「…カガリ、世話になった」
7月6日。
ボクが三度めの死から復活した朝である。こんなイカれた導入で日記がスタートできるのは、今話しかけてきた仮面のドール、ロベルトのお陰。 ボクの安否確認とお礼を兼ね、寮の自室を訪ねてきたのだった。
「改めて、礼を…」
「ん……そ~いうのはいいから」
ロベルトは数日かけて、知りたい事を知るための切符を手にするにはどうしても向き合う必要があった自分の弱さと戦い、遂に昨日、勝利した。ボクはそれを手伝うために命を3つもつぎ込んだんです、3つも。
ガーデンは表彰するべき。
…でも、お礼を言われるのは、なんかこう…むず痒いな。それよりは手持無沙汰になってるマギアレリックとかくれた方が嬉しいんだけど。
「…ところで、其方は平気なのか」
「ん?だからさっき治ったって」
「いや…何か悩んで」
――あー、あー……えーっと――
ロベルトが何か言いかけた時、突然声が聞こえてきた。 校内放送ではなく、頭の中に直接。
――こちらククツミ。 今からマギアビーストが【2体】出るからよろしくね?――
――討伐報酬のマギアレリックは、
ククツミたちに返していただけると嬉しいです――
マギアビーストの出現を予告する念話が、双子のドール、ククツミより送られてきた。
どこからともなく現れる個体もいるけれど、ある行動をとると、実質ドール達の意志でビーストを出現させることができる。つまりこのふたり、
”やってる”。
「何だと!?」
条件反射のようにロベルトが立ち上がる。
「出られるか、カガリ」
「んー……」
何故わざわざ『ガーデンの脅威』を出現させるのか?ククツミ双子がよほどのマギビマニアでなければ、考えられる理由は……ただ一つ………
「…ボクはいいかな」
「やはり、怪我がまだ…」
心配ご無用とばかりに首を振り、わざと布団を深く被ってベッドに仰向けになる。
「3回死んだ疲れは蘇生奇跡じゃ取れないんです~」
「そうか……すまない」
必要以上に責任を感じてしまったらしいロベルトを宥めるため、布団からちょこんと顔だけ出す。
「…行っておいでよ。”仲間”が待ってるよ」
「…応」 ロベルトは背を向け、部屋の出口まで歩を進めたところで振り返る。
「…助けが必要ならば…呼んで欲しい」
「わかった。一つ”貸し”ね!」
「……"三つ"、だ」
ホンット、細かいところにこだわるなぁ。真面目か。一周回って安心感すらある。
いつものへらっとした笑顔で送り出せば、ロベルトはそれまでのやや不安げな立ち振る舞いの一切を捨て、マギビ討伐に意識をしっかりと切り替えると部屋を出て行った。
さて、ボクはどうしようか。
自分を変えることができるのは、最終的には自分だ。 ロベルトは、自分の意志でボクの身体を刺し、死の瞬間を見届けるという選択を取れなければ、ボクや他のドールがいくら手を貸したところで、残念ながら意味がなかっただろう。
ボクも同じだ。 伝えようとしても、伝わらない。知りたくても、うまく考えられない。進み方がわからない。 そうしているうちに周りのドールは、一歩、また一歩と先へ行く。
“何度だって言葉にして、何度だって相手を呼び止めて……何度だって言葉を、相手に送り続けて……”
ボクよりもっと惨い形で拒絶された経験のあるドール、ククツミちゃんはこんな言葉をくれた。 その時は”失踪中”だった双子の片割れも、さっきの念話を聞く限り、ちゃんとガーデンに戻ってきていたようだった。 そして、きっとふたりで、なにか掴みに行くのだろう。
未だ戻って来れてないのは、ボクの方だった。
だって…こっちは戦いで解決できるものじゃないから、何から手をつければいいか……
……全く当てがない、わけじゃない。
ロベルトとの戦いで、ボクは少しの間、以前彼の背中を押したドールになりすまし、会話をした。 あの時の場面をもう一度再現すれば少しはやる気(というか殺る気)を取り戻せるかも知れないと。 …結局、効果があらわれたかどうかは謎だけど、……ボクも同じように試してみるのはどうだろう。
…どうやって?
”アイツ”に?
もっかい森まで呼び出して刺させて欲しいって?
…嫌だそんなの。
絶対イヤミ饒舌フル稼働だ。
しかもアイツ頭いいし感情に敏感だから…
あの、心の中を全て見透かすかのようなピアノ演奏のように、全部バレる。
一歩進んだあの日の事も、覚えていてほしくないし……
……これは得策じゃない。
……寝よ。
……。
*
7月7日。
頭も整理がつくと思って部屋を片付ける。ぱっと見散らかってはいないけどクローゼットや引き出しの中が迷宮。
すると、クローゼットの肥やしどころか、もはや”見つけられたらラッキー”の域に達している”ある本”を久々に見つけ、手に取る。 それは、ボクのお気に入りの”魔獣”が出て来る本。特に賢くなるわけじゃないけど、最初に読んだ時とは印象が全然違った。
まるでガーデンという存在が、与えられた舞台の範囲で譜面どおり優等生を演じるよう煽っているように思えたその本は、「身の丈に合わない物は求めない方がいい」と優しい警告をしてくれているように感じる。つかの間の安心感を覚た。
……全く。なんて都合の良い解釈だろう。
……寝よ。
*
7月8日。
昨日の読書が意外に面白かったので、別の本を取り出す。 ガーデンの歩みの本……これは昨日のと違って、わりと手の届くところに置いてある。 意味のわからない文字の羅列以上の情報を得ることができず、あるドールに押し付けたところまでは日記に書いた。じゃあ何故その本が戻ってきているかって? 返して貰ったから。会いたくもない、そのドールに会いに行って。
「あ……それとさ~、やっぱ”歩みの本”返してくんない?」
あれは…そう。去年の11月の終わり。
ガーデンのシステムが停止し、アルゴ先生と戦わなくちゃいけなくなった時。 箱庭じゅうを走り回ってほぼ全てのドールにどうするべきなのかを聞いてまわった…そのついでに。
「おやァ?ゴミはゴミ箱へ、じゃなかったんですかァ??」
この口調から誰んとこに行ったか説明しなくてもわかるよね。
「煩いなぁ。言うでしょ!?
ゴミとハサミも使いようって」
「ま。数日で返すと言っておきながら結局ちょうどよいバックアップ用として保管していたのは事実ですし」
内容も理解できないし、頭が痛くなるだけ。当時のボクにとっては、悪臭を放つゴミと大差なかったこの本を、ゴミ箱もといジオに押し付けたんだけど、知識を得られるものは何でも持っておいた方がいいと思い直し、結局取り返しに行った。
「こう見えて、小生言ったことは違えませんのでェ……守れる保証がないことも、言いませんがねェ」
すると、小言やら御託やらをねちねちしてくるだけで案外すんなり返してくれた。部屋をゴミ扱いした(上に人格コアまで貰った)のに。
「どォんな気まぐれだか知りませんが……ふむ」
ビーチキャンプの真っ最中で頼んだ場所が場所だったので、翌日まで寮のポストに入れておくよう言いつけた。
「手がかりを書き込んだものとまっさらなもの、どちらをお返ししましょうか?」
…どうしてわざわざそんなこと………
……いや、まさかね。覚えてるはずないし……それとも過去を盗み見た?
あれこれ考えるとバレそうだったので、相手をまっすぐ………
「手がかりアリの方一択」
…………自分の方を見ているかどうかなんてわからない眼鏡(め)をまっすぐ見て、言い切った。
「んふふ、明日は箱庭全域が雨でしょうかねェ……」
やかましいわ。
………というわけで、書いてあるBだのOだのの記号っぽい文字の側に、手書き(うざいレベルで達筆)で読み方が書かれている「歩みの本」を開く。目を走らせていると、いくつか知っている言葉を発見する。なにげなく会話でつかってあるものから、学校行事の名前まで。元々読める部分も、本をもらって以降にガーデンでの生活で知り得たものと合致する。謎は多いけど、前よりも何が書いてあるのか予想できるようになっている……
本を閉じて戻そうとすると、最後のページあたりから何か落ちた。
拾い上げてみると、小さな紙に……
ノートを開き、覚えるまで紙の内容を声に出しながら書いた。
………本当に、アイツのこういうところ嫌い。
*
7月9日。
前から気になっていた場所へ行った。ちょっとした冒険をすれば、頭が冴えると思った。 本の内容に通じていそうなものもあり、そこそこ興味をそそられた。
設備は頑丈で、壊そうとしてもびくともせず、身体が爆散することもなかった。
いや普通は爆散しないか。
ペンが一本ダメになった。 とんでもない情報も見つかった。一瞬死ぬかと思った。
けれどきっとこんなものは、ボクより先に何にんものドールが見つけていることだろう。
7月10日。
気分転換に仕立て屋に行った。
特に何か注文するでもなく、布やら服やらをぼんやりと眺めていた。
1年以上前、アザミとふたりで此処へ来たことを思い出した。
あの頃は全てが新鮮で、輝いていた。
旧制服を、紅く染めてもらったことを思い出した。
あの時のように形から入れば、なにか行動に起こせる気がした。
形から入って、中身がないまま何も届けられなかったことを思い出した。
無駄な時間を過ごした。
美術館を見に行った。
いつも行かない場所へ行けば、何か思いつくと思った。
マギアビーストが現れて、寮生活ができなくなった際に避難所として使われた建物。
あの時は寝袋やら非常食やらでそれなりにモノやドールで満ちていたが、今はもぬけの殻。
一面の白い壁。絵の一枚でも飾れば少し華やかになるだろうに。
…アイツの部屋に似てる。
アイツは日常そのものが実験で観察で、こんな風に立ち止まることなんてないのだろう。
アイツなら、こういう時……
だから、それは得策じゃないって。
無駄な時間を過ごした。
7月11日。
朝、無駄な時間を過ごした。
昼、無駄な時間を過ごした。
夜、無駄な時間を過ごした。
7月12日。
朝、無駄な時間を過ごした。
昼、無駄な時間を過ごした。
夜、無駄な時間を過ごした。
7月13日。朝無駄な時間を過ごした昼無駄な時間を過ごした夜無駄な時間を過ごした 7月14朝昼夜無駄な時間
*
7月15日。
……… 今日も、無駄な時間を過ごすのか?
それはとても簡単で、幸せだろう。
他ドールには動け、行動しろと煽っておいて、一体ボクは何をしているんだろう。
“躊躇ってる間がいっちばん楽なんだよ。
『いつかできる』と思いながら別のことしてた方がさ”
数日前ロベルトに充てた言葉。
だって本当のことじゃないか。今こうしているのが楽なんだから。
親友にあわせる顔がない。
どんどん先へ進む皆を見たくない。
惨めな自分をアイツに笑われたくない。
ぼーっとしている理由ならいくらでも積み上げられる。
その間にひとつ、またひとつと 今日から明日へ、変わっていく。
動けないから。遠ざけられていく。
動かないから、遠ざかっていく。
……もうそろそろ、終わりにしたいよこんなの。
もしも……
あわせる顔がないと避けている友人が会いたがっていたとしたら?
どんどん先へ進む皆が、探している答えを握っているとしたら?
協力してくれるとしたら?
アイツに思い切り笑われて、なじられることが、
今一番必要だとしたら?
ロベルトはどうだった?
優等生でありたい。見放されたくない。恐れから変に高くなってしまったプライドを破壊したからこそ、迷いのない顔でボクにトドメを刺したじゃないか。
”アイツにはもう、弱みなんて見せたくない”
”あの日の事は、覚えていないままにしたい”
それはボクだけに都合の良い物語でしかない。
ぶっ壊せ、そんなもの。
だって、わかってるはずでしょ?
歩みの本を押し付けたとき、
それを気分で返せとごねたとき
ティラミスのココアパウダー代わりに土を使ったとき
二つの両極端な選択肢が与えられたとき
ワンズの森で、アイツを選んだと伝えたとき
いつだってアイツは、結局は驚くほどにすんなりと受け入れてくれた。
初めてアイツのピアノの音を聴いたとき
マギアビーストとの戦いで、上手く攻撃が当たらなくて煽られたとき
腹が立つという気持ちと同時に、湧き上がってきたものがあったはずだ。 それが何かはわからない。 でも、今、きっとそれが必要だ。
“結局は他力本願ですかァ?”
“これだからおつむに常時縮小魔法のかかっているドールはァ…”
全部、全部本当のことだ。わかってる。
誰かに頼るしか、思いつかないんだ。
それも、励ましや慰めの言葉じゃない。
もっと刺激の強い、特効薬が必要だ。
その対価が二言三言の嫌味なら、安いものだ。
夜。
目を閉じて、意識を集中させる。
――今、どこいる?――
その念話を
同期のドール、ジオへ送った。
Diary068「Wake me up」
PR