ワンズの森は不思議な場所だった。 ガーデンで聴こえる全ての音が封じられ、かわりに木々の囁きや鳥の声だけが響いている。アザミはここで修行や狩りをしたそうだが、ボクは『内緒話をするならうってつけの場所だ』と思った。
そして…奥の方へ進んでいるはずが気が付いたら少し前にいた場所に戻ってきてしまう不思議な現象。ボクは直前に見ていた不思議な形のキノコが目印になっていたからいいけど、ちゃんと景色を観察しながら進まないと確実に迷子になってしまいそうだ…これはガーデンの魔力なのか、それとも…? アザミのように空を飛ぶ手段があるドールでないと、通り抜けられないのかな?
…あれ?
そういえば、アザミはどうして動物に変身できるんだろう。 ボクの記憶だと、それができるのはツノのあるドールだけだった気が……… いや、魔法の授業もロクに出ていないし、自信はない。単なる思い違いかも知れない。 謎は残るけど、とりあえずホンモノのウサギを…あと少しで捕食されるところだったホンモノのウサギを連れてくることに成功。もふもふした体を抱えながら、森の出口へ向かう道すがら、ボクは口を開く。
「あのさぁ…シキくんと戦えて、満足した?」
学園祭の準備で慌しかった先月…ボクは初めて「仮想戦闘」なるものを体験した。
かいつまんで言うと、変なメガネ(ぐるぐるではない)をつけて戦闘訓練ができるシステムだ。撃破対象はカソウタイ(火葬体ではなくて仮想体)とよばれるもので、過去に戦ったマギアビースト(ガーデンを襲ったり襲わなかったりする謎の生き物)等、さまざまな相手が選べるようだが、ボクが戦うことになったのは、とっくに舞台から退場したはずのドール、シキ。
…正確には、アザミがクソデカ感情を抱いているシキの仮想体と成り行きで戦うことになったのでボクも付き添うことにしたんだけど。
経緯とか、実際の戦闘の様子は
アザミの報告書を見てね。
「……どうでしょうね。正直言うと、何か違う感はあります」
戦闘に立ち会っていたのでボクもアザミや敵の様子をしっかり観察していたから、まぁこう返ってくるだろうという気はしていたけど…彼女の口から、しっかりと感触を聞いておきたかった。
「お互いフェアな状況ではありませんでしたし……」
一度決闘したからわかるけど…シキは攻撃をかわすのが上手いドールだった。でも…シキの姿を模した仮想体は、無抵抗にアザミやボクらの攻撃を真っ向から受けていた。ボクが生前のシキに喰らわせたくて仕方なかったチュロスブレードだけ避けられたけど。なんで?
「でも、彼の言葉は本物だったと私の心は言ってます。『いつまであの時に囚われてるんだ——』彼なりに、もう自分に縛られるなって言ってるんでしょうね。きっと……」
シキがガーデンを去って以来、アザミはずっと『強い相手』を探しているようだった。それは『シキと戦いたい』という願いから来るものなのだと思っていたけど……どことなくアザミは消化不良の様子。 まぁ、あの仮想体については、シキとの付き合いがまだまだ浅いボクの目から見てもツッコミどころ満載だったけど……
「まだまだ強い相手と戦いたいと思う?」
「それはもちろん。……ただ、強敵の対象にはマギアビーストだとかアルゴ先生だとかいますけど……なんというか、なんか違うんです。
きっと私が本当に求めてるのは、同じドール……同じ条件での強敵、なんでしょうね……」
その言葉を、ボクは待っていた。
アザミを『ともだち』だと意識し始めてからずっと考えていたことがある。
ボクは彼女にとっても、ともだちとして相応しい存在でいるために、一体何ができるだろう。
お菓子やぬいぐるみをプレゼントする?
……されたことをそのまま返すだけじゃつまらない。
戦いの時、めちゃくちゃ庇う?
……多分それはアザミが喜ばない。
食べたお皿をいつでも洗ってあげる?
……そんなのともだちじゃなくたってやれる。
じゃあ、どうする……?
どうしたら、アザミは『燃えて』くれる?
……ボクが、シキそっくりになる?
動きもできるだけコピーして?
……それはきっとアザミの方が上手い。
発想を変えてみよう。
ボクが『ともだち』にされると嬉しいことは?
どうしてアザミは『ともだち』なのか……?
やがてボクは、ひとつの答えに辿り着いた。
「…ところで、アザミは今ヒーローを目指してるんだよね」
「へ? まぁ、そうですね。そのためにあなたのコアをいただいたわけですし……」
「じゃ、魔王役は空席ってわけだ」
『魔王』………かつてアザミが目指していたもの……でも最終的に彼女は、ボクの人格コアを呑み込んだことで欠けていた記憶を取り戻し、『主人公(ヒーロー)』として覚醒した……と、ボクは認識してる。 ボクのコアを選んでくれたことを咎めるつもりは全くないけど…選ばれた理由のひとつが『ボクがヒーローだと思ったから』なのがどうもピンと来ない。
平気で寮のリビングでナイフを振り回して
一般生徒ドールをめった刺しにして 何事もなかったかのように『ともだち』までつくって。
とてもヒーローのすることとは思えない。
寧ろ…
「ねぇ。『親友が魔王だった』って展開…燃えない?」
「それは、どういう……」
ボクにふさわしい『職業』。
そして……
「ボクが魔王になって、ヒーローの前に立ちはだかってあげようって言ってんの!」
ともだちのために、できること。
「アザミはボクをヒーローだって言ってたけど、一般生徒はぶっころしちゃうし、味方も巻き込んで大爆発起こすし…ライブでは怒られそーな歌歌っちゃうし」
この楽園を『もっと素晴らしい楽園』へと変える使命(?)もある。
「こんなん最早魔王じゃね? だからさ…アザミがタイクツしないように、魔王になって何度も何度も、傷つけに行ってあげる!」
アザミはボクに『燃えること』に沢山巻き込んでくれた。 だからボクもアザミのタイクツをぶっ壊す存在になる。 ともだちのことは大切に思っているけれど、かといって「傷つけられない」わけじゃない。 そんなボクだからこそできることは…きっとこれだ。
「……ふはっ、確かに面白い展開ですね。それに、あなたは私よりも魔王に近しいかもしれませんし」
アザミは、まるでお気に入りの本を見つけたかのように無邪気に笑って言った。
「お互いに傷つけ合い、火をつけあい、タイクツを殺し続けて。そして、いざという時には培った炎で敵を迎え撃つ——」
…ボクは悪夢を何夜も経験してから、度々『アザミはボクの人格コアを取ったことを後悔していないだろうか?』『ヒーローの皮を被った魔王であったことに失望してはいないだろうか?』こう考えていたことがあった。
「——そんな胸熱な物語……最高じゃないですか!」
けれど……この満面の笑みは……どうやら心配するだけムダだったようだ。
「よ~~し!目指すぞ!最凶の魔王!!」
…などと意気込んでいると、抱えていたウサギが、『わすれるな。なでなさい』と言わんばかりにボクの手のひらに顔をこすりつけてきた。
「あ~~~~~かわいい~~~~!!!癒される~~~!」
「途端にポンコツになってません?」
さあ、これからボクの、最凶の魔王になるための大冒険が始まろうとしている。 そのためには……勇者と同じ舞台に立つための「最終準備」を…しなくちゃいけない。 娯楽を貪り、悲鳴を喰らい、なんのためらいもなく他人形(たにん)を傷つける…… 邪悪な魔王が一歩踏み出す理由は…『友』の為。
そんな物語、結構燃えると思わない?
おまけ
「うさちゃんかわいい~!なんてつけようかな~名前」
「そういえば、あのぬいぐるみにはつけたんですか、名前」
「あ、うん。
『ゼロ』」
「まさかレリックゼロから取ったわけじゃないですよね?」
Diary033「光と闇」
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