ガーデンの運動会『ぴーじーぴー』やら、とあるドールとの特訓で引いた風邪が治りかけたある日の夜、暖かい飲み物でも取りに行こうとリビングに降りて行った時のこと。
「カガリさん、こんばんは。風邪でも引いたんですか?」
キッチンに立っている仮面のドール、ロベルトに軽く挨拶をすれば、そんな風に返ってくるだろうと思っていた。
「よぉ、カガリ。風邪でも引いたか?」
ジャケットに『マーチ』と書いているレコードをかけたらワルツが聴こえてきたら、まず中身とケースがちぐはぐではないか確認するだろう。ボクは咄嗟に彼の仮面をはずして顔を確認しようとした。素顔を見たことがないとはいえ、偽物ならば「他に見たことのあるドール」の顔が現れるし、変装魔法なら正体が暴けると思った。
しかし、目の前のドールは素早く避ける。その身のこなしは………見覚えがある。 半信半疑で学園祭で自分に渡した匂い袋の香りを問えば
「チョコレートにスパイスの香りだろ? リツに協力してもらって作ったんだ。よく覚えてるぜ」
まるで別人形(べつじん)の口調だが、確かに聞き覚えのある声ですらすらと言い当てる。 となれば、残る可能性はふたつ。恐ろしいほどのイメチェンをしたか、人格コアを取られたか。
…前者なら…ボクが同じことをするなら中身と一緒に見た目も変えるし、彼はまるで昔からこうであったかのような振舞いだ。十中八九後者だろう。
彼ならば…ガーデン一のお人形好し(おひとよし)の彼ならば、コアを欲する相手に喜んでそれを差し出すだろう。なんなら「あなたの手は汚させません」と自分で自分の体に手をつっこみそうだ。
ボクらドールには『欠けたもの』があり、それを取り戻すためには『最も傷つけたくないドールのコア』を呑む必要がある。きちんと欠けたものを思い出せたら、『奪ったドールのコアを復元する』という選択もできる…と聞いている。けれど、そうしなければ…コアを取られたドールは次の日、全く別の人格となって再び目覚める。どんな性格になるのかさえ、本人は決めることができない。 それでも……彼は「私のことは気にしないでください」と受け入れそうだ。と納得もできた…
それなのに、今のロベルトを「ししょ~」と呼ぶ気にはまだなれなかった。
でも、行動を観察してみれば、彼らしさの断片も垣間見える。 料理好きなのはそのままだし、『自分の食べたいものをつくって』と提案したにも関わらず、ボクの体調を考えたメニューが並べられたり、食べ終わったら率先して食器を片付けたりも…ボクの知っているロベルトの行動だった。
「こういうのって、変えようと思ってもなかなか変えられないものなんだと思うよ」
食器を洗いながらなにげない話をしていた時にロベルトから漏れたひとこと。
人格を形成する物質をまるごと変えられてしまっても、根っこの部分は元々のドールのまま。
それが肯定されたようで、ボクは少し安心した。
別に、死ぬわけじゃないのに。会えなくなるわけじゃないのに。記憶はそのままなのに。 どこか寂しく感じるのはなんでなんだろう。
*
自室に戻り、ベッドに仰向けになる。
ただいまのなでなでがまだだぞと、先月からルームメイトになったうさちゃんがボクの横で枕をフミフミしに来たので、かわいらしいいのちをもふもふしながらふと考える。
例えば…ともだちのアザミの性格が変わってしまったら?
「強くなって立ちはだかる」約束は、なかったことにはならない。
ぬいぐるみをつくってくれた思い出はなくならない。
途端に大マギアレリック持ちになるとも限らない。
友達であるという認識も、きっとそのままだと思う。
現に、片方の人格が変わったけれど、前よりいっそう愛が深くなったように感じるふたり組もボクは知っている。
やっぱりいざ『変化』を目の当たりにしたら今日のようにビビるだろうけど…
アザミなら、大丈夫だろう。
信じているからこそ、ボクは彼女に立ちはだかると、…そのために、彼女に追いつくと決めたのだ。
…決めただけで、まだ何もできていないけれど。
………逆に 人格が変わってしまうと、なにもかも取りかえしがつかなくなるドールは誰だろう。
これまでの日々を……対峙したときに抱く感情を……今の彼(女)だから『燃える』日常に……
一切傷がついて欲しくないと思うドールは………
… 考える間もなく、すぐに答えが出た。
Diary034「変わらないで欲しいもの」
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