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ガーデンでの生活を記録したり、報告書をボク用にまとめたり。
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    メゾピアノ

    ボクが声を出そうと奮闘していた頃、ほんの一瞬だけ、教師AIのアルゴ先生と『話す』機会があった。 少し日が経っちゃったけど、友達に貰ったウサギのぬいぐるみに傍らで見守って貰いながら、その時の出来事を日記にしたためる。






    8月3日の夜、誰もいないたまり場(寮のリビング)にふらりと立ち寄る。 学園祭の準備や出店で忙しいのか、最近あまりここに出入りする生徒がいないが、ボクにとっては都合が良い。ひとりでいる方が喉の緊張がゆるむから…
    そして今回、更にどうにかできそうな方法を思いついたので試そうというわけだ。 7月某日に新しく着任したアルゴ先生の歓迎会が行われたタイミングで実装された、「お酒」という飲み物が注げる装置…今日の主役だ。
    お酒は一見普通の飲み物だが、飲むと一時的に感覚が麻痺するような…よくわからないけど楽しい状態になる。なぜ楽しいのか?理由を考えるのもばかばかしいぐらいに。きっと不安や悩みを抱えた状態でこれを『服用』すれば、一時的にでもそれを取り払うことができるかもしれないと踏んだのだ。

    どのお酒が、どれだけの効果をもたらすのかはさっぱりだったので、直感で赤い液体を選び、グラスに注ぐ。

    どぼぼぼぼぼ。

    思っったより勢いよく出た。こんなにいらない。

    「そんなにワインがぶ飲みしたかったなのですか?」

    ドールに比べるとやや無機質だが特徴のある声が背中にぶつかってくる。慌てて振り向くと

    「もっと注いであげましょうか、なのです!」

    アルゴ先生が突然湧いてきた。いや、だってここに入ってくる音なんて聞こえなかったし、多分湧いてきた、で合ってる。…どうやらボクが飲もうとしていたお酒の名前は『ワイン』という名前らしい。 ドール達の場所に積極的に顔を出しては声音を取り戻すきっかけを探している時期ではあったけど、ここで誰かと遭遇するのは予想外だった。ボクは慌ててポケットから一枚の紙きれを取り出し、先生に見せる。

    『カゼ!喉安静中!』

    発声がうまくいかなかった時うまくごまかすために用意している紙きれで、ずっとポケットに入れっぱなしにしていたのでちょっとくしゃくしゃになっている。

    「カガリさん。誤魔化したって無駄なのですよ。オレちゃんは全部知っていますなのです!」

    ……忘れてた。
    『ガーデンの先生』は生徒の報告書を読んでいる。だから

    「ジオくんと仲良く一般生徒をぶっ殺したくだりからぜ~んぶ知ってますなのです」

    どんな理由で失声しているかも、隠す必要がなかった。 アルゴ先生もちょうど喉が渇いていたようなので、注ぎすぎたワインの消化を手伝って貰うがてら一緒にお酒を飲むことにした。

    先生はボクが分けたワインのグラスの他に持ってきた、なみなみと透明な液体が注がれた大きなコップ(ジョッキというらしい)に目が吸い寄せられていると

    「教師AIは酔いませんなのですよ~。グロウが飲んだらどんな反応したでしょうね、なのです」

    それを見透かしたかのように先生が応える。 確かお酒の酔いやすさはドールの魔力と関係しているらしいが、教育実習のグロウ先生はそういえば魔法を使っているところを見たことがない。酔って暴走するタイプだったらどうしよう。
    先生がボクの隣に腰を下ろすと、お酒が入った容器同士を軽くぶつけ、キン、という小気味よい挨拶を響かせる。それから早速ボクはワインを飲んでみたんだけど…以前飲んだビールとは比べ物にならないスピードで酔いがまわる。一口で体じゅうにほんのりと優しい炎が駆け巡る感覚。二口、三口とすすめていくと、最近までうじうじと考えていたことが些細なことのように感じはじめ、悩みの種を一気に外に吐き出すかのように、ボクはふーっと溜息をつき

    「あつ…」
    「カガリさん、燃えるの早すぎなのですよ」

    アルゴ先生にからかわれ、ボクは初めて感情が言葉として表に出ていることに気が付く。やはりボクの睨んだとおりだった。まだ声と呼べるものは生成されていないにしろ、胸に以前よりも強く希望の炎が灯る。

    「あ!練習前に一杯やったら歌えるかもしれませんなのです」

    アルゴ先生が言っていることは冗談か本気かよくわからない。そこが面白いところでもあるんだけど。
    …でも「いい加減練習に顔を出せ」と遠回しに釘を刺しているように聞こえなくもない。なにせアルゴ先生は学園祭フィナーレライブの共同主催者なのだから。

    「みんなには、なんて?」

    喋れるうちに、先生に聞いておきたいことを話してしまおうと思った。 あまり長い文章を伝えようとするとお酒の力をもってしても息切れを起こしてしまうので、できるだけ端的に。

    「カガリさんのことだから気まぐれでサボってるだけじゃないかって言ってますなのですよ。オレちゃん、生徒のプライベートをぺらぺら喋ったりしませんなのです!」

    気まぐれのサボりが通用しなくなるほど休みまくっているからこの間殴り込みをかけられたんだけど?? まぁ、なんやかんやあって今では練習に復帰できてるからいいんだけどね。

    「せんせぇは、ともだちいる?」

    酔った勢いからか、こんな質問が無意識に口から飛び出した。

    「んー……ガーデンに来て数ヶ月だから、まだいませんなのです。でも『友達』になりたい相手はいますなのですよ」

    友達になりたい相手と言われて、先生がよくからかっている長髪でツノの大きなドールが浮かんだ。そういえばトークショーはどうなったのかな。 …友達…か。 関わったドール達が惨殺される悪夢を見たり、かけたい放題迷惑をかけたのに様子を見に来てくれるドールたちを思い返しすたびに、グロウ先生と『友達』の話をした日に彼が漏らした言葉が脳内で蘇る。
    …彼を慕っているのに、公開処刑シーンを描いた台本を絶賛したり、実際に処刑しちゃったりするアルゴ先生は一体どんな答えを持っているんだろう……気になって、ボクは更にこんなことを聞いてみた。

    「せんせぇは ともだちって なんだと思う?」
    「…………難しい質問なのです」

    言葉どおり、先生はちょっと難しそうな顔をしている。

    「簡単にドールをひねり潰せる立場のオレは、ドールとは対等な友達になれない……みたいなことを、フェンさんに言われましたなのです」

    先生の喋り方に違和感があった。普段彼のことを「オレちゃんせんせぇ」と呼んでいるとおり、一人称は「オレちゃん」だが…なにやら忘れ物があった。さすがに先生も、真面目な話をしているときにはわきまえたりするのかな……という理屈が成立するとしたら以前行われた六期生生徒の私刑がおふざけ行事ということになってしまうのだが。

    「オレがフェンさんを殺した場面、カガリさんも見てましたなのですよね。オレは、グロウが大切にしていた生徒じゃないから、フェンさんのことはどうでもいいと思ってて…」

    確かに大切にしていた生徒ではないけど、『大切にしなかった生徒』でも、きっとない。 ボクにだってそれぐらいわかる。グロウ先生が今もガーデンに居たら間違いなく彼のことも気遣ってあげただろうし、あの私刑シーンに居合わせればこう言ったに違いない。
    『誰かが傷つくのは、悲しいじゃないですか』

    「…そう話したら、グロウのこと何も分かってないってジオくんに言われましたなのです」
    「…ジオ『くん』?」

    待て待て待て待て。
    過去に何度か人格が変わったドールを見てきたから一人称が少し欠けるぐらいはすんなり受け入れたさ。でも何でよりによってあのロールケーキクソ眼鏡だけ『くん』呼びなの?ナチュラルに気持ち悪かったので思わず聞き返してしまった。

    「ジオくんってグロウのこと『グロウくん』って呼んでますなのですよ~!だからオレちゃんもジオくん、アルゴくん、って呼び合う仲になりたくてこう呼んでますなのです!」

    は?
    は?????
    はぁ??????

    『グロウくん』???
    いやいやいやいやいや。
    アイツの脳は二文字以上の名前をきちんと呼べるようにできていない。
    できていたらボクは『ガリさん』なんてクソみたいなあだ名はついていないんだ。
    そもそもアイツがグロウ先生を呼ぶ時は『ロウセンセー』だったはず。
    なんで?なにが起きた?アルゴ先生もしかしてボクをわざと怒らせようとしてる?

    「あ……生徒のプライベートのこと話しちゃったなのです。これは内緒なのですよ~!」

    …内緒、ということはウソじゃない…のか…? …そんな呼び方……ボクの記憶では他のドールにはしていなかったはずだ。 だとすると…グロウ先生はジオにとって、相当特別な存在だった…? アイツも誰かを特別だと思えるほどのココロがあったのか………なんか意外。
    …ひょっとして、アルゴ先生が友達になりたい生徒って……

    … ボクは自分がした質問の内容すら一時的に忘れ、危うく自分ひとりの世界に片足を突っ込みかけたので、ワインを少し勢いよく飲んで一旦頭の中をリセットした。

    「とにかくオレは、グロウが生徒と『友達』になりたいと言ったからそれを目指しただけで……憧れに近づくための踏み台にしようとしてましたなのです」

    憧れに近づくための踏み台、か。

    「そんなオレと『友達』になってくれる相手なんていませんなのですよ」

    友情って、綺麗な物語のなかで育まないといけないものなの?

    「ああ……話が逸れましたなのです。友達が何なのかはオレも模索中なのですよ」

    そもそも誰かと友達になるのに、理由って必要なのかな?

    「カガリさんから『友達』について聞いてくるなんて……ごっこ遊びじゃない、本物の友情に出会いましたか?なのです」

    こう聞かれたのがあと三日遅かったら、ボクは躊躇いながらも、きっと頷いただろう。でも…

    「…わかんないから、聞いたんだ。『教師』なら、知ってるかと思った」

    この時は、首を振ることしかできなかった。

    「教師にも分からないことはありますなのです。分からないことがあるのは楽しいことなのです!分からないから本気になれますなのですよ!」

    …言い得て妙だった。部屋に閉じこもっている間、柄にもなく本気でずーっと悩んでいた。だからお酒が回ってもなお、こんなことを先生に聞いたりしたんだろうな。思考を巡らせる時間が楽しかったかといえばそうでもないけど…この期間があったからこそ…この期間に火をつけてくれた誰かがいてくれたからこそ、ボクは「友達」ついて、ひとつの答えにたどり着いたのだ。後悔はしていない。

    「んんー…辛気臭くなっちゃいましたなのです……あ、カガリさんっぽい名前のお酒があるので呑みなおしましょう、なのです!」

    それからアルゴ先生は、『焼酎』と呼ばれるお酒をグラスにたんまりと注いだ。もっと酔いがまわれば歌えるようにだってなるかもしれないなどと付け加えながら。ボクもその時は一日でも早く歌声を復活させたかったので、注がれた分だけ一気に飲み干すと………

    なんだかとっても楽しくなって
    天井や壁の素材がものすごくやわらかくなって
    アルゴ先生が15体ぐらいに増えた。
    あ、呑みすぎた。
    気づいた頃には全てが手遅れだった。



    *



    次の日の朝、ボクはリビングのソファの上に落ちていた。焼酎に手をつけてからのことは殆ど覚えていない。アルゴ先生が、晩酌の〆にラーメンがどうだと言っていたのがうっすら記憶にあるだけ。その本人がいないということは、多分あのあと自分だけラーメンを食べて部屋に戻ったのだろう。 自室に帰ろうと立ち上がったボクを次に襲ったのは頭痛、めまい、吐き気。正直身体的なダメージだけでいうと悪夢から醒めた朝よりひどい。 こうして、声を戻す手段からお酒はソッコーで除外されたのだった。


    …さて。

    『…ごっこ遊びじゃない、本物の友情に出会いましたか?なのです』

    そのうちちゃんと、報告書を書かないとね。


    Diary027「メゾピアノ」
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