ガーデンに入学してから10日ほどが過ぎた。
校内見学の時もお世話になり、よく寮のキッチンで料理をしているリラセンパイの提案で
今夜はボクの歓迎会が……
『ボクだけの』歓迎会が行われる…
……ことになっていたはずだった。
夜遅くに、新たな5期生の入学通知が行われた。
ボクの周りは、ボクよりもずっと前から在籍しているドール達ばかりだったから、初めは抵抗があった「センパイ」呼びにもまぁまぁ慣れてきてはいたし、別に遠慮をしているつもりもないけど、やっぱり「同期」のドールが来るというのは嬉しいものだ。
歓迎会の時に挨拶しようと思っていたけど、初顔合わせの機会はそれよりも前に訪れた。
「おや、ようやく愉快な方にお会いできましたねェ?」
お昼少し前、ふらっと寮のたまり場……地図にはLDKと書いてある場所に訪れたとき、聞いたことのない声に話しかけられた。
「はいこんにちは!お初にお目にかかります。小生はジオ、どうぞ、御贔屓に?」
いわゆる『ガリ勉優等生』と呼ばれる者が身に着けているぐるぐるメガネをかけたロングヘアのドールがへらへら笑いながら、大げさすぎる程にお辞儀をしてきた。
初対面のドールに会い、はじめましてよろしくの挨拶を交わす。
そろそろ飽きてきた会話の流れが……後から入ってきた教育実習の先生が、ボクたちのことをまとめて「新入生」と呼んだことによって遮られた。
「え!?キミも新入生?」
「ハハハ!どうやら貴女も小生と大差ないようだァ。勘違いさせてすまないねェ?」
ついうっかり『センパイ』と呼びそうになってしまったこのジオというドールは、ボクの同期だった。
「あはははは〜! まだ入学してそんなに経ってないからさぁ、みんなの顔と名前ぜんっぜん覚えられなくってぇ!」
正確に言うと「ドール達の顔や名前に興味がなく、そもそも名簿を見て覚える気にもなれなかった。たくさん会話をしたり、面白いことのひとつやふたつ、やってのけるドールであれば覚えているんだけど。
…そういえば、名簿の他にも校則とか、教科書とか、あとよくわからない神話の本とか、センセーから渡されたものは沢山あったんだけど、基本的に活字が嫌いだし、よほど興味を引くようなことが書かれていなければ、読む気になんてなれない。
「まあ最初はそんなもんだァねェ……」
「とにかく、改めてよろしくねジオ君! ボクのことは、カガリって呼んで⭐︎」
同意してくれたのか、単にペースを合わせてくれたのかはわからないけど、
言葉を返すジオにボクはとりあえず愛想よく振る舞う。
「えー……ガリさん? 」
ここでもまた「お決まりの流れ」がぶった切られた。
ボクの名前を聞き取り間違えるドールなんてはじめてだ。
おかしいな?発音がマズかったかな?と考えている間に
たまり場へやってきた別のドール……エマセンパイとも挨拶を交わし合っていて…
その時はちゃんと名前を呼んでいた。
センパイが入ってきた時のドアの音と、ボクの自己紹介の声が被ったりしていたのかもしれない。
「惜しいなジオ君〜! カ・ガ・リ、だよ⭐︎」
今度は聞き間違えることのないよう、抜かされた「カ」を特に強調して発音する。
ボクの声は周りのドールからも「よく通る声」だと言われるので、これで大丈夫だろう。
「……ああ、すみません、三文字以上って長くってェ。
固いこと言わないでくださいなガリさん?」
百歩譲って二文字以上の名前が長すぎて覚えるのがニガテだったとする。でも、「すみません」と言った彼の顔がニヤニヤ笑っている時点でダメ。明らかに今の一回はワザトだろう。
名前を短くしてニックネームのように呼ばれるのは別に嫌いじゃない。
でも「ガリさん」はダサい。
いちいち呼ばれるたびに、小皿に乗った薄切りのジンジャーが頭に過る。
(何故かは知りません。)
そもそも「ガリ」という言葉がお似合いなのは、ガリ勉メガネのキミの方じゃないか。
「え〜?3文字以上が長いってそんなぁ〜?
じゃあ、この学校の名前を言うのにも人形生三回分使ったんじゃない〜??」
一連の罪状により、仕返しをしても良いという判決がボクの中で下された。
「はっはははは!! 本当に愉快だなァ、愉快ですねェ? 」
だけど次の瞬間、ジオは怒るでもなく、しかめ面をするでもなく、これ傑作とばかりに笑いだした。
「小生は余計なことにこの賢いオツムを使いたくないんですよォ」
そのうえ、隙も見せないままやり返された。認めたくないけど、頭はそこそこきれるようだ。
「へぇ〜賢いオツムぅ? 2文字以上の名前を難しがる賢いオツムなんてめ〜ずらしいこと〜!」
ボクは、自慢じゃないけどそんなにアタマは良い方じゃない。でも、転んでもタダじゃ起き上がらない気合は十分に持ち合わせているので、すかさず言い返した。
「この可愛い名前が覚えられないなんて、キミってジオくんっていうより、
案外オジさんなんだねぇ?」
「おおっとォ?」
ボクが詰めた距離の分だけ、ジオは引き下がる。でも顔を見ればわかる。
彼は少しもたじろいでいないし、なんならボクがあてがった「ガリさん」に匹敵するであろう屈辱的なニックネームごと、楽しんでいるようだ。
「小生も好きに呼んでおりますからして?ガリさんがそのように小生を呼びたいのであればどうぞ?」
ジオの口元が更に横に広がる。そのまま両サイドに裂けてしまえと思ったのは言う間でもない。
「カガリさん、ジオさん…少し落ち着いてお話できますか?」
ああ、ここからが面白いところだったのに。
どうすればこいつのニヤニヤ口をへの字に曲げられるか、じっくり試そうと思ってたのに。
教育実習生の先生……グロウ先生にとめられてしまったことで、いつの間にか集まってきたドール達が不安げな目でこちらを見ていることに気が付いた。
「おっと!大変失礼致しました。
このようなじゃれ合いも苦手とするドールがいる……ふむ、勉強になるねェ」
予想通り、当の本人は『じゃれ合い』程度にしか考えていなかったようだけど。
ここで自分だけ引き下がらないのは流石にコドモだと思ったので、ここはボクもオトナの対応をする。
「ごめんなさ〜い! えへへ!やっと5期生の仲間ができたからコーフンしちゃってぇ〜! 楽しい学園生活が送れそうだなぁ〜ってはしゃいでただけですからお気になさらず〜⭐︎」
「同期が来てくれて嬉しい」なんて気持ちは、とっくのとうに消え失せていた。
でも――悔しいけど、「マギアビースト」の存在をはじめて認知した瞬間……とはまた別の方向だけど、そこそこ(あくまで「そこそこ」だからね)「燃えた」ことは確かだったので、ボクはここまでひといきですんなりと言い切った。
「そうだよね〜? ジ〜オ〜くん♡」
ボクの声を、いつもの1000倍の濃度の「ぶりっ子エキス」で浸してから、ジオにくれてやった。
「えェ、ガリさんの言う通りですとも」
またガリさんだ。
…その後も、彼は何人かのドールの名前を呼んでいたが、三文字以上の名前のドール…ドールだけではない、グロウ先生も含めてだ……は、かならず後ろの二文字だけで呼んでいる。ただ……
「これから仲良くしようね?」
「小生からも、よろしくお願いしますよォ、ガリさん」
名前を呼ぶ時にせせら笑いのオマケがついてくるのは今のところボクだけだ。
多分今後、何かの手違いでドールたちをフルネームでしっかり覚えたとしても、ジオがボクの名前をちゃんと呼ぶことは未来永劫ないだろう。
ボクは何が何でもジオに顔を覚えさせようと、強引に両手で握手をし、周りのコ達には見えないように「べ」と舌を出した。
「今夜はカガリさんだけでなく、ジオさんの歓迎会にもなりますね」
たまり場の空気にまた平和が戻り、こんな話をしているドールもいる。
あ~あ、なんだかなぁ。主役が増えるのは別にいいけど、
ボクと一緒に歓迎されるのがよりにもよって
シンプルにムカつく、こいつだなんて。
Diary004 招かれざる主役