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ガーデンでの生活を記録したり、報告書をボク用にまとめたり。
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    ピアニッシモ

    リツと海で話した後、自室に帰ってきた頃には空が既に明るくなりはじめていた。
    ネグリジェに着替え、ベッドに倒れ込んだ瞬間プツンと意識が途切れ、目覚めたのは昼過ぎ。






    …飲み物でも取りに行こうかとラフな格好に着替え、ふと部屋の出口を見やると一枚の小さな紙が行き場をなくしたように隅でいじけていた。 そういえば、いつだったか誰かがドア下に挟んでいった気がする。何度かドアを開け閉めした際にそのまま部屋に侵入し、角の方へ追いやられたのだろう。

    【ポストのなかを のぞいてごらん?】

    宝のありかを示すような意味深なメモ書きだ。ボクはすぐさま部屋の外へ出てポストを覗き込む。ちいさな袋だ。手に取ればとても馴染のある香りが鼻先を撫でる。

    これは…チョコレートだ。

    袋の感触からして中にチョコが入っているわけではなさそうだし、そもそも中身を出して使うものではないぞと、解かせる気のない頑固な結び目が物語る。 そういえばと端末の履歴をさかのぼり、学園祭でロベルトが出店している『かほりや』で扱っている匂い袋だと認識する。差出人の名前は書かれていないが、本人からだろうか。それとも誰かがわざわざ買って入れたのだろうか。先程のメモの筆跡はとこかで見た気もするけど…思い出せない。
    それにしても、暇なヤツがいたものだ。どうしてこんなことをするんだろう。

    『あんたの言葉で集まったんだからさ…みんな待ってんだよ』

    脳内で響く声が増えてしまった。これが答えだとでも言うのだろうか。
    それに…

    ボクがなんとも思っていなくても、皆はボクのことを放っておかない。

    別の声が言った言葉通りにボクの物語が書き進められていくのが、悔しい。それがなぜかもわからないから余計に悔しい。



    *


    次の日。
    放課後のチャイムから少し経った後、ボクは重い足取りで音楽室へ向かう。 未だにボクの声は何も答えてくれないが、それでも前に進まなくちゃ。

    ……ドアが開けられない。

    皆が怒っているかも知れないから?…いや、咎められることは慣れっこだ。
    いざ音楽に合わせて声を出そうとして…現実をつきつけられるのが、根拠のない「必ず治す」を信じて貰える保証がないのが怖いから?

    …それはそうだ。

    今までボクは好き勝手に、自由気ままにやってきた。周りの信頼を得るような行動は一切とってこなかったのだから、そうなるのは当たり前………

    ………きっと、今一番ボクを信じていないのはボクだ。不安なんだ。当然のようにボクが正しく、すべてが叶うと謳ってきた日々を忘れてしまうほどに。 ボクはいつから、こんなに臆病になったんだろう。悪夢は本当に様々な代償を残していったものだ。
    結局中には入らず、校舎を後にするのだった。

    情けない。自室に戻るなりボクは力無くベッドに突っ伏す…がその二秒後、がばっと起き上がる。

    こんなことではダメだ。

    姿見の前に立ち、息を大きく吸い込む。
    大丈夫。なにも起きていない。
    今日からまたいつも通り。
    ボクは至って、いつも通りだ。
    肩の力を抜いて。

    「……は」

    という発音の……吐息が出た。

    そこに音階はないけれど、これでもつっかえて何も発せなかった初期の頃よりはマシだ。このまま口の形を変えて、少し喋れないだろうか。

    「…は…ひ…ふ…へ…ほ…」

    ……できた!
    やっと…やっと言葉が外に出た。

    「うみ」
    「あさ」

    簡単な単語を発音してみる。
    そよ風よりも小さい音。まだまだ会話には向いていない。

    「…まんじくん」
    「…うーちゃん」

    呼吸を整えながら、ベッド付近に置いてあるキーホルダーと、ぬいぐるみの名前を呼ぶ。

    「…ひょこけーき」
    「…ふれんしそーすと」

    タ行の音がやや難しい。でも少しずつ、少しずつ単語を長くしていく。

    「…れりっくぜろ」
    「…ぐるぐるくそめがね」

    ん?悪口の時だけやたら滑舌が良くなるような。

    「…えあろすらしゃしゃー部」

    ……これが言えないのは前からだ!

    …でも、やっと前に進めた気がする。
    この沈黙の期間は、悪夢を見ていた期間に比べればまだ短いが、一日一日が苦痛で仕方がない。 ほんの僅かでも回復の種火が灯るのは有難い。

    歌えるまでには、まだまだ長そうだが。


    Diary024「ピアニッシモ」
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