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ガーデンでの生活を記録したり、報告書をボク用にまとめたり。
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    たまにはこんなひも

    「しょうゆ味とソース味、どちらにしますかー?」
    「デスソース味ないの~?」
    「残念ながらないですねー。生姜や辛子ならともかく、デスソースはちょっとハードルが高いのでー」
    「じゃ、しょうゆとソース、一種類ずつにしよっかな…」

    学園祭で、主にドールたちが出しているお店のテントが立ち並ぶグラウンド。
    変身上手なパン職人ドール、ヒマノ・リードバックのたこ焼き屋台に足を運んだのは、ボクと…

    「ラズールくんも、それでいい?」
    「はい、それでお願いします」

    同じクラスコード・イエローで、黒髪褐色のドール、ラズールだ。
    多分ボクの日記にこのドールの名前を出すのは初めてだろう。それもそのはず、ボク自身もこのコとじっくり話すのはほぼ初めてだ。






    もうお祭りもあと半月ほどで終わるというのに、色々ありすぎてロクに見てまわっていないことに気が付いた。このままひとりでお店に繰り出すのも良いけど、折角会話にはほぼ支障がないぐらい声が回復したし、他のコも誘おうか…

    付き合いの長いドールに念話を飛ばそうか?
    それともあまり声をかけたことがないドールを呼んでみようか?
    …そうだ、誰か来そうな場所でぼんやり待ち伏せて、さいしょに来たドールを誘ってみよう(なお某白眼鏡は含まないものとする)

    ……と、寮のたまり場に足を運んだところ、既にひとり、そこにいた。それがラズールだった。 ここ数日、ボクと関わりのあったドールについてぼんやり考えたり、日記に書くことが多かったせいか、逆に全く関わりのないドールについてもちょっと興味が湧いてきていたので、挨拶ぐらいしかしたことのないこのコを誘ってみることにした。あまり積極的に学校行事には参加するイメージではなかったけれど、声をかければすんなりついてきてくれた。 そしてちょうどお昼時だったので、こうしてたこ焼きを買った、ってわけ。

    「ラズールくん、普段はなにしてるの?」

    屋台付近に設けられた飲食スペースでたこ焼きを楽しみながら、早速ボクは当たり障りのない会話を始める。

    「そうですね…基本的には自室で授業の予習復習をしています。まだまだ未熟だから」

    会話の回数は少ないとはいえ、ラズールの『声』だけはよく知っている。 なぜならこのドールは放送委員。食堂でランチを食べながら、放送でその声を聞いた回数は少なくはない。

    「えら~い!!」
    「実技がまだまだなので、しっかり覚えたいんです」

    ラズールは座学は得意だが、実技は苦手らしい。とはいえ苦手分野があるどころか授業さえロクに出ていないドールの前では、予習復習しているだけで十分優等生である。 最近のボクは、食堂と音楽室以外ガーデンに用はないと言っても過言ではない。授業に出なくても罰則にはならないし問題ないよね?

    「どこかお散歩に行ったりしないの?」
    「…色んな所を見て回りたいとは思ってるんですけどね…」
    「あ~…箱庭ってめちゃくちゃ広いもんね」

    色んなところを見て回りたい、という気持ちだけで回れるほど箱庭探索は簡単じゃない。ボク自身もまだ行ったことのない場所がある。ゲームセンターや遊園地…そして映画館…には行ったことはあるけど、映画を見るためではなく、ヘンな映画を見せつけてくる上に星や味覚を奪った怪物をシバくため。マギアビーストをペットにする夢は諦めたわけじゃないけど、アレはちっとも可愛くなかったなぁ…そういえば、アレを倒したときに拾ったヘンな箱が多目的室に置かれているんだっけ。ライブのことで頭がいっぱいですっかり忘れてたけど、近々行ってみようかな。

    「気になるところはあるの?」

    ラズールは頭の中でガーデンの地図をたどっているのか、少し考える。ボクはたこ焼きをひとつ食べながら回答を待つ。

    「いつか、海に行ってみたいです」
    「ホント!?海いいよ!燃えるよ!おすすめ!」
    「…燃える?」
    「あ、わくわくするってイミね!」

    偶然にもラズールの口から出てきたのは、ボクにとってかなり馴染のある場所だった。と同時に、ガーデンから足を運ぶにはちょっと根気のいる場所でもある。

    「近道案内してあげるよ!…っていってもそこそこ歩くけど…」
    「それくらいならいい運動になりそうですね、今度ぜひご一緒させてください」

    ほぼ自室にいると言っていたので長距離を歩くのは嫌がられるかと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。『それくらい』と言ってのけるあたり、実はボクよりもタフだったりして。



    *


    「さ~てと、どっから回ろっか」
    「あ、カガリさん…」

    食事を終え、立ち上がろうとするボクをラズールが呼び止める。首を傾げるも、なにやら続きを言いづらそうな雰囲気。結局言葉にする代わりに、おもむろに鞄からノートを出し、表紙部分に手を当てて何やらぶつぶつと唱えると、その面をボクに向けた。
    見ればノートの一部が小さな鏡のようになっている。これはクラスコード・イエローの「反射魔法」だ。ちょっと鏡の形が歪んでいるような気もするけど、このコの言いたいことはしっかりと伝わった。鏡に映る超絶可愛いドールの口の周りにソースがついている。

    「ちょ、ええ!?いつから~!?言ってくれていいのに~~!」

    ボクは慌ててそれを拭う。魔法の実技は苦手とのことだったが、使いどきは十分心得ているようだったので、これが予習復習の賜物か…と関心した。ボクはやらないけど。




    *



    ところ変わって、教師AIのアルゴ先生の屋台。

    「カガリさん、今日はそんなにコレが食べたい気分だったなのですか?」

    アルゴ先生はそう言いながらボクに汁のないラーメンが入ったパンを三つ持たせる。 念のため書くけどここはラーメン屋でもパン屋でもない。的あて屋だ。 センセーによく似た四角い板にボールを当てて、当たり所によって貰える景品が変わるというもの。景品は4種類もあったのに、運が良いのか悪いのか、ラーメンパン×3を勝ち取ってしまったのだ。

    「いや、今どっちかというとお腹いっぱいなんだけど…」

    たこ焼きできつくなったお腹を何とかするためにここに来たというのに、よりお腹を重くさせるもので両手がいっぱいになってはたまったものではない。

    「ラズールくん、パス!!!」

    チャレンジ5回分のコインを払っているので、あと2回のチャンスをラズールに託すことに。運動が得意なのか、ボールを投げる動きがボクより洗練されている。これは期待しても良さs

    「景品はこちらなのですよ~!」

    ラズールが投げた分のご褒美ひとつめは… ラーメンとその具材を凍らせたやつ。

    「オレちゃんせんせぇ、これなに?冷凍食品?」
    「美味しいラーメンアイスなのです!そして…これもどうぞなのです!」


    本 日 4 個 目 の ラ ー メ ン パ ン。


    「ラーメンパンはヒマノさん監修なので絶品なのですよ~!いらないならオレちゃんがひとつお手伝いし…」

    スッ。

    ラズールは表情を変化させることなく、目にもとまらぬ速さでアルゴ先生の手の届かない距離まで、景品を持つ自分の手を遠ざける。アルゴ先生はドール達よりサイズが小さいので、そうすることは容易いのだがそれにしても物凄い反射神経だ。戦闘用の速度強化バッヂをつけたら化けるかも知れない…

    「折角勝ち取ったものですし、おいしく頂きます」

    その俊敏な動きとは裏腹なおっとりとした笑顔を浮かべながらラズールは言った。 料理上手なヒマノのお手製ということがわかったからか、自分が当てた景品だからか、単にラーメンパンが好きなのかはわからないが、物腰柔らかな口調で話すラズールの瞳には、『取ったら許さない』という文字が書かれていた…ような気がした。思い違いだろうか。



    *


    「仲が良さそうなのですが、アルゴ先生はどのような方でしょう?自分はまだ距離を測りかねていて…」

    ラーメンアイスはアイスクリームの要領で食べると恐らく具や麺が崩れて大変なことになりそうだったので、ひとまず今日の屋台巡りはお開きにして冷凍庫に避難させようと寮の方角へ歩く道すがら、ラズールがボクに尋ねる。

    「う~~ん…グロウ先生とラーメンが好きなこと以外は実はな~んにもわかんないんだ ボクもせんせぇもこのテンションでしょ?だから仲良く見えるだけ!」

    正直ボクの中でも、先生の摑めていない部分が沢山ある。だからこそ…

    「けど…もうちょっと仲良くなってみたい相手ではある…かな!」

    そう言って、ボクはふと足をとめる。

    「ラズールくんって、ガーデンのことどう思う?」

    話題を振られて、ふと思い出した。あんな剽軽に振る舞っていても、ガーデンの職員でも、アルゴ先生はガーデンのことを良く思っていない。 …果たして、他のドールたちはどうなんだろう?ちょっと聞いてみたくなった。

    「…まだまだ知らないことばかりです」

    ラズールは少し間を置いたあと

    「見て見ぬふりを…している自覚はありますが」

    と、自嘲するように付け加える。
    思えば、このドールはボクが知っている限りでも2回、ドールが何らかの形で『処分』されるところを見ているので、こんな回答が返ってきてもまぁ、仕方がないか。
    でも

    「ん~、そっちの方が『センセー』は嬉しいんじゃないかな?」

    ボクはイタズラっぽく笑って見せた。特に非難する意図はない。おかしいと思ったことを追及せず、授業や行事に真面目に取り組んでいた方が何も怖いことは起きないのは事実だから。

    「でも…いつかは知らなきゃって思う?」

    ちょっと意地悪な質問をしてみた。
    「強くなるためには、無知であってはいけない」……友達のドールが言っていた。
    一方で「知るための手段が残酷なことだってある」…そう言ったドールもいた。
    だから、正しいかどうかはさておき、純粋にラズール自身の考えを聞いてみたかった。

    「目を逸らせない時が来るなら、知らなければならないと思います」

    とはいえ、ガーデンには「知りたがり」のドールが多い印象だ。 しれっとボクの知らない魔法を新たに覚えてしまうドール、たぶん…ドールなら誰でも持っている「欠けたもの」を取り戻せたドール……。…だから、知らないままでいると、どこか置き去りにされたような気持ちになるのもわからなくもない。けれど…逆にすべてを知ってタイクツになってしまったという話もある(神話だけど)ぐらいだし、多くの知識を身に着けることが必ずしも正しいとは思わない。

    「やりたくなったら、でいいと思うなぁ、ボクは」

    校則に縛られているとはいえ、ガーデン内ではある程度の自由が約束されている。火のない薪は燃えない。やる気に火が付いた時に行動を起こせば良いことを、ボクはにっこりと笑いながら手短に伝えた。 ラズールがそれに対して反応しようとしたその時

    「カガリさんと…ラズール先輩?」

    寮の方からこちらへ向かって歩いてくるドールがいた。クラスコード・グリーンの仮面のドール、ロベルトだ。彼もまた屋台の店主であり、恐らくそこで使うであろう食器を洗い、のんびりと持ち場へ戻る途中だったのだろう。

    「あ、ししょ~!やっほ~!」
    「なんだか、珍しい組み合わせですね」

    ロベルトの声色に笑みを宿しながら言った。今日こう言われたのは三回目だった。

    「ラズール先輩、よろしければこれ、使ってください」

    ラズールが持っているラーメンアイスの氷がちょっと汗ばんできたのを見かねたのか、ロベルトは重なった食器を一番下で支えているどんぶりを差し出した。

    「…え、いいんですか?でも、お店のものでは…」
    「今日は客足も緩やかですし、どんぶりは他にもありますので」
    「それじゃあ…少しの間、お借りします」

    丁寧な言葉で話すドールの間に挟まれ、ちょっと背中がカユくなる。
    でもこれで、ラーメンアイスが溶けてしまっても悲しいことにならずに済みそうだ。

    「折角ですから、お店を見てもいいですか?」
    「あ、それならさぁ」

    器をただ借りるだけでは申し訳なかったのか、ロベルトのお店に立ち寄りたそうにしているラズール。しかし、多分この流れでは「めんどころ」…つまり、麺をがっつり食べるところに向かうことになる。ちょっと今日はこれ以上麺は登場しなくていいかな。ということで、ボクはロベルトが営む、もう一つのお店…匂い袋の「かほりや」へ行くことを提案したのだった。



    *



    ラズールがロベルトに匂い袋の種類や香りの持続時間などの話を聞いている間、ボクは店頭に並んだ香り入りの袋たちを眺めていた。ボクの体調が悪かったときに誰かさんがポストにしのばせてくれた、チョコレートの香りがするものもある。
    他には、果物とそれから…花。 花か……

    そういえば、所属している園芸委員の活動を全くといっていいほどしていない。4月頃に現れた果物のような怪物「フルーツビースト」のうちの一匹が花畑を踏み荒らしていたらしいが、いつの間にか直っていたし…正直、まだやり甲斐を見いだせない。どうにかして楽しくならないものか…

    「カガリさん」

    だめだ。黙っているとムズムズするか意識が飛ぶかのどちらかだ。横から名前を呼ばれて振り返ると、小さな袋を差し出しながら、柔らかく微笑んでいるラズールの姿があった。

    「これ…今日のお礼です」
    「え、いいの!?」

    …の答えを待たずにボクが片手を出しだすと、それを肯定するようにラズールは袋をちょこんとそこに乗せた。オレンジの香りがする。大好きなチョコレートとの相性もよく、食べる機会の多いフルーツだ。

    「やったね!ありがと!」


    こっちが付き合わせたのに、お礼だってさ。
    なんだか最近いろんなドールからいろんなものを貰うなぁ。
    ものをあげるのが好きなドールが多いからかな。
    まぁボクは遠慮という文字を知らないので、貰えるモノは貰うんだけどね。

    屋台制覇までには全然至らなかったが、普段よく話すドール達とでは味わえない新鮮なひとときを過ごすことができた。またこんな風に、意外な誰かと一緒の時間を過ごすのも悪くない。


    Diary030「たまにはこんなひも」
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