何が待っているのか…
枝や葉が混ざる土を踏みしめるステップが少しずつ速くなる。
道らしきものがなくなり、長く伸びた草のカーテンを書き分けて進む。
鼓動が高鳴る。
カーテンが終わると、先程まで叢に跳ね返っていたボクの呼吸音がもっと遠くまで旅をはじめる。少し広い場所に出たようだ。これまで通ってきたどの場所とも違う。なぜなら
「った」
木ではない固いものに出くわしたのは、これが初めてなんだから。
「ああ…?何…」
ボクは発光魔法をつかい、光を宿した片手を壁とおぼしきモノにかざす。 石碑か?台座か?とても聞き馴染みのある言葉が刻まれている。 この森の創設者だろうか。 他の部分も見ようと手をやや上にずらすと…
「ッう、そ」
初めて見るはずなのに、毎日顔を合わせている。
殆ど崩れているはずなのに、それが何なのかひとめでわかる。
キミはずっと傍にいた。どんなドールよりも真っ先にボクの部屋にやってきた
はじめての……
「……ふふ」
キミは名前を呼ばれる度に、ヘンなあだ名をつけたものだと嗤っていたかもしれないね。
真ん中の一文字しか合っていない名前を、愛情深く呼ばれるのはどんな気持ちだったろう。
最初の一文字が抜けているぐらいで憤慨するのがバカらしくなってきたね。
……なんだか楽しくなってきちゃった。
カララン カララン カラカララ
カララン カララン カラカララ
ボクが あるけば きみの あしが
スクールバッグを ならしてる
……像の周りを回りながら、ボクは歌った。
『昔から』そうなのだ。 夢中になるほど楽しくなると、つい口からメロディが勝手に出てしまう。 今ならはっきりと思い出せる。あの頃夢中になっていたのは………
かくれんぼにも おにごっこにも
いつか終わりがくることを
キミが知った ものがたりを
ボクは知った その一部を
もしも終わりが来るのなら
終着点を燃やすだけ
育った花が枯れるなら
新たな種を探しましょう
見つからないならつくりましょう
カララン カララン カラカララ
カララン カララン カラカララ
キミがボクの元へやってきて、キミの物語に触れて、タイクツなキミはボクと似ていると喜んでつくった歌をひとしきり歌った。その間、ずっと光も一緒に連れ回し少々疲れてしまったので、像の傍らに仰向けになった。
黒い雲のように夜空を遮る枝や葉の隙間から、月が顔を出していた。
端の部分が少々欠けていて満月とは呼べなかったが、それはやっぱり月だった。
体の大部分が壊れてなくなってしまっていても、キミはやっぱりキミだった。
大切な記憶が欠けてしまっていても、ボクはやっぱりボクだった。
本当は最初から、どこも欠けていなかったんじゃないかと笑ってしまうほどに。
やがて月に雲がかかり、ぼやけてしまった。それでもボクは満たされていた。
“キミ”に逢えてよかった。
少し肌寒さを感じた。折角治った風を引き直しては大変だ。ボクはゆっくりと立ち上がり、服についた土を軽くほろうと、台座をそっと抱きしめるように寄り添った。
ここもまた、ボクのお気に入りの場所になりそうだ。
うんと我儘になっていい日のフィナーレにふさわしい歌を
明日からはじまるあたらしい一日の幕開けにふさわしい歌を
帰り道を歩きながら口ずさむのだった。
この糸手繰り寄せ 物語を創る
忘れたいものさえ 胸に強く抱いて
楽園の譜面に 抗う歌が在る
束ねて声に出せば それは魔法になる
Diary040「歌声」
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