ガーデンに入学して、一番最初に話しかけてくれたドールが、いつの間にかいなくなってて、別の誰かと入れ替わってて、結局また元に戻って、更に別の誰かも帰って来て最終的にふたりになった。 こんなはちゃめちゃにややこしい話、信じられる?
8月もあと少しで折り返し地点を迎える。最近日中はほぼライブの練習に費やし、お陰で日を追う毎に少しずつ、歌と呼べるものを伴奏に添えることができるようになっていた。高音を出そうとすると掠れたりとまだ課題は残っているにしろ、声は順調に回復している。
そして夜は…よく交流しているドールを思い浮かべては日記に書いている。 今日の主役は……出だし部分でバレてると思うけど、ククツミというドールだ。
一か月くらい経っちゃったけど、学園祭のフィナーレライブにククツミとククツミが参加することになったきっかけをまだ纏めていなかったなって。 書き間違いじゃないよ。本当に、ククツミセンパイと、ククツミちゃんをスタッフとして迎え入れたんだから。
「待っ……ふえてる………」
時はさかのぼって7月14日。
寮のたまり場にて。 黄色と赤の瞳、頭のちょうどてっぺんにぴろりんちょを持つドール、ククツミがいつの間にかふたりに増えていた。何を言っているかわからないと思うけど、実際増えていたんだからしょうがない。 それぞれ別々の服を身にまとったククツミが、手を繋いだ状態でそこにいた。信じがたい光景を前に、ボクは目を点にした。
いつの間にか二人に増えるって何だ。
事情を知っているであろうロベルトが、いーとかえっくすとか言っていたような気がするが何のことだかさっぱり。新種のマギアレリックだろうか。
「……夢ではありませんよ、カガリさん?」
当時、ガーデンの校則に触れ一か月悪夢の刑に処されていて寝不足だったのにくわえ、出現していたマギアビーストにより味覚まで奪われていたので、娯楽がなくなったことで遂に幻覚症状まで現れるようになったかと動揺していると、片方のククツミが自分に触れてみるかと手を出しながら近づいてきた。 つい最近まで話していたククツミとは違い、丁寧語でほんの少し声が高い。 ボクはこのククツミの話し方を知っている。何度も聞いている。
「あ、あの~…ちょっとおもいっきりほっぺつねって貰える?」
しかし、その話し方のククツミは、先月確かに「いなくなった」はずだった。 だから尚更、これが現実だとどうにかして証明して欲しかった。
「えぇと……失礼しますね……?」
痛いほどではなかったが、ククツミの両手がボクの頬をむに~っと引っ張る感覚がしっかりと伝わってくる。多分けっこうヘンな顔になっているだろう。文字通り失礼された。
「幻視魔法でもありませんよ。幻であれば……こうやって触れることすら、できませんから」
幻視魔法はボクやククツミ…クラスコード・イエローの生徒が使える、自分の幻を作り出すことのできる魔法だからよく知っている。
…つまり
「ゆ……ゆめじゃない……」
ククツミは頬から手を離すと、からころというメロディで笑った。
「ってことは、え、え、」
落ち着いて、状況を整理する。
「こっちが最近よく話してるククツミちゃんで……」
まずは、最近よく見かけていた、葉っぱのような色の服を着ているククツミを見る。
「やぁ、ククツミだよ」
目線の先のドールは『ふわり』というメロディで笑い、手を振る。
「……こっちが…………」
今度は…『からころ』の方のククツミに視線を戻す。 『ふわり』のククツミの人格コアが壊されたとき、代わりにその体に宿った… そして…再び元のコアの人格が戻されたことにより居なくなったはずの… 大好きなドールへの想いを終わらせるために、自らの鼓動(うた)を終わらせることを望んだはずの… ……もうひとりのククツミ。
「ほ、ホントに……戻ってきたの………?」
夢でないなら、聞くことはこれしかない。
「……はい。誰かさんたちが無茶をしたせいで、戻ってきちゃいました。……私(わたくし)に戻るつもりは、なかったのですけれどね」
この時は、誰が、どんな無茶をしたかなんて考えられなかった。 突然いなくなってしまったククツミが戻ってきたのが現実だとわかった瞬間、ありとあらゆる感情で胸がいっぱいになってしまったから。
「……ただいまです、カガリさん」
「バカ!!!」
ただいまの答えが、どうして「お帰り」ではなかったのか? わけがわからないまま、ボクは無我夢中で相手の両肩を摑み、声をあげる。 なくしたと思っていたオモチャが戻ってきたのだから、純粋に喜べばいいだけの話じゃないか。 それなのに、怒り、悲しみ、悔しさ……短調の音楽が、鳴りやまない。
「いきなり居なくなってこっちはマジでびっくりしたんだぞ!?」
「カガリ、さん?……えぇ。勝手なことをして……本当に、ごめんなさい」
ククツミは困り眉のまま笑っていた。そりゃあ困らせるだろうな。 ボクだって感情がパンクしちゃってて困ってたんだから。
「だめでーす。ゆるしませーん。カガリちゃん罰則ポイント1000ポイントです!」
相手から謝罪の言葉が聞けて嬉しい気持ち。 そう簡単に許したくない気持ち。 一体この激しい転調を繰り返す音楽は何なのだろうと動揺するも、おどけたフリで誤魔化す。
「あら、どうしましょう。……ふふ、私(わたくし)がこれから1年かけても、なかなか償えそうにないですね。贖罪券は、売ってくださらないのでしょう?」
許されなかった方のククツミは、とても嬉しそうにからころという音色を奏で、ボクに尋ねた。 このコの声から発せられる「私(わたくし)」という響きが既に懐かしいし、こんなに嬉しそうな顔をしているククツミを見るのは初めてかも知れない。…あるドールが『ククツミの笑顔が好き』と言っていたのも頷ける。
こんな風に笑うってことは、また会えたことを喜んでくれているのかな。
戻ってくるつもりじゃなかった、なんて言わないでよ。寂しかったんだから。
……あの時の気持ちを今のアタマで想像して書き出してみると、こんな感じ…かな。 ……今更本人に伝えるのは恥ずかしいから、たぶん直接は言わないけど。
…そんで、この大量に加点されてしまった『カガリちゃん罰則ポイント』への贖罪として、ククツミにはフィナーレライブのスタッフとして腰が砕けるまで働いてもらうことになった、ってワケ。流れでもうひとりのククツミも巻き込まれたけど、同じ名前を持つ者同士連帯責任ってことでいいよね。ドールの手は幾らでも借りたいし。
…ただここで問題になってくるのが……「ククツミちゃん」と呼ぶと、ふたりのドールに振り向かれてしまうということ。早急に呼び方をなんとかしなきゃいけない。聞くところによると、『ふわり』の方はフユツミ、『からころ』の方はアキツミと呼ばれたりしてるみたいだけど… ふたりを他のライブメンバーに紹介する直前、どんな風に呼ばれるのが好きか聞いてみたところ
「そうだなぁ……誰かが私(わたし)のことを指して呼んでくれる名前なら、なんでも嬉しいよ。ククツミでも、フユツミでも、シロでも」
「……他の誰でもない、私(わたくし)を呼びたいと思って呼んでくださる名前が……私(わたくし)は、1番嬉しいですね」
他の誰でもない特別な呼び方なら、『アキツミ』『フユツミ』が妥当なんだろうけど…どうもボクにはしっくりこない。ふたりそれぞれを特別扱いしたくないわけじゃないけど……よほど不便に感じない限りは、『ククツミセンパイ』と、『ククツミちゃん』と呼ぶことにした。
『ククツミセンパイ』には、入学して初めて声をかけてくれたドールとの
『ククツミちゃん』には、恐怖や戸惑いを乗り越えて少しずつ前に進もうとしたドールとの思い出が込められているから。ふたりをもっとよく知るドールに比べたらきっとちっぽけなものだろう。でも、それがボクの中では大切な……きっと、大切な…思い出のひとつだ。
Diary028「ククツミパニック」
PR