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ガーデンでの生活を記録したり、報告書をボク用にまとめたり。
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    急がば爆ぜろ

    ワンズの森で、『勇者』を目指すアザミに『魔王』になると宣戦布告をしてからやったことは、ガーデンから課せられた最終ミッションの達成…だけじゃない。





    10月に入って間もないある日の、焼きたてパンとコーヒーが香るリビングにて。

    「なるほどー。素早くなりたいと…」
    「うん!得意分野を伸ばす方が楽しいし!」

    ボクの訓練のししょ〜と言ったら、仮面のドール、ロベルト。でもこの日の相手をお願いしているのは…ロベルトと同じクラスコード・グリーンの変身好きなパン職人、ヒマノだ。 何故彼を選んだのかというと……

    「どうせだったらどんな生き物より早くなりたいじゃん?」

    至ってシンプル。

    『勇者』に勝つ方法を、ボクなりに考えていた。 アイツと一戦交えたとき、攻撃は全て防がれてしまったものの、ボクの動きが予測しづらいものだったらしく、終始やりづらそうな顔で戦っていた。
    そういえば、アイツの師匠のシキと戦ったときも、同じ理由でかなりイラついていたようだった。 相手を攪乱できるであろう動きを素早くこなすことができたら…! うん、速さにはある程度自信がある。ぴーじーぴーでも速さを競う競技ではだいたい勝っていた。ガーデンの脅威・マギアビーストとの戦闘で使う特定の能力を強化するバッヂも、失敗はあれど速度を高めるバッヂが一番肌に合う。

    クラスコード・グリーンは魔術を使って様々な動物に変身できるんだけど、特にヒマノはリビングに出入りする度、毎回別の動物の姿をとっていた時期がある…つまり、それだけ箱庭の生き物について詳しい。より素速い動物になってボクの俊敏性を鍛えてもらおうという作戦だ!

    「じゃ今から…春エリアにでも行くー?」
    「…あー…そうだ、今夜グラウンド集合でどうですかー?」

    ボクはすぐにピンときた。

    「決闘だね!?俄然燃えてきたっっ!」

    ガーデンでは、ドール同士が決闘を行うことを許可されている。必ずグラウンドで行う以外ルールは自由。殺し合いをしても罰則にならないし、じゃんけん3回勝負でもいい。 ところが、10月はガーデンの運動会…ぴーじーぴーの真っ最中だったから日中はグラウンドが占拠されていて使えない。だから夜なのだ。

    「それでは、またのちほどー」

    ヒマノの提案により、春エリアが犠牲にならずに済んだ。
    夜に備え、ボクは競技への出場を控え、体力をしっかり温存するのだった。



    *



    「え…それだけ!?」
    「はいー。頭でもつま先でも、ぼくにタッチできたらカガリさんの勝ちですー」

    日もすっかり落ちたグラウンドにてヒマノが決闘のルールを言い渡す。 傷つける必要すらなく、ただ、触ればOK。 ちなみに、ボクが疲れて動けなくなったらヒマノの勝ち。

    「楽勝楽勝!」

    と、思っていた瞬間がボクにもあった。



    *



    「聞いてない!そんなの聞いてない!」

    手始めに獣化魔術で犬となったヒマノを追い詰めたかと思ったら、目の前で姿を消す。魔法でどこかに転移を?違う。消えた位置から足音が聴こえる。恐らく獣化が解けたのだろう、足音はドールのものだ。
    これは…透明になったように見せる、クラスコード・イエローの魔術。さっき書いた通りヒマノはクラスコード・グリーン。本来使えるはずのない魔法を見せられ困惑し声をあげれば

    「言ってないですからねー」
    「ずるーい!これでもくらえ!」

    姿をあらわしたヒマノが、微塵も疲れを感じさせない声色で返答する。
    ムキになってしまったボクは鬼ごっこを忘れ、爆発の鬼と化す。最近肌身離さず持ち歩いている「グレネードポーチ」の中から爆弾を取り出して投げつける。この袋は無限に爆弾を取り出せるシロモノだ。当たらなくとも爆風に巻き込まれた砂塵で目くらましにならないかと思ったのだ。
    ヒマノは避けるでもなく、堅い甲羅を持つ獣になるでもなく、手だけをナゾのウネウネに変異させ向かってくる楕円形の弾をパシンと撃つ。夜空に舞い上がったそれは轟音と共に、辺りの闇に煌めく花を咲かせた。

    「わぁあ綺麗!!」
    「面白いもの持ってますねー」
    「そうなの!これね~…ってそうじゃなーい!」

    今の隙を使えば一本とっていたかも知れないのに。めらめらと燃えるものはどうしてもボクを魅了してしまうらしい。



    *



    「んん~…難しい…」

    その後も何度か変身したヒマノと追いかけっこをするが、全く捕まる気配はない。 上がりはじめている息を整えながらボクはうなだれる。

    「そう簡単に足が速くはなりませんからねー…」
    「ううう…裏ワザとかでなんとか…」

    地道な努力なんて言葉はボクのアタマには無い。足が速くなる方法だって、素早く見つけたいのだ。

    「裏ワザとは違いますがー…ぶっちゃけカガリさんも【この情報にはプロテクトがかかっています】一番ではないかとー」
    「なんて?」
    「え?」

    出た。
    ある特定の情報を、それを知るべきではないドールに向けて発信すると登場するこの音声。伝えた側には聞こえないらしい。最初にこれを耳にしたのは二か月くらい前だったかな。
    きっと他クラスの魔法が使えてしまうドール達とも何か関係があるのだろう……その推測が的を得ていたことは、そう遠くない未来で明らかになるんだけど。

    「…ぷろってるよー」
    「あー」

    とりあえず、本来の言葉が聞き取れない側も、伝えられない側もこれが初めてではなかったので、お決まりのやりとりを面倒くさそうに交わす。

    「…となると…、あ」

    ヒマノがポンと手を叩く。

    「脚力ではない『スピード』を上げてみるのはいかがでしょうー」

    このアドバイスにはプロテクトはかかっていなかった。

    「どゆこと?」
    「相手の動きを予測するスピード。ぼくが次にどうするのかを素早く見極めるんですよー」

    確かにその通りだ。それができていなければ、ヒマノがあんな瞬時に数種類の魔法や魔術の組み合わせを瞬時に考えられるわけがない。

    「やってみる!」

    決断力だけは早い。まだ何も思いついていないけれど、とりあえずこう言わなくちゃ始まらない。 うんと速い動物と対等の脚力になるどころか、犬にすら追いつけないのは悔しすぎる。とにかくやってみよう。やっているうちに覚えられることもある。

    ちょこまか逃げる小型犬ヒマノの動きを観察する。本能的になのか、わざとそうしているのかは謎だが、その軌道は時計回りに弧を描いている。それならば逆から回ってやろうとズザっと音を立てて方向転換を…しようとしたのをヒマノに気づかれた。
    さて次はどうする。多分犬は耳が良いから足音を抑えたぐらいでは結果は変わらない。耳が良い生き物…耳が良い生き物を騙すには……

    ……身近な例がいるじゃないか。

    ボクは再びグレネードポーチから爆弾をひとつ取り出し、走りながら頭上に向かって思い切り投げる。当然爆発音が木霊する。物音に敏感な生き物には少し刺激の強い音だろう。ヒマノの動きがほんの一瞬だけ止まった。ほんの一瞬だけ。でも、前以てこうなることを予測していたボクは、そのチャンスを逃すまいと全速力でヒマノに近寄り、手を伸ばす―――

    ぷよん。

    犬だったものが消え、水の塊のようなものが足元を濡らす。 犬が用を足したうえで透明になったか?…いや、違う。この水の動きは見たことがある。クラスコード・ブルーのドールと温泉に行った時……

    『これは液化魔法って言って、自分の身体を液体にすることができる魔法なんだ〜』

    記憶の中の言葉を脳内に響かせていたら、いつの間にか足元の水たまりは消えていた。しまった!ぼーっとしてた…

    もふ。

    目を凝らしてヒマノを探していると、ボクの足首になにかふわふわしたものが当たった。 下を見ると、掌でそっと包めるほどの大きさのハムスターがボクの両足でつくられたトンネルをくぐるのが見える。

    「っっっっっっかっわいいいいいいい~~!!!!!」

    屈んでそのコを捕まえようとすれば、ととととと…と聴いているだけで幸せになれるような足音で駆け抜ける。ああそうだ…愛らしさで忘れるところだった。これは、ちまハムじゃなくてヒマハムだ。
    体が小さい分すばしっこいけど、歩幅も小さい。だから簡単に追いつけ…

    するっ

    こんな時に限ってうっかり足を滑らせる。
    そんな時に限ってちゃっかり鞄からデスソース入りの瓶が飛び出る。
    偶然に偶然が重なって蓋が開きかけだったそれは中身をぶちまけながら宙を舞った。

    「わあっ!」

    その液体量はハムスターの体には危険だったようで、ヒマノは慌てて獣化を解き、元のドールのサイズに戻る。サイズが大きくなった分、ボクとの距離も縮まるということで……

    「あっ」

    グラウンドの土を激辛にしてしまったのと引き換えに、ボクはしっかりとヒマノの服の袖を握りしめていた。

    「やった~!ボクの素早い判断能力の勝利ぃ!」
    「…う~ん、まぁコレはコレであり、なのかなー…?」

    口ではやんわり肯定してくれてはいるものの、全然納得していない様子。 アクシデントに助けられたかも知れないけど、『触れば勝ち』って言ったのはヒマノだもんね!

    「…あ、カガリさんー」

    ややへの字になっていたヒマノの口角が少し上がった。

    「判断力を鍛えるのと同時に、やっぱり脚力も鍛えておいた方がいいと思うんですー。 今の決闘で新たな訓練を思いついたので、試してみてもいいですかー?」
    「ホント!?いいよいいよ!」

    ボクはまだ知らなかった。これが地獄の始まりになるなんて。



    *



    休憩がてらパンを取ってくると一旦グラウンドを去ったヒマノ。待っている間に少し考える。 相手の動きを予測するには、どんな魔法を使えるのかも予め覚えておく必要がある。 日々の授業や同期が開いた魔法の勉強会を、おひるねタイムにしていたことをボクは初めて後悔した。

    ズシィィイン!!

    突然地響きのような音がすぐ傍で轟く。びっくりして目を開けると、見たこともない生き物が佇んでいた。上半身が鳥、下半身がライオンのようだった。ボクはこの生き物の名前も、どれだけ速いのかも知らない。わかっているのは なんかむちゃくちゃ殺気を向けられていることだけ。

    「びええええええええ!!!!!」

    ボクの全力の逃走など物ともせず、その生き物は瞬く間にボクの制服の後ろを咥え、地面のすれっすれを駆け回り始める。速度バッヂに翻弄された時…あるいはそれよりもえげつない程の風圧とあと数センチ高度が下がれば引きずられるという恐怖でボクは絶叫せずにはいられなかった。

    「わあああああん!悪かったってばヒマノくーーーん!!!」

    ボクは決闘で勝ったがヒマノには負けた。
    夜も更けて涼しいグラウンドでたっぷりと冷や汗をかき、そのあと無事に風邪を引いた。


    Diary037「急がば爆ぜろ」
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