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ガーデンでの生活を記録したり、報告書をボク用にまとめたり。
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    ボクは―――




           ―――バカだ。








    頭の中に、何度も声が響く。
    同じ場面が何度も繰り返される。
    眠れない。

    “あー………どうか、した?”

    吐き気がする。
    朝はまだ?

    開けっ放しのカーテン。
    窓の外の景色がぼんやりと姿を現しはじめた。
    それは昨日と変わらない光景で。

    きっと悪夢だ。そうに決まってる。

    見たことがあるから。その時の感覚とよく似てる。
    夢であれば、全て元通りだ。
    斜め向かいの部屋を今すぐ訪ねてみようとすれば、
    食べ物がつかえたように苦しくなる。
    これは何? 恐怖?

    ……

    「……セン、セー?」

    声が震えている。ずっと寒い場所に取り残されていたかのように。

    『おはようございます、カガリさん』

    やってきた端末から発せられる無機質で退屈な声音を聞いて、何故だかほっとする。 センセーと目をあわせずに(そもそもセンセーの目どこにあんの)あるドールの人格コアが最近破壊されたかどうかを尋ねる。
    ドールにはそれぞれ人格コアがある。それぞれの性格を決定づけるものであり、命の源である。 それが抜き取られるとドールは機能を停止し、更に復元不可能な状態になると、新しい人格コアが用意され
    ドールは元の記憶を維持したまま、全く別の人格で目を覚ますことになる。

    昨日…7月15日。
    アイツ……ぐるぐる眼鏡と白衣とカンに触るような喋り方が特徴のドール、ジオと話そうと念話を送った。

    知らない口調の返事が、
    知っている声で返ってきた。

    会いに行ってみれば、白衣も眼鏡も身に着けておらず、絶対にこちらを真っすぐ視ることがなかったくすんだ深緑色の両目が、気味の悪いほどにしっかりとボクをとらえた。 ふざけているのかと思った。

    “えーっと……むしろふざけてたのは前の方がと言うかなんと言うか…………”

    ジオはそこそこ演技が上手い。そもそも普段のあのねちねちした話し方だって演技のようなもんでしょ。

    “んー、説明が難しいんだけど、説明とか求めるタイプでもないでしょ、おたくは”

    説明なんて不要だ。あからさまに何もかもが違いすぎる。

    単純なこと。
    これは夢だ。
    夢に決まっている。
    恐れる必要なんてない。
    さっさとそれを確かめて、
    そのままアイツの部屋へ行って、
    それで全て終わる。


    悪夢が終わる。


    『ジオさんの人格コアは』



    ……けれど現実は、そんな生易しいものじゃない。









    『7月14日に破壊されました』








    ああ。やっぱり。



    そうだろう。



    わかっていた。



    最初から。


    こんなに脳裏にこびりついて離れない夢なんてない。
    壊される理由は幾つかあるけど、そんなことどうでもいい。

    14日…か。


    あと2日。


    あと2日早ければこんなことにはならなかった。


    遅かった。


    行動するのが遅かった。


    遅すぎた。


    命令してもいないのに、ひとりでに涙が生まれる。

    うまく呼吸したいのに、ひきつけと痙攣がおさまらない。

    ぼたり、
    ぼたり、
    ぼたり、

    大粒の涙は止まることを知らず、

    シーツの上に降り立っては、悲しみの色に染めていく。

    そうしている間に、すっきりと晴れた朝がやってきた。



    太陽は、あまりにも眩しすぎた。





    最も変わらないで欲しいと願ったドール、
    ジオの人格が、変わってしまった。



    *



    行動しなきゃ。
    動かなきゃ。
    走らなきゃ。
    動かなきゃ。
    動かなきゃ。
    走らなきゃ。

    「でちせんせぇ!」

    頭の引き出しを乱暴に開いて、出た結論を実行しに全速力で職員室へ。 髪も結ばずボサボサのまま。服も動きやすい旧制服のズボンとシャツだけで。 目当ての教師AI、ルファル学園長代理こと”でち先生”が入ってきたのはお昼前。 じっとしているのが苦手なボクは、根気よく居座って彼女の到着を待ち、姿が見えた瞬間に声を張り上げた。

    「でちせんせぇ!ジオに会わせて… ジオわかる?白衣と眼鏡つけてたドール…!」
    「そりゃ知ってるでちよ」

    でち先生は生徒の前に現れて交流するタイプじゃないと思ったけど、説明の必要はなかったみたい。

    「せんせぇなんなんでしょ?グロウ先生を呼び出したの。 その力で、お願い…会わせて…」

    2ヶ月ほど前、ガーデンに突然雪が降り、二度と会えなくなったはずの教育実習生…グロウ先生が一時的にガーデンに帰ってきた。"もしもの世界"から連れてこられたようで、他の教師AIから、でち先生が関与しているという話を聞いていた。
    無意識に距離を詰めるボクを、でち先生は訝し気に見る。

    「なんでジオさんに会いたいでち?」
    「話すため!それ以上に何か要る?」
    「何を話すつもりでち?」
    「別になんだっていいでしょ!個人的なこと!」

    多少苛立ちながら、食い気味に返答する。自分の部屋を抜け出した時はあれこれ聞きたいことが浮かんでいたのに、ただ会いたい、彼が存在していたことを確かめたい、それ以外完全に抜けていた。

    「実験は失敗したでち。望んだ人物を過去から連れて来るなんて無理でち」
    「失敗!?確かに言ってることはめちゃくちゃだったけど、 性格はちゃんとグロウ先生だった!”もしもの世界”だっていい…ボクは… “アイツ”の考え自体はきっと変わってないはずだ…!!」

    “もしもの世界だっていい”……本当にそうだろうか。
    正しい判断だっただろうか。
    存在しない世界から彼を連れてきて、過去に彼が存在していたことがどう証明できる?

    …考えられない。
    考えたくない。
    これしか思いつかない。

    ちょっとだけ。
    話が聞けるだけでいい。
    それでいい。
    それだけでいい。
    とにかく



    ”アイツ”の声が聞きたい。



    「何でもするよ!
    試したい事があるなら付き合うし、罰則ってんならそれでもいい!」

    深々と、深々と頭を下げる。
    無茶を言っているのはわかってる。

    「無理なものは無理でち」

    拒絶されても、言葉を、続けなきゃ、

    「お願い……」

    何度でも、…

    「……します…」

    断固としてその体勢を崩そうとしないボクに、でち先生は呆れ気味に言った。

    「……カガリさんは、奇跡も魔法もなくたって、いつでもジオさんに伝えたいことを伝えられた」

    身体じゅうに冷たい風が駆け巡る。

    「ガーデンにいれば、明日も変わりないなんて保証がないことは分かるはずでち」

    頭から熱が奪われ、
    ドクンドクンと脈打っていた焦りが徐々に鎮まる。
    脳裏に浮かべていた、白衣を着たドールが、
    ゆっくりと後ろを向き、そして消える。

    自分の足元が見える。

    「失ってから気付いても、手遅れでち」

    職員室で他の教師AIたちが各々作業をしている音が、嫌にはっきりと聞こえはじめる。



    バカだった。



    “手遅れ”であると、ついさっき確かめたばかりなのに。
    それでも会いたいという気持ちが、どういうわけか先走ってしまった。
    そのチャンスを今まで逃してきたのは、自分自身なのに。

    「…せんせぇはどうして、グロウ先生を呼び戻したいって思ったの」

    ゆっくりと顔をあげ、あまり抑揚のない声で問う。
    すると、でち先生は別にグロウ先生を呼びたかったわけじゃなくて、望まない形で、過去が中途半端に再現されただけだという。 中途半端に再現されたから、よくわからない記憶や人格が混ざり込んでいたのか。文字びっしりの報告書が相手には白紙に見えるなど、お互いの情報が上手く伝わらなかったのも『実験が失敗したから』だろうか。

    「でちは、会いたいやつがいるでち」

    そんな実験をしていた理由を、でち先生は話してくれた。なんでも、会ったことも、顔も声も名前すら知らない誰かで、唯一わかっている情報が、過去に存在した、ってことだけ。

    「…そいつに、言いたいことでもあるの?それとも、ただ会いたいだけ?」
    「……会いたいわけでも、言いたいことがあるわけでもない。
    ただ、生きていてほしい。それだけでち」

    そんなこともあるんだ。へんなの。
    ……今は、それ以上の感想は浮かばなかった。

    「カガリさんは、ジオさんと同じ時代に生きているでち」

    そう。ジオは死んだわけではない。
    でも、アイツは……

    「それなら、やり方なんていくらでもあるでち」

    でち先生は、一度は消えた人格が、肉体を得て戻ってきた奇跡を知っているはずだろう、と続ける。 その奇跡のおかげで、二つの人格がそれぞれ肉体を得て『双子』として存在しているドール………ククツミのことだ。

    「カガリさんも代償を捧げれば、ジオさんを取り戻せるかもしれないでちよ」

    からころと笑うドール…ククツミちゃんが、突然ふわりと、ククツミセンパイの笑い方をするようになったのと同じ時期に、あるドールの顔に大きな傷ができた。
    そして、そこに「もう一体の別のドール」としてククツミちゃんが戻ってきたのと同時期に、あるドールの人格が変化した。
    同じことをすれば……神話の本の魔獣のように、大事なものを捧げれば………本来のジオを取り………

    「取り……戻す…?」

    少し、違和感があった。
    魔獣は、話し相手になってくれていたちいさないきものを飲み込んだ。殺したも同然だ。
    でも、何度も書くけどジオは死んでいない。
    死んでいないんだ。





    "ふざけてんだろ!!なぁ!!ふざけてんだろ!!
    そんなんじゃなかっただろ"アイツ"は…アイツは!!!"




    それなのに、認められなかった。
    みっともないぐらいに声を荒げた。
    あの場に、ククツミセンパイと……他のドールもいたと思う。でも覚えてない。
    その位、ボクの頭は制御できない黒い炎の渦に呑み込まれていた。

    “いつもの軽口の方が話しやすい?んー、ガリさん?”

    アイツ”はそんな声でボクを呼ばない。黒い炎は偽物だ、”偽物”だと叫んだ。
    ”偽物”を排除するべく拳を顔面に撃ち込もうとするが その霧に覆われた深緑の眼は、”本物”だったので、狙いが逸れた。

    “………やめてよ”

    全身で”偽物”を拒絶する。

    “……アイツじゃないのだけはよくわかったよ?”

    まるで別人形のようになってしまったのは確かにそう。
    だけど、冒頭にも書いたとおりドールは人格コアを破壊されても、記憶…思い出までは上書きされない。
    “彼”はただいつも通り、ボクに話しかけた。それだけのはずなのに。



    "ジオさん"


    もう…”彼”をいつものように『オジさん』と呼べない。

    "ジオ、ではあるんだけどなぁ……"
    “今まで通り眼鏡かけて、白衣着て、そんなこともわっからないんですかァ? とか言ってからかってれば良かった?”

    ”…だから。わかってるよ『ジオさん』だって。”

    ジオの心の中には、ボクとの『今まで通り』がちゃんと、鮮明に残っている。
    くだらないことで喧嘩してきたことも。

    “……なーんだ。結局おたくも、そういった表面上しか見ないわけだ、カガリさん?”
    “………あ?”
    “…それじゃあ何。
     今のアナタが、アイツが隠してた本来の自分だったって言いたいわけ?”
    “それとは違うだろうけど、僕くんもジオだって言ってるわけ。”



    ……そう。”本物”も”偽物”もない。
    ”彼”は、ジオというドールである。

    今まで周りのドールの人格が変わったのは初めてじゃないはず。確かに変わりたては違和感こそあったけど、いつの間にかそういうものだと受け入れていたし、仕草や好み、考え方の断片に元の人格との共通点を見つけたりすることで、ああ、やっぱり根元は同じなんだと確かめて来たのに。

    ”そこに似たような境遇のドールもいるのに、僕くんだけ違うわけないでしょ?”

    反論できなかった。
    違うわけがないのに。
    これから”アイツらしさ”を見つけていけばいいのに。

    “相変わらず、おつむが小さいねぇカガリさん??”

    ずっと聞きたかったその呼び方に、いちいち胸がズキズキと痛む。
    それなら、代償とやらを払って、さっさと前の”アイツ”に人格を上書きしてしまえばいいのに。 何でもするんだったでしょ?罰則になっても構わなかったんでしょ?
    だったらすぐにでも取り戻……

    「……」

    その行動にも、やっぱり違和感を覚える。

    「………どう、したいんだろ」

    新しい人格を、現実を受け止めることもできず
    かといって、全てなかったことにもできず。
    ただただ、冷静さを欠いてしまう自分に翻弄されるだけ。

    何かやろうとしても、きっとまた選択を間違えるだけ。



    「………わかんなくなっちゃった」



    消え入るような声でそう呟いたときには、でち先生はやや眠そうに、山積みの報告書を斜め読みしていた。


    Diary069「ホワイトアウト」
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