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ガーデンでの生活を記録したり、報告書をボク用にまとめたり。
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    血赤色の譜面

    (カガリには見えない文字で書かれている)
    ※グロテスクな描写、倫理観が欠落した描写があります。








    6月22日、14時過ぎの音楽室。

    入学当初よく此処を訪れては自慢の歌を響かせていたが、フルーツビーストの出現や、再開した授業に阻まれすっかり『暇つぶしスポットナンバー1』の座を海に奪われてしまっていた。
    珍しく音楽室で授業が行われない昼下がり…ボクはひとりミュージカルを楽しんでいた。

    すると、扉が開く音と共にもうひとり役者が登場する。いつぞやもこんな流れで歌い手が飛び入り参加してくれたことがあるので期待に胸を膨らませる。

    「おやァ?先客がいましたかァ……」
    「うぇ、はぁ!?」

    ここよりも算術室あたりから聞こえてきそうな、少なくとも芝居には全く興味がなさそうなドールの声が響いたので、最終的に膨らんだのは胸ではなく頬だった。
    中に入ってきたのは、性悪ビン底渦巻き眼鏡ことジオ。

    「何でこんなトコにオジさん出んの!!」

    あーあ。白馬の王子様だったらよかったのに。白衣のオージ様は呼んでねぇ。
    帰れ帰れ。
    それだけではない。付き添いまでいる。羽が生えているのでクラスコードはブルーだが…知らないコだ。

    「…しかもそのコ誰…?ま~たピュアな女子ドール誑かしてんの…?」
    「またって何ですかァ?」

    「また」は「また」である。 ボクやジオより後に入った五期生歓迎会の時、同じく羽の生えたドールと何かしらあったのをボクは忘れているわけがない。
    どうにもこうにも、コイツと会うと少なくとも5秒後には腸が煮えくり返るし、その日の出来事がいちいち印象に残るからムリ。
    え、え、と僅かに戸惑いを見せる羽のドールの背中を押し、部屋の奥へと進ませながらジオは続ける。

    「誰って、一般生徒の方ですが?」

    一般生徒…寮には住んでいない、ボクにとっては無個性な量産型の置き物以外の何者でもない存在。でも今はそういうことが知りたかったんじゃない。そもそも入って良いって許可すら出してないんだけど。

    「ところでガリさァん……ちょっと音楽室今から借りるわけにはいきませんかねェ?」
    「いやです」

    許可を求めてきたところで断る選択肢以外あるわけがなかった。
    というか順序が逆だろ。入る前に言えそういうことは。

    「やっと勝ち取った貴重な時間を誰が渡すかっての~!」

    授業のない夜に訪れることもできなくはないが、日のあるうちに歌った時の爽快感に勝るものはない。

    「ふむ……ならば、仕方ないですねェ」

    嘘偽りない正当な理由も添え食い気味に拒否する。 相手はこんなことぐらいで引き下がるドールではないことは承知の上だったけど… 話を聞いているのかいないのか、考えるような素振りを数秒…そして

    ガチャリ。

    あこいつ鍵閉めやがった。全く聞いちゃいない。

    「言いふらされたところでガリさんですしねェ」などとやや大き目な独り言をまき散らしながらご丁寧に反対側の扉まできちんと施錠する。 でもボクはその行為をとがめなかった。ここまでしなきゃいけないほど、あまり言いふらされるのも好ましくないほどの何かがこれから始まろうとしているのは間違いない。 …その中心に立っているのがジオなのが気に食わないけど。

    「……何」

    具体的に企んでいることを素直に教えてと頼むなんてしたくないので、ボクは眉をひそめながら簡潔に訊く。

    「ただの実験ですがァ?あァ、ガリさんはドーゾ気にせず歌でも演奏でもお好きに?」

    と言いながらジオは部屋の後ろへ引きずった一般生徒の上に、いつも着ているぶかぶかな白衣を被せるように脱ぎ捨てたかと思えば、次の瞬間ふところから非常に目を惹くものを取り出した。

    …センセーから貰えるステキな道具。

    「ちょっと待ってよ」

    好奇心によって勝手に身体の外へ押し出された声は、思ったよりもちょっと低かったかも。
    偶然とはまさにこの事。ボクはちょうどこんなチャンスを欲していた。 もはや歌への興味は完全に逸れている。

    「そんな面白いことは先客にも詳しく伝えるべきだと思うな~~?」
    「…………へェ?」

    互いの口角が上がる。
    突然真っ白にされた視界を元に戻そうと白衣から脱出しようとしている一般生徒ドールの腹部を、ジオはすかさず蹴るように押しつけ、そのまま壁に固定する。

    「貴女は実験なんて、興味ないかと思いましたがァ?」
    「座学や読書はクソだよ?でも…」

    ボクはというと、密かに持ち歩いてる自分のナイフを取り出して

    「実技は別」

    と続ける。
    目を瞑って聞いていれば、休み時間に生徒同士が交わす日常会話だ。

    「典型的なお馬鹿の思考ですがァ…………なるほど今は悪くなァい」

    いいさ。 こんな光景を見たドールはボクを…ボクらをバカと言うだろう。
    でも今はそれでいい。
    ここのところ、らしくもなく物思いに耽ることも多かったしこれでもかというぐらいバカになってやれ。

    「やりますか?どのみち小生が興味あるのは此れの中身ですからァ?」

    腹部に足をねじ込まれているドールが、声にならない声で序曲を奏でている。
    考えることをやめ、本能のままにナイフを振り上げるボクの顔は、どれほど醜悪だっただろう。
    口を開く前に喉奥から漏れた狂気を文字に書き表すなら 「クヒッ…」「ヒヒヒ…」だろうか。

    「ボクねぇ…前から気になってたことがあるんだぁ~…」

    なんの後ろめたさもない。
    失うものは何もないのだから。

    「このコぶっ壊したら悲鳴上げんのかなって!」

    悲鳴。 そうだ。
    ボクが今一番欲しいもの。
    ずっとずっとずっとずっとずっとずっと…ずーっと聞きたくてうずうずしていたもの。
    誰にも邪魔させない。
    誰にも邪魔されない。
    誰もボクを否定する者はいない。
    タクトを振り下ろして、大合奏をはじめよう。


    ズブリ。

    「    」


    突き刺さる感触。 響き渡る絶叫が、的確に相手を苦しめるような場所を狙えたことを証する。 修行の成果がこんな形で出てしまったら、恩師はどんな顔をするだろう。
    ナイフをぎゅっと握り思い切り引き抜けば、辺りに紅い譜面が描かれる。

    刺す、握りなおす、引き抜く。
    刺す、握りなおす、引き抜く。

    腹の底から絞り出される音階のない歌声に似合いのワルツを。


    壊す、壊す、壊す。
    壊す、壊す、壊す。


    断末魔が五臓六腑をくすぐり、全身が熱くなる。
    燃えている。 ああ、 ボクは、 燃えている。


    壊す、壊す、壊す。
    壊す、壊す、壊す。



    ボクは歌を口ずさみながら なにかしている。

    ボクはそれが楽しかった。

    楽しくて 楽しくて 思わず歌ってしまうほどに。


    燃えている。
    燃えているんだよほら。
    たのしいね
    痛い?
    あはは。
    たのしいね
    こっちは?
    そっか
    たのしいね
    たのしいね
    たのしいね
    たのしいね
    たのしいね
    たのしいね
    たのしいね
    たのしいね
    たのしいね
    たのしいね
    たのしいね
    たのしいね
    たの



    「あ」



    笑い疲れて、ほんの一瞬呼吸をととのえた時、演奏が、既に終わっていることに気が付いた。
    目の前には、紅い譜面に雁字搦めになり溜息ひとつ発することもできず本物のオキモノと化してしまった一般生徒ドール。そして辺りを見回せば…いつの間にか脇に移動していたジオ。

    「殺っちゃったっぽ~い!」

    『砂糖と塩を間違えちゃった』と言わんばかりの口調で話しかけた瞬間に、彼はメガネのズレを直していたようだった。何故だかアイツは見えづらそうな眼鏡をいつもかけている。

    「随分お楽しみでしたねェ?あそこまで楽しそうな貴女は初めて見ましたよォ……」

    自分だけの舞台から戻ってきて冷静になってみると…うわ、そうだ。コイツ一部始終を見てたんだ。なんか嫌だな。 …いや逆だ。見ていたのがコイツだったからこそ「随分お楽しみでしたねェ?」に楽しげな笑いを添えた程度で済んでいるのだ。
    彼に感謝……いやいやいや。するわけない。元はといえばコイツが勝手に獲物を連れ込み、ボクは実験の下処理を代わりに引き受けてやったのだ。感謝されるのはボクの方だろう。

    「はァ……だいぶ殺ってくれましたねェ。中身までボロボロのようにも思いますがァ……ここからは小生のお時間」

    ま、コイツの声帯が感謝を詠うわけもなく…さっさと自分の指揮棒を振り、既に紅く使い込まれた譜面に新たな音符を刻むように、動かなくなったものの体を奥まで丹念に調べ始める。その直前、眼鏡を頭の上に上げたのをボクは見逃さなかった。

    「いや~、なかなかこんな貴重な経験できないからついハッスルしちゃったよね~…」

    流石にそこそこ息が上がったので、普段より落ち着いた口調での世間話を装いながら、白い渦に隠れて滅多に見えない、彼の本来の色を見ようとした。 緑……だろうか。 いや、そう呼ぶにはやや鮮やかさが足りない。
    彼は淡々と手を動かす。集中している為かこちらの視線には気づいていない……気づいていない?いや、本当は気づいていて、頑なに瞳を動かさないようにしている? ボクは素早く目線をジオの手元に移す。

    「それちゃんと中身見れる~?大丈夫そ~?」
    「さァてねェ……中身がみれなかったらもう1人くらいガリさんに捕まえてきてもらいましょうかァ」

    返答が早い。やっぱり没頭していたわけではなさそうだけど…… 魔力変換がどうの、臓器がどうのと今度は独り言を漏らしながら、観察対象の中の「なにか」を探していた。

    その後は、とても穏やかに時間が流れた。 窓を開け放てば、日中の陽気と心地の良い風が、教室の惨状を他所に、何事もないように顔を覗かせては空の向こうへ出かけて行く。

    「なにさがしてんの?」
    「ドールなら、誰しも持っているはずのものがあるでしょゥ?ハートの形をしているらしいアレ……」

    宝探しをしたり

    「……でもそれってさ~、ボクらよりこっちのコの方が体のつくりがタンジュンってことになるよね……?」
    「そういうことになりますねェ。ガリさんにしては良い着眼点です」

    想像の翼を広げてみたり

    「へェ?思ったより柔らかいんですねェ……」
    「この羽、付けてみます?そんなことしたらだいぶ悪趣味ですけどねェ」
    「オジさんにしては可愛いこと言うじゃん」
    「この提案を可愛いと言える貴女が大概だと思いますよォ」

    他愛のない話をしてみたり。
    そう、これは

    「この肉塊触って、我々と違うように見えますゥ?」
    「しんでる。うごかない。…それ以外は同じかな…」
    「えェ、触れた感覚は少なからず同じ……切った感覚も同じか貴女で試し」
    「自分でやって」

    リビングで、教室で、対策本部の戦闘中……よく交わした、
    いつもと何ら変わりない日常。
    日常だ。


    新しい発見もあった。
    一般生徒ドールには人格コアがない。ということはボクら寮生よりも体のパーツが少ないはずなのに、なぜかこのオキモノを壊した時の方が罰則が重い。しかも条件付きで寮生同士が殺し合えばお咎めなし。 それだけボクらの命が軽んじられているのか、それとも……ボクらを殺し合わせることに、なんらかの意味があるのか。

    ……そういえば、罰則……
    校則に触れるとセンセーがそれを知らせにやってくるはずなのだが、そういえば今日はまだ姿を見ていない。

    「防音設備バッチリだからセンセーも気づかなかったかな?」
    「はい?先ほどちゃァんと来てましたが??……やはりろくに聞こえていませんでしたかァ」

    おいいつだコラ。

    「教えたところで止まらないでしょうにィ」

    そういう事は早く言えと咎めればこの返し。実際その通りなのが腹立つ。
    やがてジオは、ここで壮大な演奏会が行われていたという証拠と共に教室を後にした。 やれ実験だ、日々観察だと普段から曰うだけあって、なんだかんだでボクがどういうヤツかをそこそこ理解している数少ないドールの背中を、ボクは不機嫌そうな顔で見送った。

    教室はほぼ元の状態に復元されたが、ボクの制服はかなり賑やかに赤が散りばめられており、歩くだけでガーデンの七不思議になってしまう。 バレずにどうやって帰ろうかのひとり作戦会議は、もう一曲歌ってから開催することにした。



    Diary019「血赤色の譜面」
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