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ガーデンでの生活を記録したり、報告書をボク用にまとめたり。
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    黒い歴史、白い玩具

    冬エリアに突如現れたマギアビースト『皆塵魔機構獣-ベニゾメノセツナ』。
    ピンポイントな弱点、最悪な足場、強烈な反撃の三拍子というクセの強さ。
    確実に滑らず、敵の攻撃は全部避け、上手く胴体に一発打ち込むを繰り返せば楽勝であるはずだったこの戦いでボクは返り討ちに遭った。
    そんな敗北話よりも、意識を取り戻してからの出来事が大変滑稽だったので、今日はそれを書く。







    「お疲れ様、武器等は回収するよ」

    真っ黒な視界に差した光と共に耳に飛び込んできたのは、魔機構獣対策本部に住んでいる(?)モトベさんの声。

    「ふぁ…、い、いきてる……?」

    斬撃を受けたり転んだりと、派手にやられていたはずの体からは微塵も痛みも感じず、ボクは難なく体を起こすことができた。 おそらく、出撃メンバーの誰かが蘇生奇跡をかけたのだろう。 見渡せば、マギアビーストとの戦闘後に乱暴にご招待させられる対策本部寝室の景色。

    「おはよぉ、カガリさん」

    隣のベッドでへろへろになっているドール…ツインテール仲間(おだんご付き!)の熊田みるくの挨拶に応えようとしたとき、先に目に入ったものがボクの関心を逸らした。
    武器を対策本部のボス(?)のモトベさんに返し、いつも通り負傷したドールを気にかけているロベルト……に背負われている白衣のドール、ジオ。
    コイツと顔を合わせると数秒後にはボクの頭が沸騰する。昨日だってボクの歌を邪魔しに来たところから始まって……一般生徒ドールを殺害し、一か月間悪夢が続くというペナルティを受けるハメになった。 意識が戻っていない今こそが、仕返しのチャンスだ。
    ボクは音を立てないように身を乗り出し、スッと眼鏡を奪い取った。

    閉ざされた瞳は疲れ切っているように見えた。原因は今しがた挑んだビーストとは別の所にあるようだ。昨日、徹夜でカガクの本でも読み漁っていたのだろうか。

    徹夜…… ……そうか。

    元はと言えば殺害目的でドールを連れてきたのはジオだし、直接トドメは刺していないにしろそこそこぐちゃぐちゃに抉って遊んでいたから…実質同罪なんだ。多分ボクと同じように、折角の眠りのひとときが台無しになっている…そう考えれば筋が通る。
    彼の内側に今朝新しく偽造(つく)られたであろう世界が、ゆっくりと体力を奪っていったことを物語っている。
    …しっかり、参っているようだった。

    「…と、カガリさん?」

    無理やり目をこじ開けてやろうかと手を伸ばしたとき、ロベルトにバレた。 いつものロベルトならもう少し気配に敏感だっただろう。今回は戦闘中に魔力を使ったり、命削れるスケートを余儀なくされたせいか、かなり反応がニブかった。

    「何をして」
    「あはは!や~だなししょー!」

    ナイフの訓練は4月に受けたあの一回以来すっかりご無沙汰だが、ボクは相変わらずロベルトを「ししょ~」と呼んでいる。 お人形(ひと)好しレベルも平和主義レベルも大輪級の彼に、意識のないドールにちょっかいを出そうとしたことがバレては色々と面倒だ。
    不本意中の不本意すぎて不満しかないが、アレをやるしかない。
    ボクは咄嗟にジオの顔面を摑んだ。

    「な、カガリさん! ジオさんは今」
    「ストップストップ!違うって暗殺じゃないから!」

    目を閉じ、イメージする。 綻びが元に戻る様子を。彼がいつも通り憎たらしく笑う姿を。
    じ~おじおじお…あ、これは違うか。

    「しっかりしろよも~~!!ししょ~だって疲れてんだぞ!」

    詠唱の代わりに煽りにも激励にもなれない言葉を漏らす。 声と魔力が結びつき、共鳴し合えばそれで良い。 やがて、治癒対象の不機嫌そうな唸り声を合図に、ボクは手を離し知らん顔をする。
    瞳の色をもっとよく観察しておけば良かったのだが、とにかくよりにもよって、コイツに蘇生奇跡を使ってしまったことだけは気づかれたくなかった。
    意識を取り戻したジオに声をかけようとするロベルトに、先程まで見たことは黙っているようにジェスチャーで伝える。向こうも他に考えたいことがあったのか、その後誰かにこの黒歴史をバラされることはなかった。

    「みるくちゃん大丈夫~?へろへろだねぇ」

    まるで最初からそこに居たように、熊田が座っているベッド布巾で彼女の体調を気遣う小芝居を始める。

    「だーいじょーぶー」

    と言いながら熊田は、ボクが片手に持っているものを取ろうとするので、まるでそれが自分の所有物であるかのように手を高く上げ、遠ざける。

    「ひとのもの取っちゃだめだよ、カガリさん」
    「え、だって…」

    「………ない……」

    「…!?」

    別の方向から、聞いたことのない低い声がもうひとつ。
    聞いたことはないけど、知っている声。
    まさにボクが取られまいと守っている眼鏡の持ち主………ジオだ。
    ロベルトの背中からは降りており、自分の目元を離れてしまった相棒を探している。 かなり小さな声量ではあったが、彼以外には声の高いドールしか口を開いていなかったので、簡単に聞き取ることができた。

    「どこ…………落とした?買えるか?今行けばまだ……どこに…………」

    いつもの…失敗したカウンターテナーのような、ツンツンと神経を逆撫でする声色とは全く違う、素朴で、深みがあって、儚ささえ感じるテノールだ。

    「ジオさん、困っちゃうよ? カガリさんも、デスソース取られたくないんじゃない?」

    くたびれながらも眼鏡を取り返そうとボクの腕をふにゃふにゃ摑んでくる熊田も小動物のようで愛らしかったのだが、今はそれ以上に向こうの観察対象がァ……うげぇ染まってる。 ちなみにデスソースはボクの愛用品ではあるけど私物じゃないよ。

    「ジオさーん、カガリさんが持ってるよー」
    「ちょ、ちょっとみるくちゃん!!」

    しびれを切らして告げ口した熊田にも、慌てているボクにもジオは気が付かない様子。

    「どう、すれば……誰にも会わずに帰れるか……買えたとして受け取るまでは……」

    一般生徒ドールの身体を平気で切り開き、せせら笑いを浮かべながらもぎ取った腕を寄越してくる…そんなドールの周りに、不安や焦燥の旋律が渦巻いている。珍しいこともあるものだ。

    「ちゃんと返さなきゃ、ね?カガリさん」
    「しょ~がないな~~も~~」

    追い詰められている原因となるものをボクも身をもって知らされているからだろうか。 これ以上ジオのみっともない姿を見続ける気にはなれなかった。観念して、ヤツが後ろを向いた瞬間に目的のモノを返してやろうとした、その瞬間

    「しせん、が……」

    ははぁん。
    やっぱりそれも原因だったのか。

    昨日音楽室で裸眼で「作業」をしていたとき、道理でボクと頑なに目をあわさなかったワケだ。妙に納得しながらボクは彼の視界を「いつもどおり」に戻してやった。 すると

    「……??」

    ジオは絶命したマギアビーストのように固まる。

    「シキさん、帰りましょうか、お腹すいちゃった、何か食べましょ」

    その脇を熊田が通り過ぎ、”大事なドール”と共に対策本部を出て行く間も、ジオは頑なに休符を重ねている。 ボクは打楽器を力強く鳴らすように、ジオの背中をべしっと叩く。

    「ッ……ガリ、さん?」

    ようやく、いつもの『オジさん』のフレーズが戻ってきたようだ。 まだ状況がよく呑み込めてないようだったけど。
    対策本部にいる残りのメンバーは別の部屋へ行ったり、真剣に考えを巡らせたりと様々だったので、ボクは表情を変えずに

    「……いい夢見れた~?」

    と尋ねた。

    「…………はっ、今朝イイ夢見たのは貴女ではァ?」

    声の調子は取り戻しても、不自然な休符は正直者だ。

    「………………ウソだ。反応にキレがないもん」

    眼鏡が行方不明になった反動か、夢の内容を思い返して嫌悪したか、その両方かはわからないけど… 何度顔を合わせるたびに言い争ってると思ってるんだ。ボクの聴覚的記憶力をナメるな。

    「ま~~~いい夢見たのはその通りだけどね~~」

    まったく、良い夢だった。一晩で心を折るようなそれではないにしろ、目覚めた時のあの不快感がこれから一か月続くのか。 でも、胸につかえるものがあるなら、楽しいことを沢山見つけて上書きしてしまえばいい。 タイクツさえなければ、ボクはどんな時でも燃えることができるんだから。 ビースト退治だっていい気晴らしになるし、もうすぐ学園祭だってある。 ガーデンの悪夢に付き合っている暇などボクにはないのだ。
    頭の中を忙しくさせながら、既に寮の入口を目指し始めているボクの耳には、ようやく対策本部の出口に目を向けたジオの

    「……面倒な相手に知られましたねェ」

    という独り言は、流石に聞き取ることはできなかった。


    Diary019「黒い歴史、白い玩物」
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