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ガーデンでの生活を記録したり、報告書をボク用にまとめたり。
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    燻るメロディ

    (交流相手・リツロベルト視点)

    声が出なくなってから4日程が過ぎた。
    誤魔化しようもないこんな状態を、誰にも見せたくない。
    部屋をノックする音にも、念話にも、ひたすらに休符を貫いた。
    大概の音はそのうちに諦めてどこかへ行ってしまうのだが、今日はどうやらそうもいかないらしい。






    「…リツだけど」

    ノックの後に愛想のない声。

    「…いるんでしょ?」

    頭の中に、銀色の髪に赤と青のメッシュの…怒った顔をしたドールが浮かび上がる。

    「ねえ。自分でわかってるよね。練習サボってるの。どういうつもり?」

    彼女がここへ来た理由は明白だった。学園祭のフィナーレライブの練習に無断で休み続けているこのありさまを咎めに来たんだろう。歌う曲もほぼ完成し、ちょうど練習の日数を少し増やすことに決めたその矢先にこんなことになってしまったのだ。
    彼女のボクへの態度に棘があるのはそれだけが理由ではない。ボクは彼女にとっての恋敵……ある日を境にこういう設定になったから、敵意むき出しなのだ。練習の時も度々ピリピリした視線を向けてくる彼女の行動をボクはわりと楽しんでいたが、今はそれで遊ぶ気にはなれない。

    「居留守したって無駄だよ。あたしのクラスコード知ってるよね」

    リツのクラスコードはイエロー。 イエロークラスは透視魔法が使える。太陽が眠るこの時間帯ならば、いくらこっちがいないふりをしようが、罰則の心配もなく簡単に部屋の中を覗けてしまうのだ。 ベッドにだらしなく横になっていたボクは不機嫌そうに起き上がり、ちょっとしたメモがわりに使っているノートを一枚破り乱暴にペンを走らせ、それをドア下の隙間から押し込む。

    「ちょ…どういう!?」

    『声が出ない、話せない』と書かれた文字に対する反応だろう。やや大きめのリツの声が聞こえる。

    「リツ先輩?」

    たまたま通りかかった別のドールの注意を引いたようだ。

    「!ロベルト君…ちょっと、ねえ、これ」

    リツが彼の名前を呼ぶ前に、ボクはそこにいるドールがロベルトだと気づいた。二人で何やら話しているようだが、あまりそちらに意識を向けないようにする。

    「……カガリさん、こんばんは。ロベルトです。大丈夫ですか?」

    ひととおりリツがボクのことについて愚痴り終えたのか、ロベルトの声がこちら側に響く。

    「なにも体調崩してる子を練習に引きずり出そうってわけじゃないんだよ。そういう事情があるなら、先に言えって話だし…」
    「風邪ですか?最近お顔を見ていないので、心配です」

    珍しいこともあるものだ。音で満ち溢れている状態をこれほどまでに憎らしく感じたのは多分初めてだろう。部屋の扉まで進み出ると、ふたりがこれ以上ここにとどまるのを拒絶するようにドアを蹴る。

    「っ……カガリさん、」

    ロベルトが少したじろいでいる。しかし……もう一方のドールには逆効果だったようだ。

    「ちょっと!ロベルト君はあんたを心配して…」
    「…いいんです、リツ先輩」
    「良くない!ロベルト君いっつもあんたやアイツの 代わりに準備とか色々やってくれてんのに、何も思わないの!?」

    不快な騒音を余計に大きくしてしまった。それでも放っておけばいずれは諦めるだろうが、ボクはそこまで辛抱強くない。特に今は。 さっさと追い返すか。

    「ッ…やっと出てきた!」

    声を遮るような下品な音をわざとらしく立ててドアを開けたので、ロベルトと共に数歩後退しつつリツが言った。

    「…具合はどうですか、カガリさん」
    「その前に、ロベルト君に謝って」

    怒りに任せて今ならなんとか声が出るだろうか………しかし、口からなにかを吐き出そうとするたびに、それが喉の奥で詰まってしまい、結局窒息しかけた時のようなく、く、という音がほんの僅かに漏れるだけ。

    「カガリ……あんた」

    二体の邪魔者を睨みつける。

    「…大丈夫……なの」

    流石にリツは戸惑ったようだ。ロベルトも黙りこくってる。
    ……それはそうだろう。いつもあるはずの音が聞こえないのだから。
    だから嫌だったんだ、ドールの前に顔を出すのは。

    「それ…さぁ、もう…」

    リツが動揺しながら口を開く。

    「歌うの無理じゃん」

    その通りだ。発声一つできないのだから歌うなんてもっての外。
    でもその事実を突きつけられたボクはひどく焦り、首を横に振る。

    「だってどう見たって風邪っぽくないし、いつ治るかもわかんないんでしょ」

    リツの言っていることは正しい。 しかし、正しくあってくれるなと願う。ほんの2、3日で治るものだと思っていたのに、いっこうに回復の兆しが見えない。

    『ずっとこのままだったらどうしよう』

    考えないようにしていた不安が一気に湧き上がる。 自分の歌で、声で、目の前のドールが苦しみ生き絶える……それは夢の中の出来事だ。もう終わったのだ。現実でそんなことは起こり得ないのに、一体何が拒んでいるというのだろう。
    フィナーレライブを誰よりもやりたいのは
    誰よりもステージに立ちたいのは
    誰よりも遠くに歌を響かせたいのはボクだ。
    そうやって今までやってきたのに…

    … 嫌だ、嫌だ、
    なおす、なおす、
    絶対治す、絶対治す。

    首を振りながら何度も叫ぶ。 しかし、体の外には届かない。届いたところで根拠もない。

    虚しくなった。
    悔しくなった。
    悲しくなった。

    「無理だって!回復待ってたら練習にも支障出るし」

    彼女の言葉を否定しているのは伝わったのだろう。リツはだんだんイライラし始め、声を荒げる。

    「そんな言い方は」
    「あーっもう!」

    リツは一度走り出したらとまらない。 彼女の恋敵になると宣言したその日もそうだった。ロベルトの言葉は、多分聞こえていない。

    「メーワクだっつってんだよ!あんたがいると!」

    リツはボクに顔をグッと近づけ、憎悪に満ちた目でボクに怒鳴った。

    ………いいよな、オマエは大声が出せて。

    ムカついた。 心底ムカついた。 ロベルトがリツを諭す間もなく、ボクは思い切りリツの横っ面を張った。

    怒鳴れて、喋れて、歌えるオマエは幸せだろう。
    ボクの気持ちなんてわからないだろう。
    そのうえボクからボクの居場所まで奪おうってのか。
    許さない。 羨ましい。 悔しい。
    ………そうやって怒りを爆発させていないと、不安に押しつぶされそうだった。

    ボクが正しい。
    ボクは治る。

    本心か虚勢か、真実か偽りか、頭の中がぐちゃぐちゃになって、とにかく目の前のドールに牙を向けること以外考えられなかった。

    「ッた……やったなこの野郎!!」

    軽く頬をさすってから、リツは負けじとボクに掴みかかってくる。

    「おふたりとも!!」

    ロベルトがボクらを無理やり引き剥がした。年下とはいえ彼の力にボクらは敵わない。

    「……やめてください」

    他にもっと言いたいことがあったはずだが、ロベルトはこのたった一言の仮面に全てを押し込めたようだ。 その後彼がどうしたかったのかは気にも止めず、ボクは扉を閉めて施錠し、またひとりの空間に閉じこもる。

    「ほんっと勝手なんだから!」

    その後も廊下からの声は暫く止まなかったが、聞き取れたのはこれだけ。 早く帰れ。 帰れ。 …帰って。 また不要に、噛みついてしまうから。

    ……
    ……
    ……

    いつもは嫌いなはずの静寂に身を委ねて、安堵する。 このまま状況が変わらなければ、ボクはステージに立てなくなってしまう。 早く治さないと、アイツがボクのステージを奪ってしまう。

    ……
    ……
    ……

    違う。アイツは…リツは何も奪っていない。 今、皆から楽しみを奪おうとしているのは
    ……ボクだ。

    ……
    ……
    ……

    あれから何時間が経っただろう。 トントントン。ドアが控えめにリズムを刻み、一枚の紙が顔をのぞかせる。 今のボクはそれに手を伸ばすのにさえ、もう少し時間が必要だった。



    Diary021「燻るメロディ」
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