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ガーデンでの生活を記録したり、報告書をボク用にまとめたり。
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    死せる輝き

    「……我慢、できませんでした。彼女の拠り所を、また……奪いました」

    久しぶりに見たアザミは、紫色の髪と黒い服を赤く染め、罪悪感に満ちた声で呟いた。







    ボクが最初にそれと出会ったのは6月23日。
    学園内に度々現れる脅威「マギアビースト」討伐の際に訪れる、対策本部の入口で出撃に参加するメンバーを待っていた時のこと。
    早速ふたり、こちらに歩いてくる。ひとりは陰に隠れていてよく見えないが、もうひとりはクラスコード・ブルーでおだんごツインテール、ちょこんと聳える楕円の眉がとても可愛い、熊田みるくだった。

    「お~い!みるくちゃ……」

    彼女に向かって手を振ったその時、隠れていたドールの姿が露わになり、ぎょっとした。

    「……なんで!?え!?」

    いないはずのドールがその場にいる。いやそんなわけはない。彼は確かにあの日、溶けた。
    半信半疑で駆け寄る。黒い被りに片方折れたツノ、金髪の髪……褐色肌であるところまで
    4月3日に廃棄処分されたドール、シキと瓜二つだった。

    「あら!カガリさん!出撃、一緒に頑張りましょうね!」
    「いや頑張るけども!それよりなんでシキくんがいんの!?」

    すぐ横で仮面のドール、ロベルトの「お疲れ様です」という声が聞こえてきたけどそれどころじゃない。 生き返ったのか?どうやって?ガーデンの技術で? いや、それが簡単にできてしまうなら廃棄処分の意味がない…

    「……シキさん?」

    ロベルトは、動揺しながら目の前のドールの顔を見つめている。
    熊田に話を聞いてみると、以前ボクが辛~いシュークリームを作るのを手伝って会場の熱気を爆上げした決闘にて勝利した熊田が、決闘の報告書を片手に、願いが叶う…かもしれない箱(皆は「サングリアル」と呼んでいるけど確か本当はもうちょっと名前が長かったはず…)にお願いして『シキさんの人格コア』を貰ってきたという。そんなものまでくれるのかあの箱は。
    で、そのコアを取り込んだものがこちらになります、というわけだが……

    「……シキさん」

    一連の話を一緒に聞いていたロベルトが『戻ってきたシキさん』に呼びかける。

    「…シ~キくん」

    ボクもロベルトに続く。やっぱり反応はない。別に立ったままイビキをかいているわけでなく、微動だにしない。

    「……しゃべんないね?」
    「ほら、何ヶ月も経っちゃってるから、まだ緊張してるんじゃないかなって」

    全く気にしていない様子で笑顔を絶やさない熊田。そして

    「……そう、なん、ですか?」

    自分を納得させようと言葉を紡ぐも、違和感が少しも拭えていない様子のロベルト。
    ……当たり前だ。

    「や、それは無いね」

    ボクはさも当然のように言った。

    「ボクの前で緊張するとか。意味ない意味ない」

    そう。 多分ここにいるドールの中で、ボクは一番シキと過ごした時間が短かった。
    それでも。
    彼はとても察しが早かった。ボクに対して遠慮も、礼儀も、配慮も、その一切が無駄であると真っ先に判断したドールだ。 被りの中の表情は結局一度も見ることはなかったけど、そんなことはどうでもよくなるぐらい、シキは感情も表現も、謎の語彙も豊かなドールだった。

    「なんか別の問題っぽくない?」
    「んーーー?別の問題?」

    それを抜きにしたとしてもこの立ち振る舞い…緊張と呼ぶにはあまりにも「虚無」だ。
    一般生徒ドールを更に無力化したような…もはや「シキくん等身大ぬいぐるみ」と言った方が説得力がある。

    人格コアの移植が失敗したのか
    そもそもシキくんのコアじゃないのか
    廃棄処分のドールのコアを移植しても意味がないのか。

    何らかの理由で、この世界に再びシキの人格が存在することは許されなかったのだ。

    「まぁでも、今全てを求める必要なんてなくて、ゆっくりでいいと思うんですよね」 「ゆっくり……」

    顔を落としたまま呟くロベルトの隣で 「ふ~~~ん…」 とボクは顔のパーツをやや中央に寄せ、考えあぐねる。 熊田はといえば…「ね~?」と「シキくん等身大ぬいぐるみ」に同意なんて求めてる。
    ……この光景には少しおぼえがある。 ボク自身がよく、お気に入りの魔獣のキーホルダーのマンジくんと、うさぎのぬいぐるみのうーちゃん(汚れそうで持ち歩かないからあんまり日記には登場しない!)としているやりとりに似ている。
    早い話がお芝居だ。彼女がやっているのは「シキくんごっこ」だ。 そう思うと、もう目の前のドールは「興味のないおもちゃ」に早変わりだ。

    その後もうひとりの討伐メンバーやってくるまで、ボクは熊田とシキについての話をしていた。彼女がシキと仲良しで、ボクが知らないシキくんを沢山知っていて………

    ボクの頭の中にふたつほど、疑問符が浮かぶ。
    熊田は今見えている世界は、どんなものなんだろう。
    アザミがこれを見たら、どんな反応をするだろう。


    *


    激辛シュークリームの日以来、暫くアザミの姿を見ていない。 件のドールについてのコメントが聞きたくてしょうがなかったボクはある日のお昼ごろ、アザミの部屋の前で出待ちをしていた。
    それが、6月27日。

    「……やった?」

    人格コアが半分なくなったようなアザミを彼女の部屋に押し込み、しっかりと鍵をかけながらボクは単刀直入に聞いた。何となく察しはついていたのだ。運良くボクもこの間、こんな返り血をひっかぶったのだから。 アザミはボクの問いにこくりと頷いてから、ゆっくりと言葉を吐き出した。

    「我慢は、してたんです。でも、無理でした。視界の端に映るたびに、モヤモヤして、吐きそうになって……限界だったんです……」

    溜息をつく。呆れではなく安堵だ。全く持って予想通り。逆にモヤモヤしないパターンがあるなら誰か台本に書いてみろ爆笑してやるから、と言わんばかりにニタ~っと笑って

    「だろうと思ったわ」

    と吐き捨て、対策本部で彼を見た時の印象などをとても簡潔に伝える。

    「……そう、ですね。アレを見続けてたら、頭がおかしくなりそうだったので……」
    「……じゃ、いいじゃん。
    なんで凹んでんの?みるくちゃんの『シキくんごっこ』のジャマして悪かったなーって?」
    「……端的に言えば、そうです。
    でも彼女の心の整理のためには、必要なことだと……思ったから……見ないふりして……」

    アザミは考えを整理しながら少しずつ言葉と言葉を繋げているみたい。
    こんな時、周りのドールならなんと言うだろうか。 『それでも傷つけるのはダメだと思うよ』『まずはゆっくり休もうよ』 脳内に台詞を浮かべてみては、きしょいのでゴミ箱に捨てる。

    「……あれで本当に整理なんてできると思う? 勇気づける台詞ひとつも考えられないオキモノと一緒にいるだけでさ?」

    …やっぱりこれが、ボクなのだ。 優しくなることなんてできない。思いやりのある言葉なんてかけられない。 ばかばかしいから。 ちょうどシキが廃棄処分された時もこんな感じだった。 アザミが落ち込んでいて。 それでもボクはお構いなしで。

    「……わかりません。もしかしたら、何かしらのきっかけにもなったかもしれませんし……」

    あの時はボクの言葉に腹を立てて掴みかかってきたアザミも、今回ばかりは反論する元気がないのか、ひとことひとこと、長すぎる休符をはさみながら喉の外へ押し流す。

    「でも、私は嫌だった。たとえ現実逃避でも、彼女のためになることだったとしても……
    見てられなかった……! だから、壊したんです……復活もできないくらいに……」

    復活もできないぐらいに壊したということは…まさか復活するのに必要なあれを………
    ……そういえば、口元からも血が滴っている。十中八九、呑んだのだろう。 まぁ、それはいいとして。 『彼女のために』……出たよ、ボクの苦手分野。ガーデンのみんな、すぐ誰かの為に考える。 何が誰のためになるかなんて本人しかわかんないじゃん…
    さて、専門外なおはなしはおいといて、

    「よかったぁ。アザミんちゃんと自分で言えてるんじゃん『現実逃避』って」

    ボクはう~んと伸びをしながらボクなりに纏めたことをきっぱりと伝える。

    「できるわけないじゃん整理なんて。
    整理するために受け入れるべきことにもフタして、見えないようにしてるんだから。 アザミんは、それをちゃんと開けてあげただけ。なんにも悪いことしてなくない?」
    「そうだと、良いんですけどね…… せっかくみんなで助けて、最近調子を取り戻してきてたのに……これでまた最初の頃に戻ったらと思ったら……」

    そうそう。
    先に書いたように熊田みるくというドールはボクより前からガーデンに在籍している生徒なんだけど、ボクが入学してから最初の2か月ぐらいは姿を見せていなかった。 いつの間にかリビングで出くわすようになった彼女ははじめ、すごく怯えているようだったけど…気が付いたらハイパー元気になっていた。
    『シキと仲良しだった』以外にボクが彼女について知っているのはこの程度。

    「……そもそも何でみるくちゃん、最初あんな元気なかったの?」

    シキと親しかったアザミはきっと、熊田との接点もあったに違いない。 この機会に彼女のことをもう少し聞いてみることにした。

    「それ、は…… ……たぶん、私がシキさんに決闘を挑んだことが、原因だと思います…… その時くらいから……あまり、顔を見なくなってましたから……」

    アザミは熊田の拠り所を『また』奪った、と言っていた。
    …アザミとシキがよく訓練がてら決闘をしていたことは知っていた。多分それで熊田が寂しい想いをしたか、仲良しのドールが血を流しているところなんて見ていられなくて、人前に出なくなった。 …そこを『みんなで助けた』、多分こんなところ。

    アザミは他人を振り回すドールではない。シキの同意を得たうえで戦っていたに違いない。 けれど結果としてそれは、熊田からシキと一緒にいる時間を奪うことになった。 『やっとふたりの時間を取り戻せた』矢先にこんなことが起きた。 殺されたドールと熊田はいつも一緒にいたから、現場を見ていたのだろうか。いや、見ていなくても、アザミに対して良い顔をするはずがない。もしこの出来事で熊田の目が覚めていたのなら、アザミからは別の台詞が聞けたはずだ。

    「…………じゃ!みるくちゃんとも決闘すればいいんじゃない?」
    「それはダメです」

    アザミは強い口調で否定する。

    「……シキさんにとっても、彼女は大事なドールだったんです。彼が心残りにするくらいには。 ……約束、したんです。みるくさんのこと、頼んだって……」
    「それなら尚更だよ」

    シキの言う「頼んだ」は果たして友達やメンタルケアの先生の真似事をしろという意味だろうか? いいや、違う。

    「道間違えかけてるみるくちゃんをぶん殴って連れ戻すぐらいの事しないと、シキくんの言葉の割に合わなくない? そんで、みるくちゃんにも納得いかないことがあるなら沢山殴り返してもらえばいいじゃん。 どっちかが「降参」って言ったら負けの、 魔法ナシ、殴り合いの決闘! ま、ボクは殺しアリのが燃えるけどね~!」

    お互い踏ん切りがつかないことがあるのなら、気が済むまで殴り合えばいい。 シキとアザミの間にも、殴り合い傷つけあった上で特別な信頼関係が構築されていた。 割れやすいものを扱うようにおっかなびっくりにならないで、いっそどちらかが倒れるまで傷つけ合えばいい。

    「…………ひとまず、また話してみる予定ではあります。だけど……少しだけ。少しだけ、考える時間が、欲しい……」
    「会話だけで解決するとい~けどねぇ?」

    最善の方法だと思ったが、アザミの中で今のところその選択肢は保留らしい。 もっと食い下がることもできたけど、別に殴り合おうが話し合おうが、ボクにとってはあまり大した問題じゃない。だからこそ『話し合う』ことを優先するアザミが、ヒヨっているようでちょっと腹立つけど。
    今更何だよ…オマエ既にドールふたりの身体抉ってるんだぞ。

    「…ま、何にせよちゃんと仲直りしといてよね!二人とも二か月後にはボクのステージの観客になって貰うんだから!」
    「……かん、きゃく? なんのことですか……?」

    これ以上この話題を続けても、今日のところは進展がないと思ったので、ボクはまた思い切り伸びをする。

    「へっへ~。今度学園祭あるじゃん?そこでオレちゃんせんせぇとライブステージやる計画立ててるんだ! …小芝居とうすっぺらい台本まみれのガーデンという素晴らしい楽園をたたえる歌を歌うんだよ~!!どうどう?面白くない?」

    同意を求めたところで彼女が今何かを楽しみだと思える状況ではないことは100も承知。 だけど

    「……ふふ、あなたらしいですね。それは、楽しみです」

    調子を無理に合わせたのか、少し吹っ切れたのか、心なしかアザミの声色が明るくなった気がする。

    「来ないと1000本チュロスブレードの刑だからね!」

    と言って立ち去ろうとして、ボクはあることを思い出す。
    刑……カガリちゃん罰則ポイント……罰則。

    「あり?そういえばさっきの罰則通知ってもしかして……」

    ボクはアザミの部屋に来る前、うたた寝していたところを罰則の通知で起こされたのだ。 (お陰で余計な夢を見ずに済んだけど)

    「……罰則?なんの罰則通知が、きてました……?」

    全部読まなかったけど、ガーデンの不利益がどーたらって書いてあった気がする。
    ちなみにガーデンに不利益なことをした場合は罰則ポイントが3つきます。 校則をほとんど覚えていないボクがなぜ暗記できたかというと……わかるよね?

    「あとで見てみな?」

    そしてこれは、アザミが『復活もできないように壊した』ドールが結局何者だったのか、答え合わせに繋がる通知にもなったわけだ。

    「……そうですね。見てみます。あのドールが、本当に偽物だったことを、願ってます……」
    「ついでに言うとだよ?おっそろいだねぇ、アザミん★」

    「……はい? おそろい?」

    なんのこと?と首を傾げるアザミに、ボクは満面の笑みで答えた。

    「悪夢一か月コースの旅~~!!」

    笑える話でもないのだが

    「ぇ、てことはやはりアレは一般生徒ドール……んん? というかカガリさん——
    どうして、やっちゃったんですか?」

    笑わないとやっていけない。

    「えーっとねぇ成り行き、かなぁ★」
    「……ほんと、あなたってドールは……」

    彼女から時折発せられるキレッキレの「おバカ!」を今日は聞くことができなかったが、頭を抱えながらもほんの少し笑っているアザミを見て、日常を実感する。 こんな当たり障りのない時間を幸せと形容できるなら、悪夢も捨てたものではないのかも。


    ……そう一瞬でも思ったのを後々悔やむぐらいには ガーデンから贈られる悪夢は甘くはなかった。



    Diary020「死せる輝き」
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