入学して間もないうちに箱庭に生えてきた海。
ドールに突然アホ毛が生えるんだからそりゃ海だって生えるだろう。
ボクの暇つぶしスポットのひとつだ。
かつてここで、あるドールにコアを差し出した思い出の場所だから?
違う。 そもそもそんな思い出はボクの中には無い。
単に一定のリズムで奏でられる波の音楽にあわせ、歌うことができるから。
煌煌魔機構獣がグラウンドにとどまるようになってから避難所として美術館が解放されたけど、白一色の無機質な場所
(似たような部屋を寮の中でも見た。壁一面に落書きしてやりたかった)がどうも好きになれず、時折食料確保に顔を出しては箱庭のあちこちを転々とし、最終的に体を落ち着かせる場所として此処を選んだ。
前日の戦闘の疲れがまだ残っているせいか、今日の鼻歌は休符がよく顔をのぞかせる。 浜辺に刻まれる足跡の軌道もとてもふにゃふにゃ。
今この瞬間も誰かが戦いに行っているのだろうか。
いつ、戦いは終わるのだろうか。
ボクはぼんやりとガーデンの方角を見つめた、その時だった。
光の筋が、空の上を目指して飛んで行くのが見えた。
イエロークラスの発光魔法よりももっと強く…
そしてもっと熱をたたえるような…
やがて光が十字型によりいっそうの煌めきを増し、夜の闇へと姿を消した頃、自室から持ってきていた端末がマギアビーストの消滅を知らせる。
ああ、そうか。この光は。
ボクは両手両足を広げて寝転がり、仰向けになる。 目を閉じ、瞼の裏に思い描く。
煌煌魔機構獣に、いなくなった先生の面影を重ねるドールの姿。
飴を渡す時、攻撃を与える時、涙をにじませるドールの姿。
ボクの知らない、彼についての情報を知っているようだったドールの姿。
皆はあの光を見て、すぐにビーストの最期だと気が付いたのだろうか。
嘆いたドールはいただろうか。
トドメを刺したドールは、躊躇っただろうか。
先生と過ごした時間に思いを馳せながら、あの光を見たドールもいたのだろうか。
箱庭で最初の「流れ星」が観測されたとき
「炎の魔法かな」なんてのんきなひとりごとを呟いたのは、ボクだけだったかも知れない。
結局一晩中を海で過ごしたというのに、重くなった瞼をどうにかする気力がなかったボクは
朝になるまで、からっぽな闇夜しか見ていなかった。
Diary016「空っぽ」
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