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ガーデンでの生活を記録したり、報告書をボク用にまとめたり。
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    炎と氷

    10月25日、ワンズの森をそろそろ夜が支配する頃。
    自分の体の中心から少し左に埋め込まれている「人格コア」に向かって
    ドールの命ともいえる、ハートの形をしたそれに向かって
    ボクは目を閉じ、ナイフを勢いよく手前に引く。







    ところが、切っ先が皮膚へと到達する前に、それ以上動かせなくなった。
    …誰かに邪魔をされている。咄嗟に目を開き正体を確かめると……























    「………え」

    とっくに友情なんて潰えたはずのドール…アザミがそこにいた。
    その手が握っているのは……ナイフの刃の部分だ。
    目を大きく見開く。どうしてわざわざここに。 まさか、後をつけて?…流石にそこまではしないとしても……信じられなかった。

    「……なに、やってんですか」

    アザミの声は至って静かだ。
    けど、悲しみや怒りの和音が重なって振り絞られた声は、震えている。

    「……なん、で、………」

    質問に答える余裕なんてないから、質問で返してしまう。
    酷いことを散々言って、学園中を困らせるようなことをして、その後始末も全部押し付けた。
    そんな奴のことなんて、放っておけばいいのに。
    間違えるのが嫌なんでしょ? こんな間違いだらけのボクなんて相手にしなければ、間違えずに済むのに。
    …ああ、それとも……やるだけやって逃げるなって言いに来たのかな。

    「聞きたいのはこっちの方なんですよ……! 」

    最近は黒い…マスク?で隠れていた口元が、今日ははっきり見えている。
    おバカ!ってあんぐりするとちょっと面白くて…
    やりたいことをやればいいと背中を押してくれた…口元が。

    「なんであなたが、こんなところで……ひとりで……終わろうとしてるんですか……?」
    「……は…………別に終わんないよ。公開処刑じゃないんだから」

    未だ消えない動揺を精一杯押し殺して俯き、乾いた反抗的な笑いを取り繕うけど、いつもより上手くいかない。
    でも腹立つでしょ?ちっとも反省してないみたいでさ。


    …怒ってよ、アザミ。






    「ふざけんな‼︎」







    聞いたこともない大きな怒号に硬直していると、胸倉を掴まれる。

    「なんであんたほどのドールが……!
    みんなの輪に入れて、色んなこと気にせず動けて、
    悩みなんて何にもなさそうなあんたが、

    どうして……‼︎」


    身体をゆさゆさと揺らしながら、正しさも、間違いもかなぐり棄て、ただ頭に湧き上がった言葉だけを真っすぐに、手加減せずにぶつけてくる。
    その姿は――


    "ふざけてんだろ!!なぁ!!ふざけてんだろ!!
    そんなんじゃなかっただろ"アイツ"は…アイツは!!!"


    ――新しい人格に染まった同期のドールを偽物だとののしったボクと、ぴったりと重なった。


    “……大馬鹿者”

    “人格コアは破壊されなかったから大丈夫だとでも?
     もし当たりどころが悪くて壊れていたら? 
    もし相手の考えが変わって『破壊までやるつもり』になっていたら?”

    声を荒げることはなくても、反論する隙を与えず畳みかけてきた、別のドールの事も思い起こさせた。
    今のアザミと…ボクと……そしてずっと、あの時怒った理由がわからなかったククツミセンパイ…… 感じている気持ちは、同じだった……?

    じゃあ、その気持ちって……

    … 色んなものが、こみあげてくる。
    ボクの方は…なんだろう。怒り…じゃない。 後悔…?息苦しくなるほど重いものがのしかかってくる。 それを振り切ろうとするように

    「なんで、なんで、なんで、って」

    あるいは、全て表に吐き出してしまうように、震える声を精一杯張り上げる。

    「…ちゃんと答えてくれないのはそっちでしょ!?」

    瞳から次々と涙が流れてくるけど、それをどうこうしている余裕なんてない。
    けどここで踏みとどまる。いや、もっと前にそうするべきだったのかも知れないけど。
    ここはアザミを追い詰める場面じゃない。

    「……だから……アザミのこと何にもわかんなくて………」

    自嘲気味に弱弱しい声で、こう付け加える。 そう、わかっていないボクが悪いんだ。それを伝えなきゃ。

    「っ、それは…………」

    アザミが言葉を詰まらせる。やっぱりさっき言い返したのはマズかったかな。

    「……ごめんなさい。苦手、なんです。自分のこと誰かに話したりするのが……」
    「…!」

    あああ……やっちゃった。しょんぼりしちゃった。
    そうじゃない。そうじゃない。アザミは悪くない。
    さっきみたいに声を振り絞って、もっと向かってきて欲しい。
    縋るようにアザミの両腕をぎゅっと掴み、無意識に前のめりになる。

    「謝んないでよ!」

    必死に怒気のない声色を作ろうとするけど、声量を抑えるのが難しい。

    「元々話すの苦手だったって……知ってたのに。 勝手にアザミのこと突っぱねて、悩んでることにも気づけなかった… どう考えても悪いのボクの方じゃん!!謝んないでよ!!」

    涙がまだ止まらない。でも、どうでもいい。何も隠さない。その必要がない。

    「っ……」

    アザミは首を横に振る。

    「私だって……気づいてあげられなかった。自分のコアを壊そうもするくらい、あなたが何かに悩んでることに。それどころか自分の都合で、あなたから距離を取ってたんです」

    次にアザミから出た言葉は…理由は違えど、どこかボクと似ていた。

    「あなたならどんなことでも大丈夫だって信じて……
    ……いや。甘えてたんでしょうね、きっと」

    勝手な理想や憶測を思い描いて遠ざけていたのは、こっちだってそうだったから。

    「……あは、本当。1番身近な友人を助けられなくて、何が勇者(ヒーロー)ですか。 それどころか色んなドールに助けてもらうばっかりで…… 情けない話、ですよね……」
    「……今、助けたじゃん。相手魔王なのにさ。……死にたくなるほど悩んでたわけでもないし」

    冗談で返そうとしたけど、顔には申し訳なさそうな苦笑いが浮かんでいた。
    コアの破壊を試みる前、森に一緒に連れてきたウサギのバニラには見せまいと転移奇跡で移動をした為、身体がくたくただった。アザミの手からはまだとめどなく赤い液体が流れているのに、魔力が枯渇して蘇生奇跡で傷を塞ぐこともできない。

    「……ま、中途半端な魔王、なんだけどね」

    ドールを駒のようにしたがえ、悪くなろうと思ったのに結局それもできないボクだって、「ただのドール」に他ならない。

    「ただ、知りたかっただけ。人格が変わるって…どういうものかなって」

    それで今の人格を犠牲にしても構わないと思ったんだから、ある意味「死にたかった」のかも知れないけれど。

    「………、……ただの実験」

    別のドールの言葉を借りるように付け加える。

    「はは……お互い中途半端、ですね」

    アザミが自嘲するように笑う。

    「……アザミが?」

    あれだけ『間違えたくない』という考えに振り切っていたのはある意味進む方向性が完璧に定まっていたと思うし『ヒーロー』としての行動と言われればまぁ、そうじゃないだろうか。 弱くは見えるけど。 ボクが思わず尋ねると、アザミはこくりと頷く。

    「……私、戦うのが好きじゃないですか。 それはドールとの戦いでも、マギアビーストとの戦いでも同じで……死ぬかもしれないような、そんなヒリつく戦いが好きなんです」

    …そう。アザミは、戦いが好き。 アザミの師匠であるシキとも、命をかけたやりとりを何度も…というか一方的にぶっころされまくったらしいけど、それでも彼を慕っていた(恐れてもいたけど)。 決闘に誘えばボクに負けないぐらい瞳を燃やして喜んでた。
    ……そのアザミの方が、どこかの誰かのように「つくっているキャラクター」なのだとしたら?と考えることもあったけど…良かった。
    やっぱりボクの知ってるアザミが、アザミだった。

    「でもそれって、他のドールたちを危険に巻き込んでしまう。ヒーローを目指す奴が、そんなんじゃ目も当てられないでしょう?」

    それもその通りだ。しかも、周りのドールも、それを放っておかないだろう。

    「かといって誰かを助けようにも、何もかも手助けしたら良くないかなって一歩引いちゃったり……」

    こうは言っているけど、アザミは前にも、迷わずボクを助けてくれた。 罪のない一般生徒ドールを殺害した罰で一か月悪夢を見て、それで声が思うように出せなくなった時。 やったことを咎めず、自業自得だと見放さずに。

    「自分のやりたいこととか、みんなの価値観とか考えてたら……どんどんわからなくなっちゃって……」

    …もうこれを逃したら、二度と胸の内を明かしてくれないかも知れない。 ボクはアザミの話に時折頷きながら、真剣に耳を傾ける。

    「……それで、『間違えないようにする』方を選んだんだ」 自分がこれだと思う方に動いても、どうにも上手くいかない。だから考えを、面倒でない方に振り切った。聞けば聞くほど、似たようなことで悩んでいたんだ。 そんなアザミにボクは、手を差し伸べるどころか、余計に苦しめてしまった。

    「………落書きの犯人、もうわかってるよね」

    少し間をおいた後、今度はボクから話をきり出す。

    「……怒んないの?」

    「ぁー……そう、ですね。最初はちょっと、いや……すごくショックを受けたんですけど……」

    眷属呪詛を使ってアザミの様子を見ていたからわかる。だからこそここには来ないと思った。

    「後々シャンティさんから嫌われたわけじゃないってのを聞いて……力が抜けちゃいました」

    どうやら、ラクガキ事件の後で、アザミの一番弟子の6期生、シャンティと話す機会があったらしい。シャンティ、ちゃんとアザミをボコボコにできたかな。
    …というのはさておき……

    「……嫌ってなきゃ、あんなんやってもお咎め無しって…?」

    何だかそれって、全部ボクにとって都合のよすぎる台本みたい。

    「……甘いよ、そんなの……」

    どんなに追い詰められていたにしろ、やったことはやったこと。 死にたいほど悩んでいたんですからチャラにしますよ、で済むわけがない。

    「……そうかもしれませんね」
    「でももし、あれをやったのが何の関わりもないドールだったら……すごく、腹立ってたと思うんです。 あなただから、まぁ良いかと思えたのかな……て」
    「……あーあ!」

    わざとつまらなそうに立ち上がり、また泣きそうになってるのがバレないように頭の後ろで手を組む。

    「なんか全部思い通りだな!
    散々なこと言って、やりたい放題やって、そのツケがこれって……
    …ボク反省しないよ?明日もっと酷いことが起きたらどうすんの?」

    「……自制して、考えて、我慢しても酷いことは起こるんです。
    その時はその時、考えましょう」

    アザミは至って穏やかな顔で答える。懐が広すぎて箱庭全体が呑み込まれていきそう。 小さな眩暈が魔力が足りてないことを警告してきたので、気が抜けたようにだらんと地面に座り込む。

    「……優しすぎ」

    そういうところは多分、ヒーロー、なのかも知れない。
    優しくて、頑固だ。多分直せ、怒れと言ったところで、聞かないんだろう。

    「………でも…………なんか、わかった気がする。 アザミが……どうしてボクのコアを、選んでくれたのか」

    アザミの方を向いて、穏やかに微笑む。

    “あなたが失いたくないドールだったから”

    ボクら『人格コア』を持つドールが目覚めたときに必ず感じることになる『欠けた記憶』。
    それを思い出すためには、「最も傷つけたくないドール」の人格コアを取り出し、呑み込まないといけない。
    アザミはボクを選んだ。
    呑まれた日の事は何も覚えてないけど、あとからその理由を聞いたら返ってきた言葉。 理解していたようで、理解できていなかった。
    たった今やっと、その深層までたどり着けたような、気がする。

    そのドールを失わないためなら、なんだってできる。
    それだけ大きくて、かけがえのない存在。

    ボクはアザミからこんなにも…まだこんなにも大事に、思われていたんだ。

    「ふふ……まぁ、本当の理由は秘密です。恥ずかしくて言えないので」
    「……いいよ。無理して言わなくても。」

    もう少しでボクは、アザミの大事なものを、奪ってしまうところだった。
    ……それだけじゃない。別のドールに、奪わせかけたことさえある。



    ………そっか。



    “『自分で自分を粗末に扱ってもいい』だなんて、
    今の誰かの人格コアが『安易に破壊されてもいいもの』だなんて、
    思えないし、思いたくもない”

    あの時……他のドールに自分を3回殺させたと打ち明けた時、ククツミセンパイが怒った理由……
    それは、ボクの考えを否定したかったわけでも、おつむが足りていないと非難したかったわけでもなかった。

    “……カガリくんも、そう思ったんじゃないの? 
    だからあの時……”

    多分、あの後に続いた言葉は…



    ”『ジオくんの人格が変わってしまったことを、許せなかったんじゃないかな?』”



    アザミが、ボクが自分を終わらせるのを許せなかったのと同じように…
    … ククツミセンパイも……


    ………



    “キミが友達と思ってなくても、きっとみんなキミを放っておかないでしょうから”



    かつて、友達なんて面倒、どうでもいいと言った日、教育実習のグロウ先生が別れ際に残した言葉。 ただの知ったかぶりの説教だと思ってた。
    でも……全部、先生の言う通りだった。


    「………ありがとう」

    ごめんね、と言うべきだったかも知れない。
    でも…言えば多分アザミは簡単にボクを許してしまうと思う。だから代わりに、感謝の言葉を贈った。

    「………実験、失敗させてくれて」

    アザミも、しっかり受け止めたと言わんばかりに頷く。

    「……ええ、どういたしまして」



    *



    ボクは魔力を浪費した身体を休める為、地面に仰向けに寝転がる。
    それから暫く、風に揺られた木々の歌声だけが響き渡る時間が続く。

    「……彼のこと、気にしてるんですね」

    先に沈黙を破ったのはアザミ。 彼、とは言わずもがな……

    「……変わらないで、ほしかったからさ…」

    ジオのことだろう。

    「……でも、そんなの我儘。
    ………本当は去年の今ごろ、アイツ……ここで一回、ボクに殺されてるんだから」
    「……アイツ?」

    ボクは体勢はそのままにしながら、顔だけアザミの方へ向ける。

    「……あ、言ってなかったっけ。ボク、ジオのコア取ったんだ」
    「なるほど、ジオさんでしたか……」

    夜の冷たい風の独奏が2小節くらい挟まって……

    「え。ジオさん⁉︎
    あんなに犬と猿みたいな喧嘩をしてたのに……⁉︎」

    アザミってば、今日一驚いた顔してる。

    「……うん」

    肯定しながらボクは、犬と猿みたいに喧嘩してた日々を思い出す。

    「それが…わりと楽しくてさ。
    だからミッションが終わった後、すぐコアの復元を頼んだよ。 なのにこの前、変わっちゃったじゃん?だからさ、キレたんだ。ジオ、何も悪くないのに」
    「そう、だったんですね……」

    アザミは暫く頭の中で情報を整理しているようだった。

    「……でも、気持ちはわかります」

    けど、30秒とたたないうちにそれが終わったようで、再び口を開く。

    「だってさっき、あなたが自分のコアを貫こうとしてた時……考える前に、身体が動いてしまいましたし。それと同時に、言葉にできない感情が……ものすごく渦巻いてきて……
    ……本当に大事なものって、変わってほしくないんでしょうね。独りよがりな気持ちかもしれないですけど……」

    ……大事な、もの。
    ……不思議と、悔しいほどに、違和感をおぼえない。

    箱庭で一番嫌いなドールは、
    もはや嫌いという言葉だけでは足りないほど、大きな存在となっていた。
    たとえ表面上しか知らなかったとしても…

    アザミも…「いつか本気で殺り合う存在」だなんて思ってたけど……
    どうだろ。決闘中に人格コアがついてる場所なんて向けられたら…手が止まっちゃうかもしれないな。
    ジオのコアを取った時だって、そうだったもんね。

    …ああ。壊したくないものが増えるって、面倒だな。鬱陶しいな。




    “……はっ、そんなに、小生のことが好きだったんですかぁ?”



    ―――知らないよ、バカ。



    ……でも……ボク以外も、そうなんだ。
    命のやり取りが、条件付きであれば許可されている箱庭で…皆が平和を望むのは… きっと、大事なものを、抱えているからなんだ。 ボクだけじゃないんだ……

    「……大事って、まだ言ってくれるんだ……」

    そして、こんな危なっかしいボクのことを、大事に思ってくれているドールがいる。
    それも、(ボクの考えがもし合っていたら)……ひとりだけじゃ、なかった。
    今もまだ変わらない事実かどうかは……話してみないとわからないけれど。

    また目が勝手に涙ぐもうとするので、そっぽを向いて慌てて目をこする。

    「…アザミは?…いつからそんな、悩んでたの……?」

    他の皆の様子も聞きたかったけれど……アザミの悩みの直接の原因はなんなのか、まだちゃんと聞けていないから、まずはそっちが先。

    「他人との関わり方について言えば、目覚めた時からうっすらと……ですかね」

    目覚めて…っていうのは、多分ガーデンに入学してから、って意味かな。 ボクも気が付いたらガーデンに入学してたし、直前まで夢を見てたんだよって言われても、わりとすんなり納得できる。

    「深刻に悩み始めたのは道化の魔盤と戦った時……ですかね。ほんのきっかけに過ぎないですけど……明確に迷惑かけちゃったのって、あの時でしたし……」
    「………」

    …そういえば、そんな名前の何かが出たってお知らせがあったな。ボクはちょうどグレはじめて手伝いに行かなかったけど。

    「……失敗…しないと、………間違えないと気づかないことって……あると思うんだ」

    今度は、今度こそ、傷つけない。ボクは必死に言葉を選ぶ。

    「さっきだってほら、もしも…実験が成功しちゃってたら 少なくとも"ボク"は……アザミの気持ちに…多分、気づけないまま…終わってた……」

    そこまで言って、慌てて首を振る。
    死のうとしたことを肯定したいわけじゃないし。

    「許されたくて言ってるんじゃないよ!でも……。
    楽しいときだけじゃなくて、楽しくないときもたまには必要で…… 楽しくないときに、楽しくないなーって吐き散らかし合う相手も、できれば、いると、便利で、
    ……う~~~~~~ん!!!」

    あああああ~~~!! やっぱり何も変わってない。言葉が纏まらない。
    ちゃんと伝わってるかな、ボクが言いたいこと……

    「…………」

    アザミはそれでも、ボクの話を静かに聞いている。そして…

    「……私、シャンティさんにボロクソ言われました。いやその、まぁ私が悪いんですけど…… もっと話せ、頼れって……」

    ボクもおおよそ、そういう事が言いたかったんだけど… あんなことがあった後だし、胸張って「頼れ」なんて……ねぇ。

    「色々言われたんですけど、まだ、全部は呑みこめてないというか、消化できてないというか……それと似たようなこと、なんですかね……?」
    「そう!そういう事!」

    逆に何でそこまでストレートに言われて実感が湧かないの!?とアゴが外れそうなぐらいびっくりしたけど、兎に角こっちが言わんとしてる事がわかってくれたようだからそれでいい。 ボクは両足を上げ、反動をつけて状態を起こす。

    「…ま、ボクの場合ヘンな事しか言えないけど……それ聞いてさ、おバカとかありえないっつって……笑い飛ばせばいいじゃん」

    御覧の通り、言いたい事さえ上手に組み立てられないから的確なアドバイスなんて求められたら全てが滅びへと傾いてしまう。それでも……寄り添うことぐらいだったら、できなくもないし。

    「……友達って、多分……そういうもんじゃないの?」
    「……ふふ、そうかもしれませんね」

    ああ、この笑い方、懐かしいな。 ボクが周りから怪訝そうな顔をされるようなぶっ飛んだ話をしたら…まぁ白目向いて驚くこともあるけど、こんな風に笑って受け入れてくれるんだ、アザミは。

    「正直、あえて友達と定義する必要もない……そう思ったんですけど……」

    穏やかな笑みを絶やすことなく、アザミは続ける。

    「間違えるかもしれない。やらかすかもしれない。抱え込んでしまうかもしれない…… そんな時に自信もって友達と呼べる相手がいると……気持ちが楽になるのかもしれませんね」

    友達だろうが、
    ライバルだろうが、
    勇者だろうが、
    魔王だろうが、
    不良だろうが、
    生徒会だろうが、

    「……間違いを正すのはムリだけど、抱え込んでるものをちょっと燃やすぐらいなら、ボクにも……、……できないかも知れないけど、少しは試させてほしい、かな」

    ……ボクには、アザミが必要なんだ。

    流石にそこまでは言えず、腕を組んでやや膨れた顔をする。

    「……あなたこそ、熱暴走しちゃうくらいなら私のとこに来てくださいね? 発散させたり、冷やすくらいは、できると思うんで」

    アザミもやれやれと溜息をつく。

    炎が、氷の壁を溶かす。氷が、暴れる炎をそっと鎮める。

    「……りょーかい」

    ボクは信頼に燃える眼差しを向け、くしゃりと笑った。












    *



    「ところで聞きたいんですけど……なんでラクガキしようと思ったんです?」

    アザミの肩を借りながら、ゆっくり森の出口へ向かう道すがら、アザミがこんなことを聞いてきた。

    「…ああ、しょげてた原因てっきり環境の仕事だと思ってたからさ…… 面倒な仕事おしつけたら、やめたくさせらんないかな~って…」
    「はぁ〜……忙しくないって言ったじゃないですか! 私の部屋以上に汚くならない限り、掃除とかしませんし……」

    アザミが脱力しきった唸り声をあげながら、頭を抱える。

    「……いや忙しくなくても一回の掃除でメンタルやってたんだと」

    そうでもなきゃ自分の部屋あんな汚くなんないでしょ。

    「あなたの脳内の私へなちょこすぎでは????」
    「しょーがないじゃん実際へなちょこだったじゃん!」

    魔法を使う元気はないので、肉声でへなちょこになっているアザミのモノマネをする。

    「くっ、ぐうの音も出ない……! かくなるうえは私の血で顔に落書きを——」
    「はいきしょいー……ん?」


    もさ。
    ……としたものが足元を触った。

    暗くてよく視えなかったけどその感触の正体がすぐにわかった。

    「あ!!バニラ!!ごめっっっっ全然忘れてた!!!!」

    ルームメイトの元へ戻ってきた瞬間に置き去りにされたバニラが、たいそうご立腹な様子でボクの足首に執拗にうさパンチしてくる。

    「バニラって…ああ!此処で捕まえたおいしそうな子!」
    「おいしくない!」
    「食べたんですか?」
    「食べてないよアザミじゃないんだから!」

    抱きかかえようとしても、前に進もうとしても、足で地面をドラミングするだけでぜんぜん動いてくれない。

    勇者の心でボクを受け入れてくれたアザミと違い、彼女の機嫌はそう簡単に直ってはくれなさそうだ……。




    Diary084「炎と氷」
    (挿絵:花宵アザミ)
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