一日中歌って、森の中を適当に歩いて、疲れたら寝て……を幾度も繰り返さないうちに、早々に飽きが来た。
でも帰るつもりはない。ただただ、ひとりで居たい。
誰かに会ったとしても、もうどう接したらいいかわからない。
そもそも何でこんなことになったんだっけ?
誰かを理解すること、気持ちを伝えることが上手くできなくて
それを上手くやっていて、
友情や、ボクの知らない「愛」を育んでいる周りのドールたちから置いてかれてる気がして……
上手くやれない自分にイラついて全部すっぱり諦めようとしたら、
諦めきれないものまで失った。
最も傷つけたくないドールの人格が、いつの間にか変わっていた。
もう修正不可能な事実を書き換えるという幻想に取りつかれ、結局何もできず………
………逃げた。
楽しんでさえいればいい、そんな場所…『チーム・グレ☆グレ』をつくった。
そうしたら今度は、親友と呼んでいたドール、アザミが
正しいことから逃げたボクの前で「間違えたくはない」と真反対な思想をぶつけてきた。
人格コアの破壊と違って、アザミはきっと一時的なストレスでそんな風になっているものだと思った。
ところが、アイツはずっとずっと前から悩んでいたらしい。
“……はぁ…つまんな”
……そんなこともわからずボクは
生徒会の仕事に没頭するアザミに
必要以上に知識を得ることを阻害するガーデンから皆を守るため、勇者になりたいアザミに
“……すっかりガーデンのイヌだね”
一方的な不満をぶちまけた。
生徒会や、アザミの弟子のドールから手がかりになりそうな情報を得られはしたものの、再びアイツと拳をまじえても「間違えたくない」の一点張り。
生徒会の「環境」という仕事を任されたことが原因じゃないか?という憶測以上の、確かな情報を得ることはできなかった。
やっぱりボクに口で説得するなんて向いてないと思い知らされたので、チーム・グレ☆グレのメンバーを使い、ガーデンを落書きまみれにするという強硬手段に出た。画材を集める過程で無関係な理事長にも危害を加えた。
……全部アザミのせいだ。
辛いのに、生徒会をやめようとしなかったから。
そう、言い聞かせた。
*
10月13日…
落書きを終え、日が昇った頃……ボクはアザミを監視した。
屈折魔術で姿を消して監視をするって方法もあったけど、ぶつかってバレるリスクがあるので別の方法で。
アザミがひとりで黙々と落書きを消している場面、途中何体かドールが声をかけた場面、何を話したかまではわからないけど…チーム・グレ☆グレの活動室から、ボクはしっかりと”視て”いた。
幸い誰にもバレなかった(か、スルーされた)っぽいけど、清掃現場には黒くてちっちゃい、一つ目のハムスターがコソコソと動き回っていたことだろう。
え?使い魔?いや
あのジジイは今んとこ何にも役に立ってない。
とにかく、そのハムスターと視界を共有していたんだ。 …監視を始めてものの数分で、カワイイからってだけでハムスターを呼び出した(正確には違うけど省く!)ことを深く後悔した。
あのコが他のドールの視界に入らないために時折猛スピードでどこかに隠れたり、ちょっと高いところによじ登ろうとしてはストンストン落ちるものだから、呼び出した時に魔力をごっそり持って行かれた(食べ物で多少回復したとはいえ…)のもあって…まぁ酔ったよね。
一旦窓をぼんやりと眺めて、再び目を閉じて監視を再開した頃には、アザミは2階の奥…図書室に立ち尽くしていた。
ボクが書き残した「TEAM GRAET GRENADE」というアルファベットを見たまま暫く硬直して……突然変なスイッチ…あるいは許容量以上のお酒でも入ったかのように、その後の作業は全て、上がりっぱなしの口角がお共だった。
……何を思ったかは知らないけれど、少なくとも犯人を察したみたいだ。
楽しそうというよりは……全てがどうでもよくなった、そう物語っているような笑み。
ちょうど……逃げ出したときの、ボクのようだった。
…そして、アザミに直接感想を聞きに行く前に、
ボクは…誰かと一緒にいるのが怖くなり、衝動的にワンズの森へ引き籠った。
*
ワンズの森で大の字に寝転がりながら、木々の間から見える空をぼんやり眺め、これまでのことを順を追って思い出す。
アザミが悪い。何も話してくれないアザミが全部悪い。
……本当に、言葉だけが全てだった?
これでアザミは生徒会の仕事がうんざりになって、ハッピーエンド?
友の為に自ら手を汚す、熱き友情の物語?
……違う。
こんなのただの嫌がらせだ。
生徒会をやめたとしても、確実にボクは嫌われてるだろうな。
……嫌われる必要って、あったかな。
…そういえば、監視してた時、ククツミセンパイも映ってたな。
名前も顔も声も瓜二つのドール、ククツミ。”ククツミセンパイ”は全体的に喋り方がふわふわしてて、抹茶みたいな色の服を着てる方。
落書きを見て憤慨するでもなく、映写画の撮影してたけど……鉢合わせたら多分怒るんだろうな。
ククツミセンパイとは、7月のあの一件以来、一切言葉を交わしていない。
*
3か月前…決闘以外の目的でドールの殺害が3回起きたって通知が来た。 犯人は仮面のドール、ロベルト。そして被害者は3回ともボク。
なぜ知っているかって、ボクがやらせたから。だから被害者じゃなくて「共犯者」が正解かな。
別に殺人鬼になりたいとかじゃなくて、ドールが傷つけられるところを見るのが苦手で自己犠牲にすら走ってしまう彼にも、欲しいものを得るために”時には傷つけなきゃいけない場面”を乗り越えなきゃいけないから、いざって時に「やっぱやーめた!」って逃げ出さない為。
前に一度一回試してダメだったから三回やれば?ってボクが提案したんだ。というか半ば強引に言いくるめてそうさせた。
躊躇なんてしてたら何も進まないもんね。最善の選択のはずだった。
…ところが、ククツミセンパイにガッツリ怒られちゃったんだ。
“……もちろん、ガーデンはそういう被害と隣り合わせだってことは知っているよ。
故意であれ事故であれ、人格コアが変わってしまうこともある。”
“その時に私は、まぁ……驚きはするだろうけどそれを受け止めるし、
誰かが変わることを自分の意思で決めたのなら、
引き留めることはできないかな”
ククツミセンパイが言っているように、ボクだってロベルトの背中を押すために上手いこと助け舟を出したと思ったんだよ。
“けど、だからといって 『誰かが誰かに殺されてもいい』だなんて、
『自分で自分を粗末に扱ってもいい』だなんて、
今の誰かの人格コアが『安易に破壊されてもいいもの』だなんて、
思えないし、思いたくもない”
だったらどうすれば良かったの?
どうせセンパイは賢いからそこまでちゃんと考えるんでしょう?
ボクと違って。
あの時、特に冷静さを欠いていたボクの中から、悔しさがふつふつとこみ上げてくる。そこに
“……カガリくんも、そう思ったんじゃないの? だからあの時……”
…冷静さを欠いた原因であるジオの人格が変わったあの日の話を持ち出され
"犯人わかったんだしもう帰っていいよね"
それ以上触れられる前に、ククツミセンパイの言葉を遮ってしまった。
“人格コアが安易に破壊されていいものじゃない”
……言ってることはわかるよ。 現にコアが破壊されて別人格になったドールの前でガチで取り乱したし、それ以外にも コアの破壊までは至らなかったけど、コアが入っている部分が切り裂かれた状態のドール(ちょうど、ククツミふたりだった)を発見した時も、胸がざわついて、無心で蘇生奇跡を使って傷を塞いだ……意識が戻ったら、ざわつきがスーッと消えて、身体が少し軽くなったあの感覚…よく覚えてる。
でもそれは、恐らく不意打ちを喰らったからで… ボクの3回の死は、お互いの信頼で成り立ってるものだし… 何より無事だったんだからいいじゃん?
……やっぱりボクが怒られた理由は……まだわかんない。
…ロベルトは、どう思ってたんだろう。
傷つけることに対して抵抗がないボクでさえ焦ったってことは、3回も殺害を強制させて、もしかして相当参ってたりするのかな… しかも、多分ボクがククツミセンパイに全部バラしちゃったから、ロベルトも相当怒られてるはず。
なんか…どっちが被害者かわかんなくなってきた。
*
ククツミセンパイと気まずくなっちゃったから、あのコは風紀委員でも生徒会でもないけど、チーム・グレ☆グレの招待状は送らなかった。……同じように、送らなかったドールが、もうひとりいる。
……ジオだ。
日が沈んできた。
空が赤く染まりはじめ、木々が黒いシルエットになる。
『最も傷つけたくないドールの人格コアを呑み込む』という、ロベルトも挑もうとしている、ガーデンから課せられる最終ミッション……一年前、ボクがこの森でそれをこなした時も、こんな空だった。
“変わらないでね”
その願いは、誰にも届いていない、聞こえていない。
何事もなかったかのように、彼が何も知らないまま、次の日を迎えられたらそれで良かった。
でも…こんな事なら、全部、全部言っておくんだった。
釘さしておくんだった。
……いや、釘をさしたところで、アイツはボクの言うことなんて……
……違う……全く聞かないドールならそもそもコアなんて差し出すはずない……
………
最終ミッションを達成した後、ジオの人格コアの復元は無事に成功した。
それから9か月後に、何者かによってコアが破壊されて、人格が書き換えられた。
あんなの、ボクが知っているジオじゃない。そう思う度に
“……なーんだ。結局おたくも、そういった表面上しか見ないわけだ、カガリさん?”
聞き覚えのある声色、でも全く違った口ぶりの”ジオ”から出た言葉が刺さる。
逆だよ逆。表面上でしか見てないならこんなに振り回されたりしないっての。
かつてのジオ……”オジさん”……
名前のおしり二文字しか読めない(本当はちゃんと読める)、ムカつくロールケーキ眼鏡。
こっちをバカにしたような、不協和音みたいな声で話してくる。
会えばだいたいまずボクからあっちに難癖をつけて、暫く言いあったあと……向こうが「そういう事にしておきますよォ」と折れるか、こっちが言い返せなくなる。
つまりどっちにしろボクは勝ってない。
…でも、それが良かったんだ。
それもそのはず。アイツ、頭いいもん。
非常時で皆困惑してるときにもめちゃくちゃ冷静な意見言えるし、調べたものを纏める時もめちゃくちゃ丁寧で、字も綺麗で見やすい。多分几帳面なんだろうな。
…あの眼鏡って、実はかけるとかえって視界がボヤボヤしちゃうから、アイツ、部屋でそういう作業するときは眼鏡を外すんだ。
……透視魔法で、しかももう1年以上も前に見た一瞬のこと、なんでこんなに覚えてるんだろ。気持ち悪いな。
…とにかく、ボクなんかよりずっとちゃんとしてるから、ノリで何とかしようとするボクが、アイツとの口喧嘩で勝てるはずないんだよね。
他にも色々知ってるよ。
お菓子つくるのが悔しいほど上手い。ピアノも上手い。
感情に関する『実験』をしていたから、感情全振りで歌うボクに合わせるのも、やっぱり上手い。
あ、さっき書き忘れたけど、眼鏡をはずした時の目はちょっとくすんだ深緑色。
あとは……そうだ!
前にいた教育実習のグロウ先生のことを、皆の前では「ロウセンセー」ってやっぱりおしりの二文字で呼ぶけど、「グロウくん」て呼んでた時があったらしい。別のひとからのタレコミだから、いつどこでどんな状態の時にそうなったかは知らないけど。
それと…もっと低くて耳障りにならない、もうひとつの声を持ってる。多分あっちが素の声だと思う。
そして、”欠けたもの”も教えてもらった………
…ほら!こんなに知ってて表面上だけだなんて言わせるもんか。失礼しちゃうよ。
………
……そう言い返せなかった。
だって
どうして普段はわざわざあんな、喉痛めそうな声で喋ってたんだろ。
眼鏡をかけてたのは多分……目をあわせるのが苦手だから…だと思うけど……
かといってわざわざ視力がガタ落ちする眼鏡なんてかけるかなぁ……?
どうして、感情の実験をしたいと思ったんだろ。
そんな深い話、全然しなかったもんね。
向こうが簡単に話してくれないし………、……はは、アザミん時と、言ってること一緒だな。
だからこそ、暴きがいがあるドールだって、面白かったのに。
暴くチャンス、なくなっちゃったな。
結局、ジオの中身なんて何も知らないんだ。
ジオだけじゃない。他のドールのことも。
だから
アザミが悩んでいるのに気づかず、嫌がらせをした。
ロベルトに良いことをしたと思った。
ククツミセンパイが怒った理由がわからなかった。
コアを失った日の記憶が飛んでいて、多分どうしてそんな事が起きたのかさえ知らないジオを、偽物だとののしって、手を上げた。
言葉が、想いが、上手く伝わらない。
それはきっと……ボクが何も、理解していなかったから。
ボクの方が、皆の気持ちを都合よく解釈したり、逆にどうにもできなくなるとつっぱねていたから。
……でも そんなこと言われたって、自分じゃない誰かの気持ちなんてわかんないよ。
わかんないから、想像するしかないじゃん。
それが上手くいかなかったらもう、どうしようもないじゃん。
ガーデンに入学する前から、楽しんで殺しにさえ手を染めるようなボクなんかじゃ… もっと優秀なコの人格コアと入れ替えてでもくれなきゃそんなの……
そんなの………
………
………
……… 良いことを、思いついたかも知れない。
Diary082「まちがいさがし」
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